まとめ編
「燃えよ我が闘気、唸れ黄金の右足よ! そして死ねぃ!! これがアタイの必殺、ネオタイガァアアアー」
「雪、パース」
「はーい」
「とと……な、なんなのよ、あの変なテンション」
サッカーの試合が始まってから暫く経ったけど、美月達は六年生を圧倒していた
美月の早いドリブルや慎太君の正確なパスとキーパー時のキャッチング。そして雪の訳わからないテンションに相手はタジタジ。見ているあたし達もタジタジだけど
「美月、黄金コンビ行くぜ!」
「んー? あ、キャプ翼子のあれね。よーし行くぞ雪!」
「おしこい!」
「パース」
「来たか、オリャー」
「よっと。はい」
「よっしゃ、ほりゃ!」
二人の早いパスワークは六年生達を翻弄して、あっという間にゴール前へと辿り着く。す、凄いわね
「健、ちゃんとマークしろよ!」
「わ、分かってるけど早くて……あ、やべ!? 行ったよブタゴリラ君〜」
健って人と細い人をギリギリまで自分に寄せた雪は、美月に低くて早いパスを出した
「……ち」
「ふっ!」
そのパスを止めずにそのままシュート。キーパーをやっているゴリラさんは美月を正面から迎えうったのだけど、止められなくて六点目。これでもう決まったかな
「うまいぞ美月!」
「ありがとっ。雪達も最高だよ!」
美月は駆け寄って来た二人の首に手を回して抱き寄せた。慎太君の顔が真っ赤になってるけど、もしかして美月の事が好きだったりするのかしら
「みんな凄いね。……とくに雪ちゃん」
「佐藤ってあんなんだっけ? もう少しおとなしい奴じゃなかったか?」
「でもカッコいいよ体育の時も凄かったしさ。変だけど」
「う、うん。いつもより元気すぎるよね」
奈々子達が言うように、どう考えてもいつもの雪とは違う。かといってアイツにそっくりかと言えば、あまりにもテンションが高くて戸惑ってしまう
「ち」
「ご、ごめんデブゴリラ君」
「つ、次いこー次」
ゴリラさんの仲間達は、ボールを持って攻撃の準備をしようとしていたけど、ゴリラさんは動かない。そして呟くように言った
「もういい、止めだ」
「デ、デブゴリラ君?」
「お前らヘタ過ぎ。つまんねーよ」
ゴリラさんは戸惑う仲間の二人を置いて雪達の方へ歩いて行く。雪達に変な事する気なら許さないわよ!
「俺達の負けだ。もうサッカーやらねーから好きにしろ」
「……あれ?」
拳を固めて突撃しようとしたら、ゴリラさんは意外にも素直に負けを認めた。それに対して雪は、何故か不機嫌そうな顔をする
「……あのなぁ、別に止める必要はないだろ? 俺達と一緒にやりたくないってんなら、俺達より早く来てやれば良いって話じゃねーか。ここは誰かの土地って訳じゃないんだからさ、早い者勝ちだ」
「…………ふん」
「ま、一緒にやれるんならそっちの方が良いんだけどな。結構面白いぜお前ら」
「……面の割には男みたいな野郎だなお前」
「アホぬかせ。どっからどう見ても可憐な美少女だろうが。てか惚れんじゃないぞ? あっはっは!」
「く……くくっ、かっかっかっか!!」
雪はゴリラさんの肩をパンパン叩き、高笑い。ゴリラさんもお肉を揺らして笑ってる。な、なんなのかしらこの展開
「デブゴリラさんが三年振りに笑った……笑ったよ健!」
「俺をワンパンで沈めた時から奴はただ者じゃないと思っていたぜ……。ま、まさにあの方は姉御! 俺を舎弟にして下さい姉御ぉお!!」
キンコンカンコーン
「…………あ」
チャイムだわ。みんな呆気にとられたまま目の前の狂乱を見てるけど、そろそろ戻らなきゃ
「みんな、そろそろ教室に戻るわよ」
「あ、うん……戻ろう」
「……俺も佐藤の舎弟になろうかな」
「雪ちゃん、やっぱりワイルド」
ぽーっとしたまま、みんなは校舎へ戻って行く。後は雪達ね
「美月達も早く戻るわよ〜!」
「はーい。ほら雪、行こ?」
「ああ。じゃまたなお前ら、楽しかったぜ。あと舎弟の件は却下だ、てか次に姉御とか言ったらアタイのお兄ちゃんにぶっ飛ばしてもらうからな? お兄ちゃん、北斗神拳とか使えるから」
「あ、ああ。姉御がそう言うなひでぶ!?」
「言うなって言っただろ?」
「ご、ごめん……気合いの入ったチョップ、アザッシタ!」
みんな戻る中、雪だけはまだ六年生達と話してるけど……チャンスね
「雪! 早くしないと先生に怒られちゃうわよ!」
「あ、ああ! じゃーな!!」
「おう」
「うっス!」
「さよなら〜」
雪は挨拶をした後、慌ててこっちへ向かって来た。それを迎えて、腕をキャッチ!
「うぉ!? な、なんだ?」
「ちょっと来て!」
実際はまだ五分余裕がある。その時間で確認しなきゃ!
