芦の三姉妹 10
《なんやねん、なんやねんったらなんやねん》
《ほんまたまらんなー》
「ははは」
やっぱ、関西のテレビ番組は力強いでんな
「ははは、あはは」
「この番組面白いよね〜。たまにしか見ないけど」
「あははははは……冗談だろ?」
嘘笑いを止めて真顔で聞くと、椿はドングリを盗まれたリスのように目を丸くした
「あ、あの、あたしテレビ自体あんまり見ないの。……もっと見た方が良い?」
「い、いやそうじゃなくって。今日、叔母さん帰って来ないのか?」
つい現実逃避をしてしまったが、空耳の可能性もある。例えば
ママ、強化得れないみたい。……しっくり来ないな
ママ、業界レベル7みたい。これだ!
「う、うん、帰れないって。仕事のトラブルが思ったより大きかったらしくて、落ち着くのに朝まで掛かるみたいだよ」
「そ、そうか」
だよな。しかし叔母さんが帰って来ないとなると……。恐る恐る楓さんの様子を見てみると、楓さんは我関せずといった風に、黙々と本を読んでいた
「ね」
「ん?」
「やっぱり姉さんが気になる?」
「ああ」
物凄く
「……そっか。姉さん綺麗だからね〜、羨ましいな」
「お前も十分美人だろ。羨ましがる必要なんか無いべさ」
素直な感想を伝えると、椿は再び目を丸くする。そしてため息と共に苦笑い
「……ずるいなぁ、恭は」
「何でやねん」
一応ツッコミを入れておこう
「恭介」
「ん? どうした?」
椿と話している俺を梢が呼んだ
「恭介に代わってって」
「あいよ」
ソファーから立ち上がり、側に寄って来た梢から電話を受け取って出る
「もしもし、恭介です」
「ごめんなさい!」
「お、叔母さん?」
「仕事、思っていたより大変な事になっていて今日は戻れそうに無いのよ。それで恭介君に椿達の事をお願いしたいのだけど……。本当にごめんなさい」
元気無く謝る叔母さんに、俺はいよいよ諦めた
「……分かりました、お任せ下さい。お仕事の事は分かりませんが、無理はしないで下さいね」
「ありがとう、迷惑掛けるわね。あ、家にある物は何でも好きにしていいから。確か書斎にレミーマルタンのルイ13世があったわよ」
「あ、ありがとうございます」
レミーマルタンって確か酒だったような……
「それじゃ宜しくお願いします。何かあれば携帯に電話ちょうだい」
「はい、それでは」
電話を切って、受話器を充電器に戻す
「…………ふ〜」
そして深呼吸。ここから先は気を引き締めないと。2年前と同じ事になったら、正直自制が効くかどうか分からん
そう、2年前。以前から楓さんを警戒していた俺が、本格的に恐れるようになった夏の夜――
で、唐突に。
〜若かりし頃の回想〜
『ひふー』
夕食を食べた後、風呂を貸してもらった俺は、足を完全に伸ばせる広い風呂を存分に楽しんでいた
『はぁあ、良い湯だなふふふんっと』
風呂から上がったら冷たいスイカを出してくれるらしい。花火もあるし、う〜ん楽しみだ
『よっと』
最後にもう一回髪を洗って、出よう
『ふんふんらら〜』
機嫌良くシャンプーを泡立て、ゴシゴシ洗う。結構長くなったしそろそろ髪切るかな
『ぬわ!』
目に入った! シャワー、シャワー!!
『く〜』
いてー
ガチャ
『ん?』
今、後ろで何か音がしたような……
『ぃっ!?』
背中に柔らかい何かが被さった。俺は驚き、シャワーを落としてしまう
『遅いよ君』
耳元で囁くこの声は
『か、楓さん!?』
『大きな声出すと、みんなにバレるよ。私は構わないけど、君は困るんじゃない?』
『う……。な、なにやってるんですか、楓さぎゃ!?』
股間が! 俺の股間がわしづかみに!!
『君、風呂長すぎ。待つの面倒だから、もうここで良いよ』
『や、やめ』
『止めない』
『ちょ、こ、ま、まって! ひぃ!?』
俺の首筋や背中を楓さんの舌と唇が甘くなぞる。ピリッとした電流の様な刺激が身体を走った。頭の奥が熱くなって、このまま流されてしまいそうになる……が!
『は、離れて下さい!』
燕の顔を思い出し、最後の自制で楓さんを押し退けて、直ぐに離れる。そのまま立ち上がって振り向いた俺の視界には、驚いた顔で俺を見上げる真っ裸な楓さんの姿があった
『全然大きくならないね。困ったな』
『こんな状態で、でかくなんてなるかー!!』
あ、しまった! また大声を……
『…………ふぅ』
耳を澄ませても叔母さん達の気配は無い。助かったようだって、まだ全然助かってねー!
『と、とにかく無理ですから出ていって下さい。シャンプーも流さなきゃ』
目を手で隠しながらシャワーを拾い、楓さんから顔を逸らしながらシャワーを浴びる。一刻も早く逃げないと!
『洗いかた。知ってる?』
『は?』
いきなり何だ?
『男の子は剥いて洗うだけ。簡単。でも女は結構面倒くさい』
『な、何の話を』
『見せてあげるよ』
そう言って楓さんは浴槽の縁に方膝で座り、足を少し拡げて俺が良く見えるように手でゆっくりと……
『さ、さようなら〜!』
そして俺は浴室を飛び出した。頭に泡をつけたまま
その後の事は正直イマイチ覚えていない、うわのそらだったのだ。ただ楓さんは何もして来なかったと思う
翌年は彼氏が居るって事で特に何も無かったし、もう怯える必要も無さそうなものだが、それでも一度覚えた恐怖は抜けず、会う度に俺を不安にさせた
で、今年。楓さんは俺を逃がさないと言った。その言葉には執念すら感じる
楓さんのヤバい所は自分や他人に殆ど興味が無く、だけど自分の魅力を良く理解していて、それをフルに活用する所だ。そして興味を持った物を手に入れる為には努力や時間を惜しまない
「……ハァ」
今年は長い夜になりそうだ
何度目になるだろうか溜め息をつき、ソファーへ戻る。そんな俺に楓さんは声をかけた
「恭介」
「は、はい!」
殺られる!?
「今日は何もしないから」
「……へ?」
呆気に取られマヌケな声を出した俺を楓さんは一瞥し、本に視線を戻した
「…………」
何もしない? 何もしない、何もしない何もしない……
「……恭? 姉さん?」
「何もしない!?」
「わぁ!? き、恭?」
「そ、そうですかー、あっはっは」
どういう心境の変化かは知らないが、楓さんは嘘を付かない。何もしないって言うのなら、本当に何もしないだろう
「よーし、花札の続きやろうぜ! イヤッホーウ」
ずっとビビっていた事が一気に解決し、俺のテンションはバカ上がり
「う、うん……。急にどうしたんだろ」
「元気なの」
そんな俺を椿と梢は不思議そうに見て、
「な、なんだか良く分からないけど……勝負だよ、恭!」
だけどテンションに乗ってくれた
「よし来い!」
「行くよ!!」
「よっしゃ、よっしゃー!!」
「……元気すぎなの」
梢が引いている。そりゃそうだよな、テンションを少し戻して……
「んんん〜。たー、これで猪鹿蝶!! やめ!」
「え!?」
速攻で負けた!