芦の三姉妹 23
かつてメキシコで発見され、男二人によって捕獲された宇宙人も同じ気持ちだっただろうか。あちらはエイプリルフールのジョークだと言う話だけどな
楓さんとのキスからバス停に向かう間、俺達に会話は殆ど無かった。そして今、俺は車内で椿とオッサンの二人に挟まれながらつり輪に掴まってバンザイの格好をしている
「混んでるな」
二時間に一本しか来ないバスの車内は、プール場から駅方面に向かおうとする人達によって満員となっていた
先に梢を席へ座らせる事が出来たが、椿は俺の隣から逃げられなかった。そのせいで俺達は体を強く密着するハメとなってしまったのだが、何かを耐えるような椿の横顔に胸が痛む
「あ~、えっと」
「……何も言わないで。今はちょっとつらい」
何か言わないと。その思いだけで口を開いた俺を、椿は弱々しく拒絶する
椿を傷つけてしまった、そんな事は分かっている。でも俺は椿に何もしてやれない
ごめんな。口には出せない謝罪を、心の中で呟いた
さて、この気まずさの元凶である楓さんはと言うと
「……あそこか」
いつの間にかバス奥の席に座っていた。素知らぬ顔で窓から外を眺めている
「まったく」
えらいことしてくれたもんだ、今回も笑顔で別れたいってのに。……いや、今まで曖昧にしてきた俺が悪いのか
「椿」
「…………」
「俺は楓さんの事も家族だと思ってるから」
それだけを伝え、今度こそ口を閉じる。今はただ、バスが目的地に到着するのを待とう
それから何分かが過ぎ、車体は揺れ始めた。道の状態がよくないらしい
ガタガタ、ゴト
揺れる度に椿の体は少しよろける。そして
ゴトン。椿は強い揺れに大きく体勢を崩し、俺の胸にもたれかかった
「大丈夫か?」
「…………」
椿はどこかぼんやりとした表情で俺を見上げ、俺もそれを見つめ返す
「椿?」
「……ん」
それを避けようと思ったら避けられた。だけど俺にはそれが出来なかった
「好き……です」
キスは羽のように軽く、言葉は星よりも重い
「……ありがとう。俺も兄貴としてお前が大好きだ」
本当に大切に思っている
「うん……うん」
椿は唇を噛み、うつむいた。そんな椿に何も言わず、妹にするように頭を撫でる俺はどうしようもなく卑怯者だ
「……早く着けよ」
こんな場所じゃ涙に気付かない振りすらしてやれない
運転手を睨みながら呟いてみたが、バスはスピードを上げることなく憎らしいぐらい順調に走り続けた
「ありがとうございました、ありがとうございました~」
終点である駅前に着くと、客達は運転手の声に導かれるようにぞろぞろと動き出した。その人波に飲まれ投げ出されるようにバスを降りた俺は、車内との気温の違いに軽い目眩を覚える
「やっと着いたね!」
俺の次に降りた椿はいつもより赤くなった目を眩しそうに細め、いつものように明るく笑った
「ああ。さ、帰ろう」
俺もいつものように笑い、梢達を待つ
「……暑いの」
先に降りてきたのは梢だった。うんざりした顔で太陽を見上げている
「あつい」
そして最後に楓さん。相変わらずダルそうだ
「じゃ、行くべ」
気楽に言って、先頭を歩き出す。椿は梢の隣に行き、その後ろに楓さんが続く
これで俺達はいつもどうり。白々しくても、今はそれで良いのだと思った
「……好き、か」
なんで俺なんだろうな。趣味が悪いぞ椿
家に着くと、いきなり叔母さんが素晴らしく綺麗な土下座を披露してくれた
「ごめんなさい!」
「あ、いや、全然っすよ全然!」
「も~本当に! 本当にごめんなさい!!」
「全然っす、全然すよ!!」
ぺこぺこと頭を下げあって、過剰なまでのお土産を持たされた頃には、家を出なくてはいけない時間となってしまっていた。そういえば結局掃除しなかったな……代わりに今度お歳暮でも送ろう
車で駅まで送ると言う叔母さんに甘える事にして、俺は部屋に戻り自分の荷物を整理する
「……おし、終わった」
忘れ物もなし。完璧だ
お土産の一部は持ちきれないので、宅配便で送ってもらう事になった。何から何までありがとうって感じだね
ベッドのシーツを外してたたみ、荷物を肩に担いで部屋を後にする
出た先の階段前で、いつからそこにいたのか壁に寄りかかる楓さんと目が合った
「さようなら、楓さん。また冬に来ますね」
礼と別れの言葉を言う俺をつまらなそうに一瞥し
「君、また椿を泣かせたね」
と、笑う。何年か振りに見るその笑顔は昔とちっとも変わっていない
「相変わらず怖い笑顔ですね」
目が全く笑ってないんだよな、死んでるし
「君よりマシだよ」
失礼な
「さようなら」
返事はなかったが、俺はそのまま楓さんの前を通りすぎた
「あ、準備終わった? それじゃもう時間だから車に乗って」
階段を降りると、廊下を行ったり来たりと慌ただしく動いている叔母さんに声を掛けられた
「はい」
そんな叔母さんに返事をし、荷物をしょい直して姿勢を正す
「今年もお世話になりました」
「うっ……次来る時は、本当にお世話するわね!」
「は、はい、お願いします」
十分お世話されたんだけどな。もう一度叔母さんに感謝をして、俺は外へと出る
「あたし恭の隣」
「私も隣」
「じゃあ、じゃーんけーんぽい。わーい勝ったー」
「あとだしなの!」
「…………」
駐車場の前では椿と梢が席の取り合いをしていた。で、公平とは言えないゲームや数分に渡る話し合いをした結果
「きついぞ、おい」
「だって梢が~」
「姉は妹に譲るべきなの」
二人用の後部席はぎゅうぎゅうとなってしまった
「それじゃ、出発するわよ。シートベルトを……二人はしなさい」
「はーい」
「はい」
「…………」
事故ったら真っ先に死ぬな
「ふぅ」
それにしても濃い二日間だった。最後はちょっと気まずかったが、今年も来て本当に良かったと思う
「二人ともありがとな、楽しかったぞ」
駅でもう一度言うだろうが、何度言っても言い過ぎって事はない
「……うん、あたしも。ありがとう恭」
「ありがとうなの」
二人は俺に微笑み、俺も素直に微笑んだ
「……うふふ」
車は穏やかに発進し、ラジオからは懐かしい歌が流れる
またここに来たい。いや、必ず来よう
座席に腰をうずめ、俺は音楽に心を預けた
今日のお疲れさん
麗>>>俺>>>椿>梢>>>楓
「あ、昨日のコンビニ。昨日ね、恭に買い物付き合ってもらったの。夜は危ないからって」
「そうなの? ありがとう恭介君」
「いえ、俺も買う物があったので」
「……恭介」
「ん? どした梢」
「今度はちゃんとコン〇ーム使ってほしいの」
「ぶっ!?」
「こ、梢!」
「ええと……言い訳は?」
「ごめんなさい」
死刑