恭介編
「小学校、か」
懐かしいな
ランドセルを背負いながら家から歩いて10分。5年前は俺も通っていた小学校の表門が見えてきた
「……ハァ」
あれから雪葉に必死の説得をされて仕方なしに行くと頷いてしまったが、いざ校舎を目の当たりすると気が弱くなってしまう。しかし雪葉の為に行かなくてはならない
重くなった足を動かし、門の前まで歩く。普段なら小さく見えるこの校門も、今の俺にはとても大きく感じてしまう
「ええい!」
タラタラしてても仕方ない、ガンガン行ってしまえ!
勢いで門をくぐり、そのまま真っ正面にあるバニラ色のA校舎を目指して早歩き。雪葉の教室はA校舎の三階左奥にあるのだ
「おはよー雪ちゃん!」
A校舎の昇降口前に着くと、下駄箱で靴を履き替えていた女の子が俺に気付き、笑顔で声を掛けてきた。オサゲがよく似合っている子だが雪葉の友達か? 仮にAさんとしておこう
「おう、おはよう。いい朝だな」
ええと雪葉の下駄箱は……これか
「雪……ちゃん?」
靴を履き替える俺をAさんは戸惑いの眼差しで見ている
「どうした? てか行こうぜ。もうすぐチャイムが鳴る時間だろ?」
遅刻するギリギリの時間まで雪葉と話し合ってたからな
「……今日の雪ちゃんなんだかワイルド」
「ん? 早く行こう?」
「う、うん」
首を傾げるAさんと階段を上がり、廊下を進む。下駄箱の場所で分かっていたが、この子とは同じクラスらしい
「今日の体育やだな」
「そう?」
「だってドッジボールだよ。なんで女同士でボールをぶつけ合わないといけないんだよってかんじ」
「ふむ。ま、遊びなんだし気楽にやろうぜ」
「雪ちゃん、やっぱりワイルドだ……」
そんな話をしながら一緒に雪葉のクラスへと入る。クラス内は子供達で溢れていて、騒がしい
「あ、雪〜はよーっす!」
「おう美月……でか!?」
窓際の席から駆け寄ってきた美月は、俺よりもだいぶ身長が高かった
「でか?」
「あ、あーっと。美月は結構背が高いんだなって思ってさ、少しびっくりした」
ちびっ子だと思っていたけど、こうして同じ背丈になってみると他の子達よりも頭一つ分大きい
「また高くなった? やったね!」
美月はピョンと跳ね、へへへっと笑う
「はは。えっと、俺の席はっと」
確か後ろの方だったな
「……俺?」
「ん? あ!」
しまった。俺は今、雪葉だったんだ
「あ、あたくしがどうかしまして? おほほほほ」
おしとやかに笑う俺を見て、美月とAさんはキョトンと目を丸くした。まずいな
「雪葉、今日は肩こり酷くてちょっと変かも〜。にゃはは」
「…………」
「…………」
ますます泥沼!?
「おはよう雪に菜々子」
「うおーっす」
そんな時、助け船がやってきた。花梨と見知らぬ男の子だ、彼はB君にしておこう
「雪、今日の研究会頑張りましょうね」
「身近にある外国の道具……だね」
雪葉から研究結果のノートを預かっている
「俺、もう腹痛くなってきたよ。佐藤に霧島、あとは頼んだ!」
親指を立てて爽やかに八重歯を光らす少年B。花梨はため息をつき、
「アンタには司会をやらせるから。調べものを全部アタシ達に押し付けたんだから当然よね?」
と言った。ちなみに目は全く笑っていない
「う……お、俺、保健室」
「行けば? 発表は5時間目だから。戻って来なかったらどうなると思う?」
「あ! な、なんか腹治った〜。が、頑張ろうな2人とも!」
B君は引きつった顔でそう言い、痛々しいガッツポーズをした
「よろしい。頑張りましょう、竹内君」
そして花梨は満面の笑顔! 学校でもこんな感じなのかコイツは……
「姉ちゃんみたいな女にだけは、なったらアカンよ?」
アレがこれ以上増えたら日本が滅びる
「姉ちゃん?」
「んにゃ、なんでもない」
キンコンカンコーン
「みんなおはよう!」
チャイムが鳴るのと同時に担任の先生が入ってきた。みなは自分達の席に座り、おはようございますと挨拶をする
「ほら佐藤も席につけー」
「は、はーい」
俺の席はあれかな
唯一空いていた真ん中で一番後ろの席に向かい、そこで椅子を見る。椅子の上に敷かれたパンダカラーの防災頭巾は確かに雪葉の物だ
「よっこらしょっと」
席に座り、ランドセルを机の横側にあるフックにかけて頬杖つく。ようやく一息つけた
だけど本番はここからだ。ノートもしっかり取りたいんだけど、後ろの席だと余り黒板の字見えないんだよな……うお!?
「今日は一時間目に書道だけど、ちゃんと持ってきたか〜」
黒板の文字が、めっちゃクッキリと見える! 雪葉のやつ、こんなに目がよかったのか
「やっべー、書道あるの忘れてた」
「前のときから洗ってなかった……カビてる」
クラスのあちこちでネガティブな発言が飛び交う。主に男子からだが
「…………」
ランドセルを開けて書道セットを取り出す。きちんと手入れされた素晴らしい品だ
「さすがだな雪葉」
しっかりしてるよ
一時間目、書道
「いいか時間はたっぷりあるんだ、落ち着いて一枚一枚を書くなりどんどん書いて数をこなすなり好きに使え〜」
「ふむ」
和紙が勿体無いし、一枚でいくか
「……世界平和っと」
「お、佐藤。もう書けたのか? どれどれ…………上手いな。跳ね止めもしっかりしているし何より力強い。よし後は自習! 好きな勉強をしていいぞ、見てやる」
「え〜佐藤だけズルくね?」
「ならアンタも良い字を書きなさいよ。はい先生、書きました」
「お、見せてくれ。……臥薪嘗胆。む、難しい言葉を知ってるな霧島」
「毎日その気構えです」
二時間目、体育
「花梨、今日こそ決着よ!」
二時間目の体育は四組との合同授業。その内容は男女別れてのドッジボールで、三組と四組の対抗戦だ
ちなみに四組にはリサと千里が居る。そのリサはコートの中では左手を腰に当てて、花梨を指差しやたらはしゃいでいた
「また四組と合同って……はぁ」
「わたしの後ろに居なよ花梨。守るからさ」
「ありがとう美月。でもなるべく頑張ってみるわ」
じゃんけんぽい!
