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芦の三姉妹 4

『君が嫌い。虫酸が走るぐらい』


五年前の夏。廃校になった学校の屋上で、男に殴られて腫れた俺の顔にハンカチをあてながら、楓さんはそう言った


『……うん。知ってた』


知ってた。会う時はいつも物静かで、でも優しくしてくれた楓さんが、本当は何一つ俺達に良い感情を持ってなかった事を


『でも、俺は楓姉ちゃんが大好きだから』


俺の言葉に楓さんは少しだけ驚いた顔をして、視線を逸らした。そして


『…………き』


『え?』


『嘘つき』


その時楓さんが見せた泣き顔を、俺は今でも忘れられない


「お待たせ」


などと一人残されたリビングで回想をしていると、着替えに行った楓さんが帰って来た


楓さんは、太ももが半分以上隠れてしまっている、不自然なぐらい丈の長い黒のTシャツを着ていてって、ま、まさか!


「下、洗濯中だった」


「え!?」


軽く笑みを浮かべ、楓さんはシャツの裾をつまみ、少しずつ捲り上げてゆく


「ちょ、ちょー!」


しかし目が! 目が楓さんから離れてくれん!!


「なんちて」


「叔母さんの真似かーい!」


舌を出す楓さんは、ちゃんとショートパンツを履いていた。短かすぎる訳でもなく、ボディーラインも余り強調してない、ごく普通のショーパンだ


「続き、夜に君の部屋。もっと色んなところ見せてあげる」


「い、いや結構です。ほら、僕、早寝ですし」


「そう?」


乗らない俺に興味をなくしたのか楓さんは軽く流し、カウンターの椅子に座った


「暑いね」


「そうですね」


窓を開けている為かクーラーはついてなく、黙っていても汗が浮かんでくる


「…………」


「…………」


言葉が無い俺達を気遣ってか、生ぬるい風が、リン。と風鈴を鳴らした。その音をきっかけにし、再び話し掛けてみた


「学校、どうです?」


「つまらないよ」


成績は優秀、運動も苦手じゃない。男どもにはちやほやされ、先生達ですら楓さんには気を使う。だけど本人は醒めていて、興味を示す物が何もない。叔母さんが楓さんを心配する気持ちも少しだけ分かる


「君は?」


「え? あ、ああ。結構楽しいです。授業はつまらないですけど」


「そうなんだ」


少しだけ微笑み、楓さんはテーブルに顔を伏せた


「みんな遅いね」


「そうですね」


きっと色々と片付けてくれているのだろう


それから何も話さないまま4、5分が経って、ようやく椿達は戻って来た


「あ〜暑かったぁ。ママー、アイス食べて良い?」


「ラムレーズンは駄目よ。あれは梢が買ってくれた私へのご褒美なんだから」


叔母さんと椿が冷蔵庫へ向かう中、梢は真っ直ぐに俺の側へやって来る


「恭介、なに味が好き?」


「ん? アイスの事か?」


「かき氷。作るの」


いつになく自信満々な顔だ


「よし、ならイチゴだ!」


「うん」


梢は頷き、タタタと素早く調理場の方へ


「よし、あずきに決めた。梢は何にする? あずき?」


「かき氷作る。恭介のも」


「あれで? 梢はペンギン好きだね。えっと、姉さんはどうする? あずきとかが良い?」


「いらない」


「分かった。ママはラムレーズン? それともあずき?」


「ラムレーズンを取って」


「……あずき美味しいのに」


「…………」


なんでアイツは、あんなにあずきを押してんだ?


ガリガリガリガリ


「お」


氷を砕く心地良い音が耳に届く。首を伸ばして流し台の方を覗き込むと、梢が一生懸命ペンギンの頭に付いた取っ手を回している


「ごめんなさい、恭介君。エアコンつけておくの忘れていたわ」


アイスのカップを持ちながら叔母さんはそう言い、エアコンのリモコンを手に取った


「別に良いですよ。普段もあんまりエアコン使いませんし」


「う〜ん。でも今日は特別暑いからつけるわね」


ピッと軽い音がし、エアコンは作動する


「楓、椿。窓閉めお願い」


「は、はーい」


「はい」


椿は訓練された犬の様にキビキビと、楓さんは夏バテした猫の様にダルダルと幾つかある窓を閉めに行った


「今年の夏は格別に暑いわね」


叔母さんも一番近くの窓を閉め、ソファーに座った。窓閉めから戻った椿もまた、空いている席に腰を下ろす


「部屋に戻るから」


一方で楓さんは、それだけを言ってリビングから出て行こうとしていた


「楓、水を一本持って行きなさい」


「はい」


楓さんは素直に頷き、冷蔵庫からペットボトルを取って今度こそ出て行く


「……あの子、今日は珍しくはしゃいでるわね」


「うん。姉さん、凄く楽しそう」


「そうね、うふふ。やっぱり恭介君が居ると家が明るくなるわ〜」


「そ、そうですか?」


あれではしゃいでるって言うんだから、普段どんだけテンション低いんだあの人


「ところで恭介君は今日、何食べたい? 手作り出前外食出来合い、何でも良いわよ」


「じゃあ出前をお願いしても良いですか?」


俺がそう言うと、椿はやったと小さくガッツポーズをした。そう、コイツと梢は出前が大好きっ子なのだ


「ん、分かった。ええと、確かお寿司のお品書きが棚に……あれ? 部屋だったかしら?」


食べ終わったアイスを片手に、叔母さんはパンフレットを求め、旅立つ


「恭、あ〜ん」


それを見送り、すかさず椿がスプーンを俺の口元に寄せてきた


「いや、いらんて。梢が今、作ってるから」


少し時間は掛かっているが


「せっぱ!」


「そもさん! ってなにいきなり!?」


「あずきだよ!?」


「いや、あずきって言われたって……。いらんったら、いらん」


「じゃあ良いよ……代わりにキスするから」


「何の代わりだよ!?」


「今ならきっとあずき味。甘くて美味しいよ」


「余計する気無くなるって! それに俺はイチゴ派だ!」


「……恭。あなた、あずき神を怒らせたね?」


「神ってなんだよ、神って……なっ!?」


あずきを信仰する椿と睨み合っていると、一瞬異様な物が俺の視界に入った


その異様物に目のピントを合わせ、じっと見直してみても、やはりそれは異様。てか山。そして、その山はプルプルと震えていた


「や、山が怯えているだと!」


ついに山神様の復活か!?


「き、恭? おーい」


「あるいはノストラダムスのうんたらこんたら……」


いよいよ人類滅亡の序曲が始まると言うのか――


「た、助けて……、恭介」


そんなロマンで現実逃避をしていると、山の裏から、か細い人の声がしたって梢だわな


「あ、ああ。しかし……これ、ちょっとでかすぎない?」


梢が抱えている大きな陶器には、梢の顔が隠れてしまうぐらい氷が積もっていた。それを下から支えて受け取ってやると、ズンっと重みが腕に響く


「お、重っ」


なんでこんな事に


「……シロップかけるとき、フタが取れたの。それで味を薄めようって……。ご、ごめんなさい」


「い、いや、あ、ありがとな」


半べそかきながら申し訳なさそうに俯いた梢を見て、全部食わないといけないなと俺は覚悟した


「椿、ラッパのマークを用意しておいてくれ」


「う、うん……。あたしも少し手伝うから」


「……ああ」


頑張れ、俺



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