※
花梨に腕を捕まれ、そのまま引っ張られた。そして校舎に入り、階段を上がって何故か便所の方に連れていかれる
「おいおい、連れションかよ。私さっき行ったんだけど」
誰も居ない隙を狙って、目を閉じてのションベン。慣れてないからか、したいのになかなか出なく、出たら出たで止まらないと言う、なかなかスリリングな体験だった
「いいから」
「いいからって花梨ちゃんねぇ」
不満げに口を尖らせてみたが、結局女便所に連れ込まれてしまった。なんか気まずいんだよな女便所って
「……どした?」
ションベンでもするのかと思ったら、花梨は動かずにジっと俺を見ている
「あ、えっと……こ、この間はありがとう。昨日賞金入ったわ」
「ん? ……ああ、あれか。どういたしまして」
「それでその……か、必ず返すからね」
「え? 何を?」
なんか貸してたか?
「だからほら、お金……」
「金? 賞金か?」
「そ、そう。少しずつでも返すから」
「いや、いらんよ。てかまだそんな事を言ってる……言ってらしゃるの? あれは花梨ちゃんにあげたものですわよ」
難しいな女言葉って
「……そうはいかないわ。あの時はみんなにああ言って貰ったけど、やっぱり返さないといつまでも負い目に思うもの」
花梨は視線を下げ、辛そうに言う。まったく、変に大人なんだなコイツは
「あのな、勘違いするなよ。みんな自分の意志でお前にやりたかったからやった、それだけなんだからな。要は勝手にやったって事だ、恩に着せる気もなければ感謝してほしいとも思ってない。少なくとも俺……ごほんごほん! 私とお兄ちゃんはそうよ」
「でもそれじゃ!」
「ああ、お前の気持ちも分かる、そんな簡単に割り切れる事じゃないってな。だけどさ、言い方悪いかもしれないけど結局あの金って必死こいて稼いだ金じゃなく、たまたま手にした金なんだよ。だから大した価値は無い。そんなもんで苦しんでる友達が助かるなら喜んで使う、そういう奴らだろアイツらは」
「……ええ」
「もし美月と花梨が逆の立場だったとしたらどうだ? 美月を助けてやるか?」
「っ……た、助けてあげたい。けど、ただそう思ってるだけだもん! そんなの何も意味ないじゃない!!」
花梨は涙を堪えて、俺を睨む。ふ、ほんと気の強い奴だな
「ばか、それで良いんだって。逆の立場になったら助けてあげたい、その気持ちだけで十分なんだ」
「……なによそれ」
「ま、なかなか納得いかないかも知れないけどな。その辺は一人で悩まないで誰かに相談したりしてみろよ。私のお兄ちゃんとかにね」
「お、お兄ちゃんに?」
「ああ」
同じ事しか言えない可能性は高いが。……それにしても
「ふふ」
「な、なによ?」
「ん、しょんぼりしてる花梨ちゃんも結構可愛いなって」
「かわっ!? ば、馬鹿ぁ!」
「何故に馬鹿呼ばわり!?」
褒めたのに……
「たく……そろそろ教室に戻ろうか?」
授業に遅れてまうわ
「ん……そうね。うん、行きましょう」
花梨は小さく頷き、微笑んだ
「うん。さ、行こう」
花梨に手を差し出すと、花梨は目を丸くてオドオドとその手を握った。結構荒れている努力の手だ
「次は発表会か〜」
これまた懐かしいぜ
「……ありがとう、佐藤お兄ちゃん」
「え?」
「戻って」
「なにを…………ぐぎゃ!?」
目の前が急に暗くなった次の瞬間、腕に激痛が走った!
「タオルを置きに来ただぁ? 覗きに来たんでしょうに」
「なに言ってて、ででででで!?」
「あ〜ん? 今日はちょっと可愛いかなって思ったら……姉ちゃんの裸が見れて良かったわね〜。ええ、このシスコンが!」
「な、なに? なにが? てかここどこ? 今どうなってるの!?」
訳が分からない。今朝起きて、階段降りて……で、なんで俺は床に這いつくばってんだ!?
「てか背中になんか重いのが乗ってるし! 首と腕痛いし!?」
「重い……ふぅん」
「あだだだだだだ!」
首と肩を締めるこの技は……姉ちゃん得意のチキンウィングフェースロック!
「ぼ、僕の上に乗ってらっしゃる方は、天女様ですね?」
「うふふ、そうかもねぇ。ほぅらこっち向いて〜」
体を強引に反転させられ、仰向けになった俺の視界には、体にバスタオルを巻いただけな姉ちゃんの姿が映った。奴はまだ濡れた髪をかき上げ、悪魔のような笑みを浮かべている
「い、一体なにが起きているんだ?」
朝からの記憶が全くない。ま、まさかこれは!
「アブダクションによる記憶喪失!? 姉ちゃん、俺は超常現象に巻き込まれたかもしれない!!」
「ああん? アブダクションだかアブストラクトだか知らないけど、姉の乳を見た罪は重いわよ!」
「う、うぎゃああ! 足が折れるぅうう!! た、助けて秋姉〜」
「…………あれ?」
気が付いたら目の前に花梨ちゃんが立っていた。花梨ちゃんは気まずそうな顔で私を見ているけれど、どうしたんだろ?
「ええと……ここは学校?」
いつ来たんだっけ? さっきまでお家に……あれ?
「……ごめんね、雪」
「え? どうして?」
「ううん、なんでもないわ。さ、行きましょう雪……これからが大変だけど」
花梨ちゃんは最後に何か小声で呟いて、私の手を優しく握った。ひんやりとしてて、秋お姉ちゃんの手みたい
「……ん~」
よく分からないけれど、いっか
「一時間目って国語だよね」
「……ご、五時間目なのよ今」
「…………ええ!?」