第145話:犬の追跡
「待たんか、貴様!」
「お、俺は悪い事、してませんよ!」
「なら何で逃げる!」
「あんたが追って来るからですよ!」
「貴様が逃げるから追うのだ!」
「なら追わないで下さい~」
不毛すぎる会話をしながらの逃走劇は、かれこれ30分以上続いていた。奴は全く諦める素振りを見せず、執拗に俺を追い立てる。一体、いつまで逃げれば良いのだろうか……
「あれ、あいつ佐藤じゃね?」
「警官に追われてるな。秋先輩にチカンでもしたのか?」
中学校近くの都営住宅を横切る時、見知った顔を発見。あれは同じクラスのTとSか!
「お、お前ら、助けてくれ!」
「なに! 佐藤が助けを求めている!?」
「行くぞ、S!」
「おう、T!」
藁をも掴む思いで助けを求めると、二人は小走りで追って来た。あいつら俺を助けてくれる気か? あ、ありがとう。やはり持つべき者は友達だ
「よく分からねーが助けてやる! 秋先輩の生写真5枚でどうだ!!」
「あ、ずり! なら俺は……く、靴下!」
「うわ、お前マニアックすぎ」
「い、良いだろ別に」
「…………」
一瞬でもあいつらに頼った俺が馬鹿だった
「あ、あれ、佐藤? 返事を、返事をくれ~」
「一足で良いんだ! 一足あれば俺は人生を頑張れそうな気がするんだよ! 頼む、佐藤おおぉぉぉぉ……」
元友人達の声をダッシュで振り切って、俺はひた走る。所詮人間は一人、俺は孤独なロンリーウルフ
「い、いかがわしい取り引きまで行っているだと? ……恐るべきは巨悪よ。一介の警察官に過ぎない俺が、あのロリコン野郎を倒せるだろうか?」
ロリコンって……
「止まれ〜止まらんと撃つぞ〜いっそ止まるな〜」
本気で倒す気か!?
「た、助けて〜!」
悲鳴を上げながら公園内に逃げ込み、奥にあったジャングルジムの周りをぐるぐる回る
「お、追い付けん!」
「い、いい加減に諦めて下さい」
左に来たら右に、登って来たら下がる。常に一定の距離で牽制。こうなれば捕まえられまい
「や、奴め俺を翻弄している!?」
「ふふふ、もう捕まりませんよ?」
「く、なんと卑劣な。それでも伝説のロリコン王か!?」
「違いますよ!」
まんじりともしない奴の視線をにらみ返しつつ、ジリジリと下がる。後ろにはフェンスがあるが、胸の高さ程度のものなので、飛び越えられない事はない
「逃げる気か? だが、絶対逃がさんぞ!」
目、怖っ!?
「お兄さ〜ん」
殺意が籠った眼光に怯えていると、公園の入り口から切羽詰まった声がした
「え?」
「む?」
声の方向には、こちらへ向かって走って来る中学生の姿。あいつは……直也君!?
「大丈夫ですか、お兄さん!」
直也君は組織の犬を警戒しながら、俺の隣に立つ
「直也君……どうして此処に?」
「部活帰りだったんですけど、お兄さんが助けを求めていたのを見たから、追って来たんです」
警戒を緩めず、しかし笑顔で直也君はそう答えた
「そ、そうだったのか……ありがとよ」
俺のダチとは大違いだ
「お兄さん、ここは俺に任せて下さい」
「だ、だが、奴は国家権力だぞ?」
「お兄さん。俺、お兄さんの力になりたいんす。それにお兄さんは間違った事なんかしない、だから国家権力なんか怖くないっす」
「直也、お前……」
「俺を、俺を男にして下さい!」
「直也!」
「うぉぉおおー!!」
直也は雄叫びを上げながら組織の犬に向かって行き、焦る犬の体にしがみついた
「こ、こら、何をする貴様!」
「さぁ、行って! 俺の屍を越えて!!」
「直也〜!!」
俺は走った。フェンスを越えて
振り向くな。振り向いたら俺はきっと戻ってしまうだろう
さらば直也。俺はお前を忘れない――
「……母ちゃんに相談しよ」
今日の始末書
犬
四枚目