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燕の訪問 8

おもいで 5



気になる人が居る。うん凄く気になる


夜眠って、朝起きても気になるあの人。毎日毎日彼の事ばかりを考え、部活も授業も全然身に入らない。だから――



学校が終わり、西の空は茜色に染まる。町は徐々に色を落とす夕方5時過ぎ


夕食前の2時間を使ったコンビニのバイト。検品してレジを打って補充して。いつもと同じ作業をしていると、いつもと同じ様にやって来る制服を着た彼。私と同い年ぐらいのお客さん


気になる。彼の事が


その身体、その瞳……


もうこの想いを我慢出来ない、止まらない。だから私は今日、勇気を出して彼に声を掛けるのだ


「あの……」


「はい?」


声を掛けられた彼は、不思議そうに私を見る。この瞳、やっぱり……


「死んでます?」


「生きてるけど!?」


「ただいま」


先輩を送った後、寄り道をせずに真っ直ぐ家へ戻ったが、着いた頃には八時半を過ぎていた


手洗いうがいを済ませて自分の部屋へ戻ると、部屋には誰も居なく、コップ等も片付けられている


「ふー」


ベッドに腰掛け、ほっと一息。本やゲームは散らかったままだが、秋姉や燕は綺麗好きの掃除好きだがら、さぞ片付けたくてウズウズしていた事だろう


「…………」


飯の前に軽く片すか


そう決め、空腹と戦いながら目立つ所を掃除。本とゲームを片付けてコロコロするだけで、あら素敵。たった5分で、ちょい綺麗な部屋の完成だ


「よし!」


飯だ、飯だ〜


飢えたテンションで廊下を歩き、リビングのドアを開ける。リビング奥のテーブルでは、静流さんが秋姉達と向かい合って座っていた


「…………」


「…………」


無言で向かい合う秋姉達の隣で、燕はむむむと困り顔。なんとも近寄り難い雰囲気となっている


「むむむ……む。帰ったのかね恭介」


ドアの前で佇む俺を、燕めっちゃ晴れやかな笑顔で迎えた。よほど心細かったらしい


「ああ、ただいま燕」


「う……、んっ。お、おかえりなさい、恭介」


小さな声でそう言い、急にモジモジし始めた燕。相変わらず不思議な反応をする奴だな


「恭介さん? お疲れ様です、恭介さん」


「……おかえりなさい」


「ただいま。三人とも夕飯は食べた?」


「は、はい。先程、恭介さんのお母様におにぎりを。美酒佳肴、ご馳走になりました」


「鮭、いくら、タラコ。単純なおにぎりなのに、どうすればあんなに美味しく作れるのだろうか。やはりおばさまは凄い」


二人とも幸せそうだ。流石、母ちゃんってか


「そっか。じゃ、俺も何か食べるかな」


リビングに母ちゃんは居ないし、たまには自分で作ろう。そう思ってキッチンへ行く前に


「ん……用意してくる」


秋姉が立ち上がった!


