俺の遊び 8
先々週の燕さん
7月3日。世間では夏休みに向けて、それなりの予定を立てはじめる頃。この鳴神学園生徒会室でもまた、会長と副会長が8月の予定を算段していた
「……ふむ」
十畳程の広さを持つ生徒会室には、四人掛けの長テーブルが二卓、向かい合わせに並べられている。そしてその上座に置かれた重厚さと歴史を感じる古めかしいマホガニー机こそが鳴神学園生徒会長、菊水 燕の席であり、今現在、渋い顔の会長を支えている頼もしい机だ
「どうかなさいましたか、会長」
会長席の温くなった茶を冷たい麦茶に取り換え、副会長は穏やかに尋ねた。会長は軽く頷き、顔を上げる
「今年の8月は講習会やPTAへの説明会、部活動の合宿管理に大会、合唱コンクールの準備と中々に忙しい」
「ええ。ですので他の委員にも協力をお願いしておきました」
「うむ。だが、一つ分からない項目がある」
「なんでしょう?」
「……なんだね、この生徒会による水着座談会と言うのは」
こんな予定は無かったぞ、と副会長を見据える会長。しかし副会長はまったく動じず、
「そのままですよ。私達が水着姿で座談をします」
「ふむ…………え!?」
「各委員も忙しく、協力は難しいとの事でしたが、会長の水着姿が見られるのであればと、協力を約束してくれました」
副会長は、なんの悪意もなくにこやかに微笑む。それはまさに悪魔の微笑みだった
「ゆ、ゆかな!」
「大丈夫です。私達も水着になりますから」
私達。何気に他の生徒会メンバーも巻き込む所が、この副会長の恐ろしさである
「私は水着など着ないぞ! 皆の前でそんなはしたない真似出来るか!!」
「そちら件も大丈夫です。座談会に出席するのは女生徒のみですので」
「はぁ!?」
この生徒会長にしては珍しく、と言うより初めて発したすっとんきょうな声を聞き、副会長は自分のにやけてしまう口許を素早く手で隠した
「会長は女生徒に人気がありますから、皆さん二つ返事で了承して下さいましたよ?」
「こ、この」
「丁度良い機会だし水着を新調してみたら? 恭介君に見せる為にも」
「か、彼は! 彼は私の水着姿など興味ない!」
顔を赤くし、声を荒げる会長を前に副会長は首を傾げて言う
「あら。……恭介君って大きい方が好きなのかしら」
「何処を見て言っている」
「胸よ?」
「ゆかな~!」
と言う感じで、この日の生徒会も平和だったらしい
「ここがそうよ」
駅前に戻った俺達が、自信満々の花梨に案内された場所は、市民会館だった
「…………」
「涼しいし、お茶やコーヒーも無料で飲めるし、囲碁将棋もできるし。教えるの特別なんだからね? さ、行きましょう」
どうだと言わんばかりのドヤ顔で、花梨は施設の中に入って行く。俺達は呆気に取られ、無言のまま花梨に付いていった
「一階と二階があるんだけど、一階の奥には100円で入れるお風呂があるわ。血圧計だってあるのよ? 測る?」
「いや……、いい」
「そう? じゃあ次は新聞が置いてある所に行きましょう。付いてきて」
「……ん? おや、花梨ちゃんじゃないか」
和室の前を通り掛かった時、部屋の中から杖をついた爺さんが一人出て来た。好好爺なのかニコニコと笑いながら、花梨の側に行く
「あ、田所のお爺ちゃん。こんにちは」
「ああ、ああ、こんにちは。今日はお友達と一緒かね」
爺さんは、こんにちはと挨拶する雪葉達を優しい眼差しで見つめながら頷き……
「こりゃ!!」
俺の所で見開いた!?
「な、何ですか?」
「貴様だな、最近花梨ちゃんの話の中でよく出てくる巨乳好きの変態は!」
「何いきなり!?」
爺さんは肩を怒らせ、掴みかからんとばかりに俺へ迫って来る
「ち、ちょっと」
妹達に助けを求めて視線を送ると、彼女らは微妙な顔で俺を見上げていた
「雪、きょにゅーって何?」
「え!? そ、それは……」
「胸が大きな人って事さ。お兄さんは、そんな女性が好きみたいだよ?」
言葉の端々に、棘を感じるのは気のせいだろうか
「なんとか言わんかい、この変態が!」
「いや、しかし、あの……か、花梨!」
こっそり逃げようとしていた花梨を呼び止め、どういう事だと睨み付ける。すると花梨は、気まずそうに視線を反らしながら言った
「い、一度だけよ? アンタがママや他の人の胸を見てデレデレしてたって」
「……それだけか?」
この爺さんの怒りと憎しみが篭った目は、それだけでは無い様な……
「そ、それと、アタシの胸を触りたいって言った癖に……って」
うん、それは確かに変態だ
「って、おい!?」
「や、やっぱり! やっぱり雪ちゃんのお兄さんは……」
まるで腐った生ゴミを見ているかの様な目で、俺を見る鳥里さん。もはや俺を人間とすら思ってないかも知れない
「ほ、本当に? あいつ私の花梨にそんな事を?」
「ぶっちゃけ引く」
「そ、そうね。流石に引くわ」
「リサに」
「なんでよ!?」
二人は互いにズサッと素早く離れて、間合いを取る。向こうでも新たな戦いが始まりそうだ
「おら、こっち見んかい変態が! わしゃー花梨ちゃん達を守るぞ!!」
爺さんは杖を放り投げ、匠の技で俺の両腕を押さえ付けた
「今だ子供達よ、逃げなさい!」
「あ、あのですね、お爺さん」
「わしゃ貴様の爺さんじゃない!」
「す、すみません」
なんで俺がこんな目に……
「や、止め……っ! 止めて、お爺ちゃん!!」
爺さんにしがみつかれて泣きそうになってると、花梨が一声で爺さんを止めた
「か、花梨ちゃん?」
「ソイツ……さ、佐藤お兄ちゃんは良い人なのよ……。馬鹿だけど」
馬鹿は余計だ
「し、しかし」
「しかしもおかしもかかしも無いわ! 止めなさいったら止めなさい!!」
「は、はいぃ!」
爺さん直立不動!
「よし。はい、杖よ」
「ありがとうございます、軍曹どの!」
見事な敬礼をし、爺さんは失礼しますと行進しながら去っていった
「気を付けて帰ってね、田所のお爺ちゃん。……で」
迫力に押され、爺さんと同じ様に直立不動している俺達。そんな俺達を花梨は流し目で見て、
「次は誰が紹介してくれるのかしら?」
と、笑顔で言う
「軍曹どの」
「誰が軍曹よ! ……何、千里」
「次は私」
千里か……少し不安だな




