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綾の大切 3

「溝口さんは今日、お仕事お休みだったんですか〜?」


「あ? ああ。アイツに時間作れって言われてな」


「そうなんですか〜。まだドラマの撮影してるんですか?」


「ああ」


「そうなんですかぁ。あ、この間のアレって――」


駅前から逃げるように歩いて十分。周りからチラチラと見られているのだが、溝口さんには隠れる気が無いらしく、実に堂々としていた


「溝口さん、溝口さ〜ん」


そんな溝口さんへ、物怖じしないで話しかける加奈ちゃん。嬉しくてたまらないのか、見せびらかすように密着している


「お姉様、お姉様〜」


そして綾さんにくっついている真理ちゃんも、また凄い。芸能人がすぐ側に居るってのに、全くの無視。あそこまで無関心だと逆に清々しい


さて最後尾を歩く俺達は……


「…………」


「…………」


終始無言だった


「…………」


気まずい


「……ねぇ」


「は、はい!」


声かけられた〜


「君って、けっこう可愛いよね」


「はぁ!?」


「あはは! 冗談、冗談。せっかくの合コンでしょ? ちょっと話そうよ」


「はぁ」


気さくな兄ちゃんだな


「君、高校生?」


「はい。高2です」


「あ、俺も高2。タメだね、タメ」


「そうなんですか?」


同い年ぐらいかなと思っていたけど、当りだったか


「だから敬語止めていこう。敬語使われるほど偉くないから俺」


と、人懐っこい笑顔を向けられりゃ、断れん


「……分かった、改めてよろしく」


「よろしく〜」


「うん……」


とは言っても話す事がない。なんとか話題を探してみるか


「……今日はよく来てくれたな。忙しいんじゃないの?」


「うん、忙しい。仕事と学校の両立が無理っぽくなってきたところ」


「そうなんだ。それなのにありがとう」


「ん? はは、君が礼言うことじゃないって。言うなら先輩だよね〜、まだ言われてないけどさ」


先を歩く溝口さんの背に口を尖らせ、酷いよね〜っと笑う。周りを明るくさせる、いい笑顔だ


「でも俺なんかより、先輩の方がずっと忙しいんだ。ここ暫く、一日に三時間ぐらいしか寝れてないんじゃない?」


「それは……よく来てくれたな」


「先輩、従姉妹さんに超甘いから。ぶつくさ文句言ってたけど、お願いされて嬉しかったみたい」


「へぇー」


あの人も結構いい人なのかな


「それでさ……えっと、名前聞いていい?」


「あ、そうか」


そういえば言ってなかった


「佐藤 恭介。呼びやすい呼び方でいいよ」


「じゃあ、恭ちゃん」


「恭ちゃん!?」


姉ちゃん以来の呼ばれ方!


「うん恭ちゃん。……ってやべ、俺が名乗ってねーや。あーと、近藤 結城。たま〜にテレビ出てるから、暇だったら探してみてよ」


「あ、ああ」


そっか、テレビ出てるのか。凄いな〜



「……後でサインいる?」


「いらな」


「お願い、もらって!」


「あ、ああ。もらうよ」


真剣な顔で懇願されてしまった


「よし! これで10枚目」


「10枚目?」


「そ。俺さ親戚とか知り合い以外だと、まだ9枚しかサイン書いてないんだよ。基本、気付かれないし」


「そうなのか?」


目立つ容姿していると思うんだけどな


「そうなの。さっきテレビ出てるって言ったけど、チョイ役ばっか。見つけるのウォーリーレベルで難しい」


「ふ〜ん。でも凄いよ、チョイでもテレビ出てんだからさ」


「サンキュー、恭ちゃん」


「あいよ結ちゃん」


仕返し


「いいね、ちゃん付け。一気に親密っぽくなるわこれ」


「そうかねぇ」


よく分からん


「つきました。こちらです」


話している内に、先頭を歩いていた綾さんは立ち止まり、俺達へそう言った……って


「おい、ここ」


古びた木造の建物を見て、溝口さんや他の人は絶句しているけど、気持ちは分かる。何故ならここは


「はい、お蕎麦屋さんです!」


蕎麦屋の前で、手のひらを合わせて微笑む彼女。着物を着ていれば大正ロマンって感じだな


「蕎麦屋で何する気だお前は」


「こちらのお店には個室があるのです。お蕎麦美味しいですし、お蕎麦が苦手ならピザやスパゲティも置いてありますからお昼にはピッタリかなと。あ! ケーキやドリンクバーもありますよ」