互いの組の代表がじゃんけんをし、勝った四組がボール所有権を得た。ボールはリサに渡されて戦いがスタートする
「さ〜行くわよ〜。とくに花梨!」
「はぁ……。当たってさっさと退場しようかしら」
やる気なさげにため息をつき、花梨は中の方で待機する。リサはニヤリと笑い、花梨に向かって駆け出した!
「くらえ花梨!」
リサは右手に持ったボールを花梨に向かって投げ……ずに、手首を返して花梨の斜め前に居た美月の足下を狙って投げた!
「わぁ!?」
不意を付かれた美月は咄嗟に反応したものの、避けきれず当たってしまう
「美月!」
「速攻やられた〜。やるじゃんリサ」
美月はアハハと笑い、場外に出ていく。潔い奴だ
「ふふん。これで邪魔者が居なくなったわね」
「卑怯よリサ!」
「卑怯? うふふ。もっと罵りなさい、負け犬花梨ちゃん」
そう言い、唇を舐めて恍惚とする様はとても小学生とは思えんな
「リサはマゾ」
「ウッサイ千里! とにかくボールはこっちのラインに戻ってきてるから……また私のターン! 今度こそ花梨を倒すわよ!」
「おー」
リサのチームメート達から、やれやれまたかと言った感じの破棄のない掛け声が上がる。どうやらいつもの事らしい
「とりゃー!」
「きゃー!?」
「ぬりゃー!」
「あ、危ないわね!」
「ふりゃー!」
「な、なんの!」
「あたれー!!」
「いい加減他の子達にも投げさせなさいよ!!」
リサはひたすら花梨だけを狙い、花梨はボールを取れないので、八割は相手チームの攻撃になっている。他の子達も退屈そうだし、困ったものだ
「はぁはぁ……ん」
「うふ。そろそろ終わりみたいね。これで止めよ!」
「くっ!?」
疲労でよろめく花梨は、迫るボールを前に目を閉じ体を縮ませた
「よっと」
「なっ!?」
そんな花梨の前に割り込み、ボールを腹で受け止める。結構球速があって痛い
「ふぃー。ギリギリだったな、大丈夫か花梨?」
「え? ゆ、雪?」
「たく、しょうがねーなリサの奴は。ちょっと退場してもらおうか」
小さな手でボールを掴み、軽く投げる練習をしてみる。この体には力こそないが、関節や筋肉は柔らかい。なら……
「行くぜ?」
「さ、佐藤さん? なんだか雰囲気おかしいけど……まぁ良いわ、来なさいよ。簡単に止めてあげ」
「お〜らよっと!」
肩や腰、全身のバネをフルに使って、おもいっきり投げる。そのボールは俺の予想よりもスピードが乗り、リサの膝下に当たって破裂音のような音を響かせた
「きゃあ!?」
「あ、大丈夫か!」
ボールに弾かれて転んだリサの所へ行って、体を支える。強く投げすぎてしまった
「う、うう……。今日の佐藤さん、ワイルドね。負けたわ」
「お、おう。お前も強かったぜ」
伸ばしてくる手を取り、硬い握手。なんだか友情が芽生えそうだ
「雪、すっげー! ドッジボール超強いじゃん。いつ練習したの?」
「……助かったわ、雪。ありがとう」
花梨や美月だけじゃなく、クラスメートや何故か千里までもが俺を褒め称える。どうやら雪葉の名誉を守れたみたいだな
「よーし、続きやるぞー!!」
おー!!
三時間目、ドイツ語
「なんでドイツだよ!?」
わかんねーよ!
「雪はドイツ語得意だもんなー。わたしも師匠から教わってるけど、全然勝てないや」
「雪ちゃん、ここ教えて? この文法のとこ」
「…………。がー、ごー。がー、ごー」
授業始まるまで寝たふりしとこう
「ゆ、雪ちゃんが急に高いびきをかいて寝ちゃった!?」
「ま、まって、動かさないで! 昔お爺ちゃんが脳溢血で倒れた時、こんないびきしてた!!」
「保健室、保健室の先生よんでー」
「お、俺、携帯持ってるから救急車呼ぶよ! えっと177……今日は所により晴れだって!!」
な、なんだか大事になってきたな……起きるか
「う、う〜ん。あ、雪葉ちょっと寝ちゃったぁ、えへへ」
「…………」
「…………」
「…………」
……ごめん、雪葉
四時間目、国語
「おーい、教科書しまえ〜。いきなりだけど小テストをやるぞ〜。いまやってるゴンギツネに出てくる漢字問題だ」
配られたプリントには読み、書き合わせて16問。少し難しい字もあるが、まぁ簡単だ
「サラサラサラリ、サラサラリ。先生〜終わりました〜」
「おおー今日の佐藤はアクティブだなあ。どれどれ……お、満点だ。凄いぞ佐藤」
「わーい」
あ〜、雪葉の真似すんのめんどくせ〜