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芦の三姉妹 22

「楓!」


砂の上を歩く俺達に向かって、楓さんを呼ぶ声があった。俺達は足を止めて振り返るが、楓さんはそのまま歩いて行ってしまう


「ね、姉さん、あの人呼んでるけど?」


「いいよ別に」


「姉さん!」


「…………」


たしなめるような椿の声に楓さんは渋々足を止め、あの人の方を向く


ちなみにあの人と言うのは俺と同い年ぐらいの兄ちゃん。手を挙げてこちらに駆け寄って来る


「久しぶり。楓、プールとか普通に行くんだ」


兄ちゃんは楓さんの前に来て、軽薄な笑顔を浮かべる。それを楓さんはつまらなそうに一瞥し、頷いた


「そっちの二人は妹? 可愛いね」


「はぁ、どうも」


「なの」


「向こうに友達いるんだけど、顔出さない? こっちも三人だし、遊ぼうよ」


彼の目に俺は写ってないのだろうか?


「どうでもいい」


「え?」


それだけを言って、楓さんは再び歩き出す。もう話す事は無いから消えろってオーラが凄まじい


「連れがさ!」


だが兄ちゃんは追った! 根性あるぜ


「連れが俺達が付き合ってたって信じないんだ。それでちょっと話合わせて欲しかったんだけど。そいつ結構悪くないし、楓の好みなんじゃない?」


「君が思っているよりずっと」


「ん? なに?」


「私は君に興味がないよ」


「な!?」


今度は一瞥もせず、楓さんはプールの方へ歩いていった


「……なんだよ」


一人ぼやき、思い出したように俺達へ苦笑いをする兄ちゃん。正直リアクションに困るな


「あ、あの……。姉が失礼な態度をとってしまって、すみません」


そう言って頭を下げる椿を見て、兄ちゃんはまた苦笑い


「全然変わってないね、あいつ。苦労してんでしょ?」


「そんなこと無いです」


「ふ〜ん」


椿は少しムッとしながら答えたが、兄ちゃんは気にもしていないようだ


「ところで、そこの人もしかして今の彼氏? 何日目? 3日もてば凄いよね、俺10日付き合ったから。あいつ男の回転、超早いよね」


俺に気付いてたのかよ。それにしても……


「俺は彼氏じゃありません。てか元カレだかなんだか知りませんけど、そんなクソつまらない話、人にしない方が良いと思いますよ」


「ああ?」


「行こうぜ椿、梢」


戸惑う二人を促し、俺達もいざプールへ


「……だよな、お前じゃ楓と釣り合わないもんな!」


プールへ向かう俺の背中に、そんな声がぶつかった


「…………」


「気にするなって。無視だ、無視」


しかめっ面な椿に声を掛ける。こんなことで揉めたら面倒くさいしな


「……ちっ」


舌打ち後、兄ちゃんがその場から離れていく気配があった。どうやら絡むのをやめてくれたらしい


「なにあの人」


「ばか」


「見も蓋もないな」


二人の気持ちも分かるが


「姉さんも相手選んで付き合えばいいのに」


椿が珍しくぼやいている。よっぽど腹に据えかねたようだ


「楓さんはモテるだろうし、いろんな奴が出てくるさ」


何日もったって自慢するアホはそう居ないと思うけど


「あ……えと、姉さんにとって恭は特別だからね?」


「なんだいきなり」


もしかして釣り合わないって言われた事に、俺が傷付いてると思っているのか?


