芦の三姉妹 14
ちゃぽん
「ふ〜」
いい気分だ
午後10時過ぎ。抱きつく二人を引き剥がし入った風呂は、疲れをとろかす白濁の湯。体の隅々まで染み込んでくる
「いい湯だな……ほっと」
天井から落ちてきた雫を手で受け止める。ふ、中々の反応速度だぜ
「ふふふ〜ん」
なんて鼻歌なんかうたっちゃって、余裕のくつろぎモード。楓さんの驚異がなくなった今、ようやくのんびり風呂に入れる
「きょお〜寝巻き、棚に置いとくね〜」
洗面所の方から椿の声がした。俺は少しだけ風呂の戸を開けて、返事をする
「ああ、ありがとう。今年も借りるよ」
去年叔母さんが俺の為に買ってくれた寝巻きだ、ありがたく使わせてもらおう
「うん。それじゃごゆっくり」
「ああ」
椿の気配がなくなったところで、俺は戸を閉じる。ゆっくりって言われても結構入ってるし、後100数えたら出ようかな
1、2、3――
「99、100っと」
よし、出るか!
ザパーンと湯船を出て、ガチャリとドアを開けて
「…………」
「…………」
洗面所で手を洗っている梢と、目が合って……
「す、すまん!」
慌てて戸を閉めようとしたが、引っ掛かって閉まらない!
「そのドア、たまに引っ掛かるの。一度全開にして」
「ああ、なるほどって近寄らないでくれ!?」
股間様を隠し、湯船の方にジリジリと下がる。しかし湯船に飛び込む隙がない
そんな俺を、梢は小首を傾げながらマジマジと見ている
「いや、恥ずかしい見んといてっ!」
「一緒にお風呂入ったのに、今さらだと思う」
「何年前の話だよ! 梢だって裸見られたら嫌だろ!?」
「恭介なら平気。一緒に入って良いなら入る」
そう言って梢は、着ているシャツを一気にまくり上げた。白い肌と雪葉より少し大きいぐらいの胸が露になったが、思ったより動揺しないですんだ
「こらこら、年頃の娘が男の前で脱いだらあかんよ。シャツを着なさいな」
やはり俺の中で、梢は妹みたいなものだとの認識が強いらしい。てか梢も俺を兄貴みたいなもんだと思っているっぽいな
「経済的に一緒に入った方がお得だから」
梢は節約上手の主婦みたいな事を言い、スカートのホックを外した
「ちょ、待てよ!」
「あんまり似てないの」
「真似してない!」
パサっと落ちるスカートから目をそらしながら弁明をしたが梢は無視し、下着まで脱ぎ始めて!?
「ちょ、待てよ!」
「あんまり似てないの」
「真似してないって!」
「パンツや靴下は赤いカゴ、服は青いカゴ」
梢は背中を向けてしゃがみ、洗濯物の分別をし始めた。今のうちに……
こっそりと風呂を出て、棚にあるタオルを腰に巻く。なんとも情けないが、これで大丈夫だ
「出るの?」
「ああ、梢はゆっくりしなさい」
俺を見上げる梢にそう言い、寝巻きとトランクスを手に取った。そしてカニ歩きでドアへ
「……変な動き」
そんな俺を見て、梢はクスクスと笑った
さて、そんなデンジャラスな洗面所を出た先の廊下。幸い誰も姿もなく、俺は濡れた体や床を拭きながらトランクスや寝巻きを装着する
「……なんか一気に疲れた」
梢は純粋な分、楓さんより対処に困る
「上がったよ〜」
出た事を知らせる為にリビングへ入った俺は、人の気配があるキッチンへ向かって声を掛けた。すると「はーい」と椿の返事があり、フルーツ牛乳でも飲むかと聞かれる
「フルーツ牛乳か〜いいね」
「だよね〜。今持ってくね」
洗い物でもしていたのか、椿はエプロン姿でコップを持ってやってくた。新妻かってツッコミを入れたくなるな
「はい」
「サンキュー」
腰に手を当てて、フルーツ牛乳をグイッと飲む。う〜ん、うまい!
「……ふふ」
「どした?」
「ん、なんだか嬉しくって。幸せだなって」
「なんだそりゃ」
「なんだろね、よく分かんない。あはは」
嬉しそうに笑う椿。なんだか俺もつられて、思わず笑ってしまう
「はは、なんだかな」
「似てないよ」
「だから真似してないっての!」
まったくこの姉妹は
それからソファーに座って暫く椿と話していると、湯上がり梢がやって来た。しっかり温まったらしく、顔が赤い
「……のぼせたの」
ふらふら、ふらふら
「だ、大丈夫梢? 恭、濡れタオルとお水用意するから梢を見てて」
「ああ。ほら梢、座って休みな」
梢は頷き、おぼつかない足取りで俺の側に寄る。そして何故かまた俺の膝に座って、もたれかかった
「って、本気でなんでやねん!」
ポカポカして暑いって!
「……パパ」
「え? ……梢」
そうか、そうだよな。家に親父がいないんだ、寂しいに決まってる。きっと梢は俺に父親を重ねて――
「の匂いに近いの」
「風呂入ったよ!?」
前に春菜にも言われたが、ま、まさか加齢臭……
「梢、お水だよってまた恭の膝に座ってるの? 恭の膝、粉砕しちゃうよ?」
「するか!」
どんだけ俺を虚弱だと思ってんだコイツは
「ん……ん」
梢は俺から退き、他のソファーへ移った。そして眩しそうに目を閉じて、そのまま横になる
「……椿、タオルを額に」
「うん。恭が来て梢もはしゃいじゃったんだね。この子の事は任せて、恭は部屋で休んでいいよ。疲れたでしょう?」
「少しな。それじゃ休ませてもらうが、何か出来る事や話す事があれば言ってくれよ、鍵は掛けないで寝るからさ」
「うん、おやすみなさい」
「……おやすみなさい恭介」
「ああ、お休み」
また明日な、二人とも