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一年目の燕さん

彼、恭介と交際を始めてから、あっという間に一年が経った


彼はとても優しくて頼もしい、紳士な男性で、私はと言うと隠し事が多く、果たして彼に相応しい交際相手であるのだろうかと、時折不安になる


一年。この一年で、私は彼から沢山の物を貰った。だが、私は彼に何かしてあげられただろうか? 私は彼に好きでいてもらう、努力をしてきただろうか……



私の家から歩いて20分の所にあるカフェ。彼の家からも、同じぐらいの時間が掛かる店


二人で決めた、二人だけの待ち合わせ場所。窓際の席で私は彼を待つ


時間は見るまでも無く、30分は早い。彼を待っているこの時間が好きなのだ


私は注文したアイスコーヒーをストローで軽く回しながら、目を閉じる。氷の角が触れ合う音が心地良い


『あの……』


『……? はい』


呼ばれた声に私は顔を上げる。声の主は見知らぬ男性で、歳は私より上なのだろう、大人びた雰囲気があった


『待ち合わせ?』


『はい』


『友達?』


『いいえ。私の恋人です』


『そ、そっか』


男性は戸惑いを見せ、邪魔してごめんと友人らしき者達が居る席へ、戻って行った


『……ふむ』


今のは、ナンパと言うものだったのだろうか? 恭介が良く言っているが、私には隙があるらしい。だからあの様に声を掛けられるのだ


いけない。幸せな時間を過ごしているとは言え、もっと気を引き締めなくては


私は背筋を伸ばし、眉に力を入れてしかめ面を作る。疲れるけれども


『待たせたな燕』


そんな事をしていると、テーブルに影が射した。気を引き締めた筈の顔は、優しい声によって一瞬で綻び、うん。と、甘え口調で返事をしてしまう


『今日も暑いな』


恭介は向かい側の席に座り、時候の挨拶から会話を始めた。どうやらそれは彼の癖らしく、挨拶をきっかけにし、彼は本当に話したい事を言う


『待ち合わせより早く来れて良かった。今日は大切な日だから』


『た、大切な日?』


鼓動が高鳴る。昨夜眠る前から、その事をずっと気にかけていた。だけれど私は卑怯にも、とぼけて聞き返す。彼の口から聞きたい、そんな子供じみた理由で


『ああ。今日は――』


彼は椅子から身を乗り出し、私の目をじっと見つめ、


『む? ん!?』


私の唇に少し乱暴な口づけをした


『燕と付き合って一年目の大切な日だ』


『あ……』


覚えていてくれた


嬉しい。凄く、凄く嬉しい


泣いてしまいそうなぐらい嬉しくて、私は思わず眉に力を入れてしまう。先程作った、しかめっ面


『燕?』


『…………』


『ごめん、怒らせちゃったな。謝るから機嫌直してくれ』


『……許さない』


『え?』


『もう一度してくれないと……許さないから』


『ええ!?』


『ん』


『て、店内で何度もするのは流石にどうかと……』


『ん!』


『あ、ああ。では失礼しまして……』


『……ん』


軽い口づけは、甘い幸せ。でも、罪悪感が胸を掠める


『好きだよ、燕』


『……うん』


私も好き。大好き


手を伸ばし、テーブルの下で握った彼の手は、とても優しくて暖かい。離すのを躊躇ってしまうぐらいに


『燕?』


『あ、す、すまない』


『はは。手、繋ぐの好きだよな燕は』


恭介は、ぎゅっと握り返してくれた


『……恭介』


私には決まった婚約者が居る。家を捨てる事が出来ない私は、きっといつか貴方を裏切る


でも、それでも……


私は貴方の側に居たい。ずっと貴方と一緒に



「一緒に居たいよ、恭介……」


柔らかい風が、燕の髪を揺らす。くすぶったさにまぶたを震わせた燕は、気だるげに体を起こした


「お目覚めになられましたか、会長」


心配する様な声の理由を、燕は自分の頬に触れた時に気づく


「……眠っていたのか、すまない」


濡れた頬をハンカチで拭き、燕は姿勢を正す。此処は生徒会室、在室している者は燕と副会長だけのようだ


「最近、特に忙しかったですから」


「それは君も同じだろう? だらしがないな私は。さて、残りの書類を整理するとしよう。君はもう帰っても良いぞ」


「いいえ。私も残ります」


「そうか……。ところで――」


「はい」


「わ、私は寝言で何か言ってなかったか?」


「え? 特に変な事は言ってなかったわよ?」


「そ、そうか」


燕はほっと安心の一息をし、


「恭介、好き、大好き。ぐらいかしら」


「う、うぐ!」


顔を伏せて頭を抱えた。そんな燕を見て副会長は、にこやかに微笑む


深い緑の葉と強い光が、室内に濃い木漏れ日の影を作る夏の午後。今日も今日とて鳴神生徒会は平和だった


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