「大丈夫だよ、気にしてないから」


だいたい釣り合う釣り合わないってのは付き合ってる本人同士が決める事だ、他人がどうこう言うのは筋違ってものだろう


「……本当に特別なの」


「は?」


「だけど負けない。ほら、早く泳ご? また暫く会えなくなるんだよ?」


「泳ぐのと関係あるのかそれ」


「どうだろ。思い出作りかな」


「なんだそりゃ」


くいくい


「ん? ああ、悪い悪い」


話に混ぜてと、梢が俺の手を引く。そのまま手を繋いで、プールの中へ


「楓さんは……」


少し離れた所で、普通に泳いでいた。邪魔しない方が良いか


「よし、遊ぶべ。まずは椿にバックドロップ!」


「え? きゃあー!?」


ふ、見事頭から決まったぜ


「ごほ、ごほ! や、止めてよ〜」


「つ、椿姉」


「次は梢の番だ!」


おろおろする梢を捕まえ、抱き上げる


「や、やぁ」


「おりゃー!」


と言いつつ、マイルドに。水しぶきも殆どたたない


「……扱いの差に不満があるよ?」


「目が怖いっす」


「もう! きちんと仕返しするからね! 行くよ梢」


「うん」


その後、姉妹同時水掛け攻撃をくらい、その仕返しに二人を水中に引きずり込んで、さらに仕返しの体当たりをくらってまた仕返し。そうこうしている内に


「……不毛な戦いだったな」


いつの間にか、帰らないといけない時間となっていた


「恭が変な事するから……」


「鬼畜なの」


「ご、ごめんな」


反論も出来ん


「うん、許す。じゃ帰ろっか」


そう言い、椿は先にプールを出て休んでいた楓さんに手を振った


「楓さん、やっぱり退屈だったんじゃないか?」


「どうだろ。ただ途中で帰らなかったから、結構楽しんでたんだと思うよ」


「そうか。なら良かった」


少しホッとしつつプールを出ると、体が一気に重くなる


「明日は筋肉痛だなこれ」


「ここのシャワー熱いのも出るから、後で冷水と温水を交互にかけて筋肉の血行を良くしてほぐしてあげるといいよ」


「なるほど、やってみるよ。お待たせ、楓さん」


木陰で座っていた楓さんに声を掛ける。楓さんはダルそうに立ち上がり、


「さっき揉めてたね」


と言ってきた


「ええ、少し」


「釣り合わない?」


聞こえてたのか?


「らしいですね」


「おかしいね」


「はい?」


「私は君のものなのに」


「えっ!?」


楓さんのゆるい一言に、辺りの空気が一気に張り詰めた。まるで薄い氷の上を歩いているような緊張感が……


「……そうなの?」


「ひぃ!?」


背後から静かな怒りの声がする。振り向いたら呪われそうだぜぃ!


「いや、その……楓さん?」


椿のプレッシャーに怯えていると、楓さんはふらふらと目の前にやって来て、俺の首に腕を回した


「な、なんでしょう?」


(掴まえた)


「え?」


声を出さずに何かを呟いたその唇は、すっと近付き


「? っん!?」


ごく自然に俺の口に触れる


「……あ」


「ね、姉……さん?」


「……ん! ん〜!?」


あまりに自然だったので避ける事すら忘れていた俺の中に、楓さんの舌がゆっくりと入る


弱く閉じた俺の歯を軽くつつき、僅かに開いたところへ楓さんの熱い舌が滑り込んできた。それはまるでナメクジのように口内を這いずり、逃げていた俺の舌を見つけてねっとりと絡ませる


「んぶ、んぐぅ〜!」


離れてようと肩を押しても楓さんは離れない! 助けろ〜! 見てないで助けろ〜!!


唖然としている二人に必死のアイコンタクト!


「え? え、ええと……ね、姉さん!」


「だめ、楓姉!」


慌てた二人が引き離しに掛かると、楓さんはあっさり俺から離れた。その口元からはどちらのものか分からない唾液が垂れていて、それを舌で舐めとり、楓さんはこくりと飲み込む


「ハァ、フゥ……な、何をするんですか!」


俺の純情が!


「仕返し」


「……は?」


「五年目。もう待つ気はないよ」


「はぁ?」


何を言って……


「約束通り、君に私を全部あげる。だから」


一人語る楓さんの目に、仄暗い炎が浮ぶ。そして


「君は私のだよ」


恐ろしく妖艶に笑った




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