芦の三姉妹 11
《それでは9時のニュースです》
「ん? もうそんな時間か」
ふと耳に届いたテレビの声で時間に気づく。椿に猪鹿蝶で負けた後、三姉妹との花札に熱中していたからか、時間が経つのがあっという間に感じる
そろそろ風呂に入らないといけないし、お開きな時間なんだが一度ぐらい勝ちたいものだ
「…………うむ〜」
一応、今は俺にチャンスがある
現在手元に3枚の札があるのだが、その内、菊が2枚あり一枚は酒。月と花は取っているからこの酒を取れれば俺が勝つ
だけど菊はまだ場に一枚も出ていないく、下手をすると青短リーチの梢に持っていかれる恐れもある。しかし此処で勝負しないと、ずるずる負けることになりそうだ。さて、どうしたものか
手持ち札から菊を捨て、ヤマから一枚めくる。出たのは藤にホトトギスで特に何も取れず、椿の順に
「なにもないや」
椿はアヤメを捨て、梅のウグイスを出した。二回続けて鳥か
「……ないの」
梢が渋々アヤメを取って、ヤマから出た桜で赤札を取った。よし、菊が生きたぜ後は楓さん次第だ
「はい」
楓さんが梅でウグイスを取り、藤を出す。勝った!
「やめ」
「え? ……あっ!」
楓さんに10点札が7枚、タネか!
「四人でやってるのにそんなに集めるなんて……」
完全に油断してた
「えっと、これで姉さんが170文、あたしが130に梢が110で恭が0っと」
「……ふ」
悩んだ割にはアッサリ負けて、結局0のままだぜ
「あ〜あ、負けた、負けた。よし明日は風呂掃除に床掃除、窓拭きトイレ掃除全部任せてくれ!」
それが賭けに負けた代償なのだ
「あたしも手伝うからね。そろそろお風呂入れよっか」
「入れる」
梢が真っ先に立ち上がり、そのままリビングを出て行った
「ありがとー」
「梢は働き者だな。そういえばお前、まだ体操やってるの?」
なんか急に思い出したわ
「い、いきなりだね。やってるよ、ダイエット感覚だけど。ほら、開脚」
椿は床に足を伸ばして座り、足を左右に開いていく。90度から始まって、更に更に広く……って
「やわっ!?」
これが噂の180度開脚か!
「ぺた〜」
曲げた身体や頭が床にピタッとくっつく。少し気持ち悪いな
「ふふー、凄いでしょ。まぁこのぐらいなら姉さんも出来るんだけどね」
「そ、そうか、凄いんだな」
姉妹で開脚。……不気味だ
「出来ないよ、身体硬くなったから」
「あれ、そうなの? サボってた?」
「ええ」
「そっか。よっと」
椿は立ち上がり、軽い前屈をする。折り畳み式の携帯電話みたいだ
「ほんと柔らかいな」
「スポーツやってる内はね。秋さんや春ちゃんも柔らかいでしょ?」
「秋姉は柔らかかったと思うが、春菜は……」
どうだったかな。屈伸してるのを見たことが無いから分からん
「春ちゃんぐらい走れる人は、柔軟性に優れてるはずだよ。身体が硬いと歩幅が狭くなるし、怪我も多くなるから」
「ふ〜ん。柔軟って大切なんだな」
俺も少し気をつけよう
「椿姉」
戻って来た梢が、椿に歩み寄る
「どうしたの?」
「ボディーソープきれてた」
「もう? 替えってあったっけ?」
「ないの」
「そっか。じゃ買ってくるね」
そういって立ち上がる椿を楓さんが止めた
「姉さん?」
「私が行くよ」
「いいよ、遠いし。恭の面倒見てて」
おいおい
「てか俺が買ってくるぞ。コンビニで良いんだろ?」
「う、うん……。一緒に行こっか?」
「良いぜ。よっこいしょういち恥ずかしながら帰還っと」
「立ちづらくない?」
「かなり」
新しいかけ声を考える必要があるな。……ん?
「どした?」
俺の手を梢がそっと引く
「……私も行く」
「え? い、いや、別にみんなで行かなくても……」
「行くの」
なんだか分からんが意志は硬いらしい。なら別に断る理由もないので
「分かったよ、じゃいくべ」
「いくべ」
先を歩く俺の後を、トコトコとついて来る。鴨の親子みたいだ
「う、う〜ん、やっぱり梢は侮れないなぁ。姉さんも行く?」
「行かない」
「分かった。行って来ま〜す」
さて、そんな感じでコンビニ求めて旅に出た俺達。外へ出た所でなんとなしに見上げると、星を敷き詰めた様な夜空が広がっていた
「星が凄いな」
「田舎だからね〜。コンビニ行くのも一苦労だよ」
と、椿は苦笑い
「役所の側にあるやつだよな。まだそこしか無いのか」
ここから1キロ近くはある
「スーパーは近くに出来たんだけど、8時に閉まるんだ」
「なるほど」
ここら一帯は農地が多く、建物よりも田んぼや畑、そして山が目立つ。道もほとんどが整備されてない砂利道なのだが、ちょっと電車に乗れば賑やかな都心に出るので、ど田舎って程ではない
「梢、手繋ごっか。暗いからね」
「いらない」
若干怒った口調で梢は断り、トトトと小走りで俺を追い抜き一番前に出た
「……子供扱いしちゃったかな」
「かもな。雪葉もそうだけど、子供は成長早いぜ」
むしろ俺より大人な勢いだ
「うん、そうだね、あっという間。待って梢」
「……ふむ」
駆け寄る椿を梢は待ち、二人は並んで歩く。お互いたまに疎ましくなる時もあるのだろうが、基本的には仲の良い姉妹だ
「二人ともあんまり先に行くなよ」
「は〜い」
「うん」
足を止めた二人に追いつき、梢と椿の頭にポンっと手を頭に乗せる
「まだ距離あるし、ゆっくり行くべ」
「いくべ」
「あたしまで子供扱いされてるような……ま、いっか。いくべいくべ」
そして今度は三人並んで狭い道を歩く。道幅は俺達だけでいっぱいになり、いま車が来たら田んぼに飛び込んで避ける事になりそうだ
「……いや」
そんな心配はいらないか。なにせ車どころか人すらいないし
「恭?」
「ん? あっと……今日は月がデカいなってさ」
適当に言ったが、確かに大きい。怖いぐらいに明るく綺麗な満月だ
「夏の夜だからね。春はあけぼのってやつかな」
「ふむ」
そう言われると、日常生活では面倒なこの距離も風情を感じでくる。よし、この夜の散歩を楽しむとするか!
「まずは月が付くものしりとりー。最初は餅つきだ!」
「い、いきなり言われても何がなんだか」
「きつつき」
「え!? こ、梢……きわめつき!」
「う、うまい。ならこっちは………………………………ふ」
一切思いつかないが、余裕の笑みで誤魔化しておこう
「あ、恭が諦めた」
「なぜ分かる!?」
「恭介は分かりやすいの」
「……参りました」
なんかもう完膚なきまでに