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芦の三姉妹 9

「サクシニルコリンは体内に残らない筋肉弛緩剤なのよ。だからそれを……」


「なるほど。それを夫に打つわけですね」


「そう! だけど一つ問題があって……あら?」


午後7時。まだ寿司は残っているが、休憩がてら食うのを一端止めた俺達は、和やかに会話を楽しんでいた。そんな中、ドアの横にある電話がジリリリと鳴る。叔母さんはヨイショと立ち上がり、電話を取った


「はい。……あら、三田君? ええ、大丈夫よ。何かしら」


どうやら電話は叔母さん宛らしい


「ね、夜はみんなで花札しよっか」


椿は視線を叔母さんから俺達に移し、そんな渋い提案をする


「ああ、いいよ。ただ俺は強いぜ?」


かつて四光の恭ちゃんと呼ばれた事が、あったりなかったり


「へぇ、そうなんだぁ。えっへへ〜」


椿は意味ありげに笑い、梢達にもやろうと誘った


「花札、好き」


「いいよ」


「やった決まり! 恭、後悔しても遅いんだからね」


「あ、ああ」


なんだこの自信は……


「えっ、今から? あのねぇ……。今日は大切なお客さんが来るって言ったでしょう。明日では駄目なのかしら?」


「ん?」


電話をしている叔母さんの声に、少し苛立ちが混ざり始めた。珍しいな


「だから、それを何とかするのが君の仕事。とにかく、今日は無理よ」


「なんの話かね?」


目が合った椿に尋ねると、椿は僅かに首を傾げた


「仕事の話だと思うけど……。ママ恭が来るって事で、残ってた仕事を何日か徹夜して片付けて、ようやく2日の休みを取ったんだよね。だから、電話にちょっと怒ってるみたい」


「そうか……。叔母さんに迷惑かけてしまってるな」


責任感が強い人だし、色々無理をさせたのだろう。訪ねる日をもっと考えれば良かった


「そんな事ないよ。ママ、凄く楽しみにしてたもん。それに最近、休みが殆ど無くて大変だったんだ」


「年中無休なの」


「ふむ」


叔母さんは、小さな出版社の編集長をやっている。本来なら母ちゃんの代わりに実家である料亭を継がなければならなかったのだが、女将のしての適性が無かったから諦められたのだと、前に軽い口調で話してくれた


「やっぱ仕事持つって大変なんだな」


俺も将来の事を考えておかないと……


そんな事を考えている間も電話は続き、やがて叔母さんの口から諦めの溜め息が漏れる


「こぉら、泣き言は駄目よ三田君。まったくもう……、ごめん一度電話切るわ。え? 違うわよ、後でちゃんとかけ直すから。ええ」


叔母さんは受話器を戻し、バツの悪そうな顔で俺達の方を見た。そして


「ごめんなさい!」


と、手を合わせて謝った


「会社でゴタツキがあったらしくて、様子を見に行きたいのだけど……。少し留守にしても大丈夫かしら?」


「構いませんよ。もし何かあっても、椿達の事は俺が守ります」


責任は重大だ。強盗が来たら必殺の110番を!


「やっぱり男の子は頼りになるわねぇ。ありがとう、お願いするわ。梢達もごめんなさい、なるべく早く戻って来るから」


「は〜い」


「いってらっしゃいママ」


娘達の言葉に叔母さんはニッコリと笑って、慌ただしくリビングを出て行った


「大変だな」


海老を食いながら、しみじみと言ってみる


「最近特にね。三田さんはいい人なんだけど……」


言葉をにごす椿。その続きを梢が引き継ぐ


「無能なの」


「ば、バッサリだな」


梢は意外と厳しいのだ


「しかしなるほど。叔母さんは世話好きだから、駄目な部下でもつい面倒を見てしまうんだろう」


三田さんって人とは会った事も無いが、俺の中で駄目な人と認定した


「君も世話好きでしょう?」


楓さんは目を細め、気だるげに言う


「う〜ん。どうですかね、自覚はありませんが」


いつも雪葉や秋姉に世話されてるし


「恭は世話好きだよね。来る度にあたしや梢の事、面倒みてくれたもん」


「俺もお前らと遊ぶの楽しかったから。面倒みたって感じじゃないな」


いつも明るい椿に、泣き虫な梢。そして物静かな楓さん


年に数回、この家を訪れるのが楽しみだった。もちろん今でも楽しみではあるんだけど……


「……なに?」


ちら見した俺に、楓さんは軽く眉をしかめた


「あ、いえ。か、楓さんは顔小さいですね〜」


8頭身以上あるんじゃないか?


「そう? どうでもいいけど」


本当にどうでもよさそうだ


「姉さん自分の容姿とか余り気にしないから。メイクすら滅多にしないよね」


「秋姉とかも殆どしないけどな。楓さんは普通に清潔感があるし、化粧なんかしなくたって良いんじゃない?」


俺がそう言うと、楓さんは悪戯っぽい目で俺を見て、


「君がしてと言うのならするよ」


と、微笑んだ


「ね、姉さん?」


「ふぅ。ごちそうさま」


戸惑う椿を全く気にせず、楓さんは箸を置いてごちそうさまと手を合わせた


「ほとんどカッパ巻きでしたね……」


寿司桶からカッパ巻きだけが完全消滅している


「部屋に戻ってるから。花札する時に呼んで」


そう言って立ち上がり、楓さんはやっぱりダルそうにリビングを出て行った


「……楓さん、疲れてるのか?」


なんだか去年より元気が無い


「う〜ん。多分はしゃぎ疲れじゃない? ね、梢」


「うん。楓姉、昨日余り眠らなかったみたい」


「そ、そうか」


マジで普段の楓さんが見てみたいな


「ま、それは置いといてっと。ガンガン食うか!」


「よ〜し、春ちゃんを越えろ〜!」


「それは無理」


あれは化け物だ



それから胃が破裂する寸前まで寿司をガンガン食い、出掛ける叔母さんを見送って、みんなと花札を楽しんだ


そしてギャンブルにおける芦屋三姉妹の強さを再認識した所で、時刻は9時過ぎとなる


「叔母さん遅いな」


忙しいのだろうか


「……うん」


「きっと、もうすぐ帰って来るよ」


心配する梢に椿は優しく声を掛け、


「恭、そろそろお風呂入る? 一緒に入ろっか? な〜んて」


と言ってアハハと笑う


「阻止なの」


そんな椿の腕に梢が抱き付き、楓さんは少し離れた所で本を読む


近すぎず、離れすぎず。絶妙な距離を保っている姉妹だと思う。きっと、空気の様に自然な関係なのだろう


ジリリリリ


三人を感心して見ていると、電話が鳴った


「あたし出るね」


電話に駆け寄り、受話器を取る椿


「はい、もしもし。あ、ママ? 遅いけど、どうかしたの? うん、うん……え? そ、そうなんだ。うんうん」


「…………」


なんて事ない会話なのだが、嫌な予感がする。な、なんだこの胸騒ぎは


「うん分かった、恭もいるもん心配しないで。うん、頑張ってねママ。あ、ちょっと待って! 梢〜、ママだけど電話代わる〜?」


「うん」


梢に電話の子機を手渡し、椿は自分のソファーに座る。そして、めちゃ気楽に言った


「ママ、今日帰れないみたい」




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