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クリスマスデート 後編

「いらっしゃ〜い」


絆創膏を買いに入ったコンビニもクリスマス仕様のようで、店員のお姉さんはサンタクロースのコスプレをしていた


「ねぇお兄さん。そこのケーキ、買ってぇ」


レジ棚に座り、生足を色っぽく組み替えながら、お姉さんはおねだりをする


「あ、あれ? コンビニですよねここ」


「ケーキを買ってくれたら教えてあ・げ・る。うふ」


「…………」


5千円と言う攻撃的な値段を見なければ買ってしまったかもしれない


「えっと……」


お姉さんから目をそらし、水と絆創膏を探してレジに持って行く


「お願いします」


「ケーキぃ!」


「景気が悪いので、ケーキ買えません」


「…………」


「…………」


長い間、見つめあってしまった


「ありがとうございました〜。また来てね〜」


「ど、どうも〜」


照れながらコンビニを出た俺は、何故か道路脇で縮こまっているFのところへ小走りで行く


「F?」


「松永くん達、反対方向に行ったよ」


「松永……ああ、Tの事ね」


隠れてたのか、こいつ


「あ、やっぱり記号だ」


「ま、いくらあいつらでも走って逃げる奴らを追い掛けたりするほど暇ではないみたいだな」


ふ、計画通りだぜ


「ほら、足を見せな」


Fの前でしゃがむと、Fはおずおずと左足を前に出した


「ふむ」


膝から出た血が、ふくらはぎの方にまで垂れている。まずは水で石や泥を落とそう


「ちょっと冷たいぞ」


ペットボトルのキャップを外し、傷口に少しずつかける


「ひゃあん!」


「変な声出すな!」


鳥肌がたったじゃないか!


「たく……拭くぞ」


傷口以外の血をティッシュで拭き、


「最後に絆創膏を傷口へ」


ぺたりんこ


「後は家帰って自分でやれ」


「あ、ありがとう佐藤くん」


「ああ。……さて、本屋でも行こうか」


「うん」


で、この後はまぁ特に何もなかった。商店街を抜けたところにある古本屋で立ち読みをしたり、牛丼屋で昼飯を食ったり茶を飲んだりと、そんなものだ


ただ変な視線は常に感じ、誰かにつけられているのは確実だと思われた


「まだいるみたいだな」


喫茶店から出て少し歩いたところでFに声を掛ける。Fは小さく頷き、ごめんなさいと謝った


「ああ、いいよ。最後まで面倒みてやる」


一度了解したんだ、例え刺されるような事になっ……たら全力で逃げよう


「次はどうするかな」


時刻は午後2時。駅から離れるように歩いて来てたから、人通りや商店の数はめっきり少なくなっている。そしてこの先は、更に何もないであろう住宅街だ


「佐藤くん」


「なんだ?」


「公園いこ。丘の上の公園」


「ふむ。ここからなら20分くらいか、良いぜ」


「うん。そこで終わりにしよう?」


「え?」


「クリスマスだもん」


そう言ったFの顔は笑顔のくせに何だか寂しそうで。だから俺はFの頭を軽く叩いて、こう言っていた


「元気だせ、来年には恋人が出来るさ」


「……うんっ」


お互い寂しいクリスマスになったもんだが、結構楽しかったぜ


「さ、行こう。どうやらまだ、しつこくつけて来てるみたいだしな」


もはや隠れる気すらないのであろう10メートル後方で、距離を守りながらこちらの様子を伺っている


「……公園で決着つけるか」


Fが特殊な恋愛観をもっている人間だと誤解すれば、きっとあの子も諦めてくれるはず。Fもその為に俺を呼んだんだろう、正直辛いけど


「…………はぁ」


「佐藤くん?」


「今度、学食奢れ」


「う、うん、奢る」


「……よし、覚悟は決まった」


雪葉、穢れる兄ちゃんを許しておくれ……


「お前も覚悟しとけよ」


「え?」


目をパチクリさせるFに軽く頷き、俺は何度もため息をついた



住宅地の北側は丘隆地で、緩い斜面がずっと続いている。その一番高くなった場所に公園はあるのだが、道なりに行くと大回りする形となるので時間が掛かってしまう。そこで俺達は、一気に丘を上がる事が出来る階段の方へ向かった


