燕の訪問 9
今日一日だけで、何度目になるだろう駅へと向かう道。途中、別れ道で何故か俺を追い抜いて間違った道へ行こうとした静流さんを止め、何とか順調に進んでいる
「……東京の道は嫌いです」
「ま、まぁ、ごちゃごちゃしてるからな」
京都の道も十字路だらけで複雑だった気がするけど、住んでみれば意外と覚え易いのかね
「…………」
「…………」
先程から静流さんは余り喋らない。そして俺には知り合ったばかりの相手と気軽に話せる会話能力が無い。だから無言が続く訳で
「…………」
「…………」
何か話題を……
「…………恭介さん」
お、来た!
「なに?」
「……私は敵ですのに、何故こんなに親切なのですか?」
「敵? ああ、もしかして秋姉の事?」
「はい」
「敵ねぇ。……イメージが湧かないな」
まだ知り合って間もないけど、いい子だってのは何となく分かる
「それは……、秋さんが私に勝つと信じているからですか?」
静流さんは立ち止まり、感情を感じさせない声で言った。電灯の下、俯く彼女はどこか寂しそうに見える
「……もちろん信じてるよ、秋姉は誰にも負けないって。でも現実は秋姉だって負けるし、静流さんが勝つかもしれない」
もしかしたら、静流さんが勝つ可能性の方が高いのかもしれない
「だからって静流さんを敵だとは思わないよ。勝負の事は置いといて、俺個人としては静流さんが好きだしさ」
悔しい事は悔しいけどな
「す、好き!? やはり恭介さんは私を……」
「え? あっ! い、いや、そう言う意味じゃなくって!」
「こ、困りました。私、佐藤と日永の姓にはなりたくありませんし……。申し訳ございません」
「あ、うん」
どうやら振られたらしい
「ですが――。私、年上の男性から告白をされましたのは、初めてです。……改名します?」
「しない、しない」
「そうですか……。ちょっと残念です」
クスっと笑う静流さん。よし、少し明るい顔になってきたぜ
「はは。さ、行こうか」
「はい」
こっくりと頷いた後、静流さんは歩き始める。同じ歩幅、同じ速度で
「秋姉と同じか……」
素人目で見ても隙が無い
「……父が」
「え?」
「父がとても厳しい人だったのです。練習時だけでは無く、日常生活も常に剣の事を中心に考える人でした」
「そうなんだ」
燕の家と似ているかな
「如何なる時も剣を心に宿せ。物心つく前からそう聞かされ、この歩き方以外にも座り方や、食事の仕方。湯舟の入り方、入る時間などを細かく決められました。そして、それらを少しでも違えると、足るんでいるからだと明け方まで素振りをさせられたり、庭の木に縛られたりもしました」
「そ、それは……」
酷い父親だな
「母はそんな父を憎み、怯え、家を出ました。私も父を嫌い、また憎みました。でも、それでも私は……」
「……静流さん?」
「ん……。ごめんなさい恭介さん、つまらない話をしましたね。あ、駅が見えて来ました!」
静流さんは明るい声でそう言い、駅に向かって駆け足をする
「私、先に行きます!」
「あ、ああ……」
なんか無理をしてるっぽい。……追うか
「待ってくれ〜」
それから何故か駅裏へ向かおうとする静流さんを捕らえ、ホテル前に引っ張って連行する。あらぬ誤解をされそうなシチュエーションだ
「はい、着いたよ」
「き、今日は数々のご親切、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
顔を赤くさせ、ペコペコと頭を下げる静流さん。思わず頭を撫でたくなってしまうぜ
「明日俺、迎えに行こうか?」
また迷ったら大変だし
「その事なのですが……明日、私は佐藤さんに会わず、このまま京都へ帰りたいと思います」
「そうなの?」
「はい」
「そっか」
何か用事でも出来たのかな?
「……約束を違える事は厚顔無恥、決して許されぬ所業。私は如何なる処遇でも甘んじて受け入れる覚悟です」
キッと覚悟を決めた強い目で、静流さんは俺を見る
「いやいや、そんな覚悟しなくて良いって。秋姉や先輩には俺から伝えておく」
「え!? そ、そんなあっさりですか?」
「へ?」
なんでびっくりしてるんだ?
「もっとその……叩くとか、む、胸を触らせろとか……」
「言わないって!」
どんなキャラだと思われてるんだ俺は!?
「ですが……」
「事情があるんだろ? なら仕方ないって」
約束なんか破る為にあるっての……言いすぎ?
「…………。優しいのですね、本当に」
心持ち苛立った口調で静流さんは言い、ホテルの入口へと向かう。そして振り返り
「私はインターハイで佐藤さんを倒し、優勝します。さようなら」
と、他人行儀に言った
「…………またね」
ホテルへ入る静流さんを見送って、俺もまた家に向かって歩き出す
また会おう静流さん、今度はインターハイと言う大舞台で……。いや、俺が戦う訳じゃないんだけどさ
「き、恭介さ〜ん!」
「え?」
ハードボイルドをキメていると、ホテルから慌てた様子で静流さんが飛び出して来た
「ど、どうした?」
「私の兄様になって下さい!」
「…………え?」
「お願いします!」
「…………」
きっと彼女は疲れているのだろう。此処はオカンの様な温かい眼差しで見守っとくか
「うんうん、よしよし」
「な、なんでしょう?」
「良いんやで、兄貴と呼んでも良いんやで」
俺の胸でお泣き
「あ、ありがとうございます! 未成年は保護者の方の同意が無いと泊められないらしいのです。嘘を付くのは心苦しいのですが、流石に野宿するのは……」
「あ、そういう事ね」
とは言っても俺だって未成年なんだが……。駄目だったら母ちゃんに頼むか
「じゃ、行こう」
「はい。……お手数お掛けします」
恥ずかしそうな静流さんを促し、俺達はホテルへ向かったって、本当に誤解されそうなシチュエーションだな