「……蕎麦やめた方がいいんじゃねーのか、この店」


溝口さんは呆れた風に言うけど、この店は蕎麦が一番うまい。いや、まぁ蕎麦屋なんだから当然かもしれないが


「とにかく入りませんか? お店の前にいますと、他の方の迷惑になってしまいます」


「……ま、ガキどもとだしな」


ここで良いと、溝口さんは先に店へ入っていった


「ま、待って下さい溝口さ〜ん」


それを加奈ちゃんが追って、俺達も続く


「いらっしゃいませ」


手動の横開きドアをくぐった迎え入れてくれたのは、割烹着が似合う丸顔のおばちゃんだった。ニコニコしていて、愛想が良い


「こんにちは、お久しぶりです」


「あら、徳永さんの所のお嬢さん? あら〜ちょっと見ない内に綺麗になっちゃって。ええと、六名様? 個室でいいのかしら」


「はい、お願いします」


「ええ、ええ。それじゃ案内しますね」


おばちゃんの後に続き、奥へ行く。奥には襖で閉じた部屋が幾つかあり、右奥の座敷で食事と言うことになった


「ご注文の際には呼んで下さいな」


「はい、ありがとうございます」


綾さんはおばちゃんの小さく頭を下げた後、揃えた指で静かに襖を開けた


「どうぞ兄さん」


「相変わらず堅苦しいなお前は」


苦笑いをし、溝口さんは部屋へ入って床柱の前に座った。俗に言う上座だ


「皆さんもどうぞ」


「はぁ」


「私、溝口さんの近くがいいです!」


「じゃ俺、恭ちゃんの隣」


「わたしはお姉様のお側に……」


で、決まった席は


「溝口さんお蕎麦好きなんですか〜」


「普通」


「お、納豆蕎麦だってよ恭ちゃん。しかもホット! ヤバイっしょ」


俺の正面に加奈ちゃん。右斜めに溝口さん。隣には結城で、襖の側に綾さんと真理ちゃん。端から見ればとても合コンとは思わない配置だろう


「お、お姉様、今日もとてもお綺麗です」


「ありがとうございます真理さん」


「ああ……、お姉様ぁ」


「……む〜」


「ん?」


今一瞬、綾さんが困った表情を浮かべたような……


「……ん。真理さんも可愛いですよ」


「う、嬉しい! 嬉しいですお姉様!」


「…………」


気のせいか


「よし、俺納豆。みんなは決まったの?」


「あ、じゃ俺、大盛り」


「私はサンドイッチがいいかな」


「俺は――」


みんな余り悩むことなく、スムーズに注文が決まる。それを通り掛かった店員さんに伝え、それから注文が届くまでのトーク時間


とは言っても俺に話す事はなく、結城の芸能話を適当に聞いていた。……本当に合コンかこれ


「失礼します。お待たせしました、納豆蕎麦のお客様は」


そうこうしている内に第一陣が来たようで、ちょっと年上っぽい女性の店員さんが、器用にトレイを二つ持って座敷へ上がってきた


「あ、はいはい、俺っす」


「は〜い、っきゃあ!?」


手を挙げた結城の所へ、女性は近寄り転けて……宙に浮いた器がこっちに!?


「うぎゃー!?」


汁が、蕎麦の汁が頭からァアア!!


「あっ、も、申し訳ございません!!」


「や、は、早く水、みんな恭ちゃんに水かけて!」


「納豆が、納豆が目にぃいいい! ふひゃ!?」


俺の顔や体に、冷たい氷水が浴びせられる。熱さよりも冷たさで心臓が止まりそうだ


「だ、大丈夫ですか佐藤君!」


俺の前にいた結城を押し避けて、綾さんは濡れたハンカチを俺の顔にあてる


「……え、ええ、大丈夫です。びっくりしただけです」


ちょっとピリピリするけど


「……病院行きましょう。火傷は怖いですから」


「大丈夫ですよ。それより店員さん」


「は、はい。あ、あたし本当に……」


可哀想なぐらい顔面蒼白になってしまっている


「替えのシャツで手を打ちましょう。それで終わりで」


「え……は、はぁ」


「なるべく早くお願いします。てか風邪引いてまうわ!」


「は、はい!」


そして店員さんは、すっ飛んで行った


「…………はぁ」


納豆臭い。加奈ちゃんなんか露骨にしかめっ面している


「ぐじゃぐじゃだね恭ちゃん。シャツ脱いだ方が良くない?」


「脱ぐ? ……いや、女性の前だし」


男子足るもの、むやみに肌は見せてはならぬのだ


「気にするなって。つかもうビーチク透けてるから」


「う……た、確かに」


誰も望まぬサービスカット。思わず胸を隠したくなる


「恭介さん。夏とは言え、そのままではお風邪をめしてしまいます」


心配そうに見つめる綾さんの顔で、観念した


「……分かりました」


確かにぐちゃぐちゃで気持ち悪い。臭いし


「はい。それでは私はタオルを頂いてきますね」


「あ、ありがとうございます」


にこっと微笑む綾さん。やっぱり、いつもと何か違うんだよな〜


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