「い、良いよ。秋姉は疲れてるでしょ? 此処は万年無駄に元気な俺に」


「……温めるだけだから」


任せてと、秋姉は言う。なら俺は黙って受け入れるだけさ……


「よ、宜しくお願いします」


「……うん」


秋姉は頷き、キッチンへと向かう。代わり俺が静流さんの隣に座って、トークを展開


「燕は家に帰るの10時頃で良いんだよな」


「う、うむ。迷惑を掛けてしまって、すまない」


「迷惑じゃないっての。静流さんはホテル?」


「はい、そのつもりでいます。駅前に宿泊所はありますでしょうか?」


「う〜ん。ビジネスホテルがあったけど……」


なにげに結構高いんだよな


「今日、うちに泊まってけば?」


部屋も空いてるし構わないだろう


「き、恭介!? き、君は何を言っっ! ごほ、ごほ!!」


「落ち着け、落ち着け。で、どう? 静流さん」


燕のコップに麦茶を注ぎながら、尋ねる


「……ありがとうございます恭介さん。ですが既に一食の恩があります。これ以上の事をして頂く訳にはいきません」


静流さんはハッキリと断り、心使いをありがとうと頭を下げた


「わかった。じゃ、後でホテルの前まで送らせてもらうよ」


「え!? で、ですが」


「ホテルの場所、分からないだろ? 大した事じゃないんだから気にしないでくれ」


また道に迷われても困るしな


「恭介さん……。感謝します」


「あいよ」


燕の方は姉ちゃんに任せよう


「……むぅ」


「ん?」


ジト目の燕。拗ねてる?


「どうし」


「……お待たせ」


たんだと声を掛けようとしたタイミングで、秋姉が戻って来た


秋姉はオボンに乗った皿や、お椀をテーブルに置いていく。みそ汁に玉子焼き、おにぎり三個と言ったメニューだ


「ありがとう」


「……うん」


安全な匂いがする。これは母ちゃんの手作りだな


失礼ながらも安心して、おにぎりにかぶりつく。

具であるタラコがタップリと詰まっていて、冷えた米と磯の香りが香ばしい海苔と良くあっている


「うん、うまい」


熱いみそ汁で口や胃を温めて、おにぎりをもう一口。次に玉子焼きを――


「くっ!?」


箸で掴んだ瞬間、体に電流が走った。続いて額からは脂汗が絶え間無く流れる


「…………」


俺の向かいに座り、控えめながら何かを期待する目で俺を見つめる秋姉。やはりこれは……


「お、俺、玉子焼き超好きなんだよねー。やっほぃ!!」


痛いテンションの勢いで玉子焼きを頬張る。その瞬間、体は崩壊を始め……ない


「あ、あれ?」


舌は痺れるし、何故かミドリ亀の味もするが、死に至る程ではない


「あ、秋姉は……」


確実に成長している!


「うまい、最高にうまいよ秋姉!!」


俺は頬をつたう涙を隠さず、一心不乱に頬張った


「……ん」


秋姉が照れ臭さそうにはにかむ。ああ、俺の胸が幸せの緑色に染まるぜ


「…………六桜さん」


「は、はい!?」


俺の野生味溢れる食事風景を唖然と見ていた静流さんは、秋姉に声を掛けられて腰を浮かせた


「明日……、お昼にサンドウィッチを用意しても良い?」


「ぶふっ!?」


「きゃ!? き、恭介さん?」


思わず吹き出した大量の米が秋姉に命中! お、俺はなんと言う事を!!


「……大丈夫?」


秋姉は慌てず騒がず、俺にハンカチを授けて下さった。まっこと、やむごとなしお方だ


「ご、ごめん秋姉」


「……平気」


米まみれになりながら微笑む秋姉。稲穂神の降臨で、今年の豊作は確定した


「こちらの片付けは私がしておくから、秋は顔を洗って来たらどうかね」


「うん……ありがとう、燕。洗ってくるね」


その後二人はテキパキと行動をし、俺が散らかした所だけでなく、食器やテーブル、床等もあっという間に掃除していった


「さ、流石、綺麗好きコンビ」


ボケッとしている間に、家がピカピカになっていく


「あ、あの……わ、私も手伝います」


「い、いや、此処は二人を見守ろう。て、時間は大丈夫?」


遅くなり過ぎると、泊まれなくなってしまうかも知れない


「あ、もう9時……。すみません、そろそろおいとまします」


「分かった。秋姉、燕。静流さんを駅まで送ってくるよ」


ガンガン働く二人に声を掛けると、二人は手を止めて別れの挨拶をする。最後に秋姉がサンドウィッチと呟いたが、それは後で何とか阻止しよう


「よし、行こうか」


「はい。燕さん、そして佐藤……さん。失礼します」


「さようなら」


「……明日は宜しくお願いします」


「…………はい」


複雑そうな顔で頷き、静流さんは振り返る。その目はやはり、険しいものだった


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