「ただキツいんだよな、あの階段」


「今度手すりをつけるって話があるみたいだよ」


「今さらって感じもするけどな」


それから歩くこと15分。件の階段前に立ち、もう一度ため息。久しぶりに来たが、やはり狭くてボロくてキツい。修行僧だって顔をしかめる酷い階段だ


「たく、なんで、こんな、階段、を!」


踏めば欠けてしまいそうな階段を上り始めると、呼吸は直ぐに乱れた。そのまま休まず中段までいったところで、今度は胸が苦しくなる


参ったな、昔より体力がないかも。一人苦笑いし、後ろのFに大丈夫かと声を掛けてまた一段上がった


「うん、大丈夫」


声が軽い。流石弓道部、走り込んでいるのだろう


「なら、いい」


しかし何年振りだ、ここを上がるの。最後は確か……春菜と一緒だったか


『階段は飛ぶように駆け上がるのが基本だぞ。ほら飛べ! もっと早く!!』


「…………」


そういえば小学生の頃からスパルタだったな、あいつ


「……体力つけないと」


せめて妹に呆れられないぐらいには


「ふぅふぅ、これで最後か」


最後の44段目を踏み、階段を上がり終える。足は重くて、とくにふくらはぎに痛みとダルさを感じる


そんな思いをして来た公園なのだが、錆びたブランコにシーソー、滑り台が一つずつぽつんと設置されているだけの小さな公園で、大したことはない。肝心の景色はと言うと、見えるのは建物ばかりでこちらも微妙だ


「昔より家が多くなったか?」


眼下には様々な形や色の屋根が広がっている。目を凝らすとうっすら山の形らしきものが見えるが、よく分からない


「……夢、叶っちゃった」


「夢?」


「ううん、なんでもない」


「そうか? ……さて、そろそろかな。F、こっちこい」


太陽がある南西の方へ、公園のギリギリ端まで行く。落下防止の柵を越えたら、60度の斜面をまっ逆さまだ


「佐藤くん?」


「俺の前に立って、俺の腰を抱け」


「え!?」


「そんでキスしやすいように顔を上げろ」


「え、ええ!?」


「早く!」


「は、はい!」


Fは慌てながらも俺の指示通りに動き、かつてないほど体を密着させた


「いくぞ」


Fの帽子を外し、さらさらした前髪をかきあげる。Fは身震いをし、潤んだ目で俺を見つめながら言う


「き、キス……しちゃうのかな?」


「するか! 芝居だ芝居!!」


頭突き食らわすぞこの野郎!


「…………来たか」


誰かが階段を上がってくる


「我慢しろよ」


俺も我慢するから


「……うん」


そっと目を閉じるF。ムカつくぐらい女の子だなこいつ


俺はFの左頬にキスをする。距離と太陽の反射があるから、近くで見ない限り本当にキスしていると思うだろう


「……っ!?」


階段を上がりきった人影は俺達を見て硬直し、水野先輩は本当に……と震えを帯びた声で呟いた


「気持ち悪い!」


そして捨て台詞を吐き、階段を下りて行く


「……終わったな」


これで恋も醒めたはず。後で変な噂が立ってしまうかもしれないが、実際はただの勘違い、75日も待たずに消えることだろう


「もう離れていいぞF」


「…………うんっ」


パッと離れたFにお疲れと微笑み、肩を揉む


「帰ろうぜ」


「うん。……佐藤くん、今日は色々ありがとう」


「ああ」


「本当にありがとう」


「あいよ、どういたしまして」


Fの笑顔を背に、俺は階段を下りはじめる。帰ったらきっと手巻き寿司だ


「きゃ」


途中強い風が吹き、Fが短い悲鳴をあげた。驚いて振り返ると、めくれたスカートを一生懸命抑えているFの姿が目に入った


「…………」


「やな風……さ、佐藤くん?」


風が収まった後もジっとFを見上げる俺を、Fは不安げに見つめ返す


「ど、どうしたのかな?」


「トランクスか」


少し安心した


「え? あっ! も〜、佐藤くんのエッチ!!」


「…………」


エッチ……なのか?



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