芦の三姉妹 2
「お邪魔します」
この家のリビングへ入った時、真っ先に目に入る物は綺麗に整頓された対面式キッチンだろう。料理を作る場所だと言うのに、汚れ一つ目立たないのには畏れ入る
「お帰りなさい、恭介君」
そのキッチンのリビングダイニング側、桧の一枚板を利用したカウンターから立ち上がった叔母さんは、微笑みながら俺を迎えてくれた
短く揃えた髪に、スマートでしなやかな体躯。細めのジーンズとサマーセーターを着た様は、とても40とは思えない程若々しい
「お久しぶりです、叔母さん。これお土産の東京名物ひよこさんです」
リボンを付けたひよこ型のクッキーだ。結構人気があるらしい
「ありがとう。気を使わせてしまってごめんなさいね」
「いえ、全然です。それにしても相変わらず綺麗な家ですね」
「褒めても何も出さないわよ? ここは君達の家でもあるのだから」
「はは。そうでしたね」
姉さんとは折り合いが悪いけど、それでも家族。その家族である俺達も、また家族だと何年か前に麗華叔母さんは言ってくれた
因みに叔母さんは名前も考え方も中国の人っぽいが、ごく普通に日本人である
「ところで……、少し見ない間に大きくなったわね、すっかり見違えちゃった。やっぱり男の子は成長が違うわ」
ほぅっと感嘆の溜め息を漏らし、叔母さんは、うんうんと頷く。それが何となく照れ臭くなり、思わず後ろで俺を待つ梢を見て
「梢も大きくなりましたよ」
なんて返した。すると叔母さんはニヤリと笑い、
「梢は早く君に追い付きたがってるからね。この子はまだまだ子供だし、親としては色々複雑だけど、君が真剣に考えるなら私も真剣に考えてあげる」
「な、なんの話をしてるんですか?」
「将来の話。まだ早いけど」
「い、いや、従姉妹ですから、早いも何もないですよ。無理です、無理。有り得ません」
従姉妹なんて妹みたいなもんだか……ら?
「有り得ない……ねぇ。私の娘に何か不満でも?」
「うっ!」
さっきまで優しげだった叔母さんの目が、鋭く険しいものに変わった。流石母ちゃんの妹! 凄い迫力だぜぃ
「なんちて。冗談よ、冗談」
眼力にビビっていると、叔母さんは目尻を緩ませ、舌を出して笑った
「で、ですよね〜」
あ〜、びっくりした
「半分は、ね」
「…………え?」
「うふふ」
「…………」
こんな感じで暫く談笑? をしていると、クイクイっと裾を引っ張られた
「ん? なんだ梢」
「ママとばかりずるい」
そう言った梢は、不満げに俺を見上げている
「そうだよ〜。こっちでお茶飲もうよ〜」
リビング奥の窓際に置かれたテレビ前のソファーから椿がブンブンと手を振り、早く来いとアピールしている。それを見て苦笑いする俺に、
「モテモテね恭介君」
と、叔母さんはからかい、そして二人をたしなめた
「梢、椿。恭介君は長旅で疲れているんだから、余り我儘を言っては駄目よ」
「はぁい」
「……うん」
注意された二人は、しょんぼり肩を落とす
「あ、と。俺が茶を用意してって頼んだんです。悪かったな、椿。荷物片付けたらお茶貰うよ」
「荷物なら私が片付けて来るわ。ベッドメイキングのついでにね」
「い、いやそんなの悪いですよ」
「悪くない。こんな事で遠慮しないの」
メっと俺の鼻を軽くつまみ、叔母さんは俺の荷物を抱えてリビングを出て行ってしまった
「……はは」
叔母さんは昔から変わらないな
くいくい
「ん? あ、悪い。行こう」
「うん」
梢に連れられ、椿の所へ向かう
このリビングには余り物がなく、奥行きが広いゆったりとした空間だ。天窓から射す明るい光に、梁と白い壁のコントラストが美しい
「遅い〜!」
「悪かったって。よっこらしょ」
四角いテーブルの三辺を囲む様に並べられたソファーの一つに座ると、右隣に梢が座った。そして何故か椿まで自分の座っていた場所から立ち上がり、俺の左隣に座る
「狭いっての! 他のソファー空いてるんだから、お前らはそっち座れよ!」
「駄目。今日はベッタリなの」
「ほら、恭。お茶どーぞ」
椿はコップを持ち、ストローを俺の口許に寄せた
「一人で飲めるから」
「いいから、いいから」
「良くね〜」
と言いつつ、喉が渇いていたので一口
「ふ〜。やっぱ暑いときにはお茶だよな〜って何でお前も飲んでんだよ!」
「ん〜冷た。はい、次は恭の番」
「何でやねん!? てかお前、なんか楓さんに似てきてないか?」
あのモンスターに!
「姉さんに? どうだろう……。でもあたしはずっと一途だよ?」
透明感ある目で、じっと見つめる椿。この吸い込まれそうな視線を俺は逸らす事出来ず、近づいて来る唇をただ呆然と待ち――
「近付き過ぎなの」
梢は椿の頭をグイッと押し戻し、俺との距離を開けた
「きゃ。こ、梢〜」
「私の」
「あ!」
梢は俺の腕にギュッと抱き付き、それを見た椿も逆の腕に抱き付いて来る
「お、お前らな……まったく。お前らが好意を寄せてくれるのは嬉しいけど、従姉妹だからな?」
てゆーか、何で従姉妹にしかモテないんだ俺は……
「従姉妹? それが」
「どうしたの?」
首を傾げ、素で不思議がる二人を見て、私は楓さんに通じる恐怖を感じました
「……楓さん、帰って来るのが遅ければ良いな」
しかしその願いは叶わなかったのです