燕の訪問 7
「それじゃ、先輩を駅前まで送って来るよ」
八時を少し過ぎた頃、真田先輩は帰宅する事となった。始めは秋姉が送ると言っていたが、秋姉とて女性。此処は俺が行く方が自然だろ、てな感じで俺が送る事となった
「……ありがとう。気をつけて」
「あいよ!」
まぁ、別に暗い道とかも無いんだけどね
玄関で靴を履き、外へ出る。空に浮かぶ星は少なく、何だか寂しげだ
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ。ありがとうね、恭介君」
「いえ、一応男ですし」
戦闘力は秋姉の三分の一ぐらいだが
「頼りにしてる」
「はい」
頼りにされながら駅前を目指し並んで歩く。先輩は歩く速度が早いので、俺も軽く急ぎ足になった
「いよいよ夏休みね。何か予定はある?」
「少しバイトします。後は家族旅行かな」
「燕ちゃんとデートの予定は?」
「いや無いですって」
「残念。燕ちゃんと恭介君、お似合いなのに」
「そうですね」
変わり者な燕には俺が一番合うような気がする。いや、結局はフラれたんだけどさ
「ところで先輩」
「なに?」
「随分、練習試合をしたがってましたけど、何か理由でも?」
先程、練習試合をしようと言った先輩に対して、秋姉や静流さんは戸惑っていた。だが、先輩は強引に話を進め、明日やる事が決まった
「うん、勿論あるわ。そうね……六桜さんは紛れも無く十年に一度の天才よ。でも秋は天才では無い」
「……ええ」
何度も言うが秋姉は努力の人だ。今のスタイルを完成させる為に、毎日何千、何万と素振りをしている
「才能は勿論はある。運動神経も並じゃない。でもね、天才と呼ばれるには何かが足りないの。そう、何かが……」
先輩は軽く身震いする。まるで何かを恐れているかの様だ
「……先輩?」
「だけど……、努力で天才を破る話は幾らでもあるの。だからその為に、秋は一度、本当の天才を知る必要があるわ」
「天才を知る?」
「ええ。六桜 静流。そして、それ以上の天才」
先輩は唾を飲み込み、その名を呟いた
「昨年のインターハイ覇者、麻代 真葉に勝つ為には、ね」
「ましろ まよう?」
変わった名前だな
「通称、まよまよ。剣道界のマヨラーと呼ばれているわ」
「……冗談ですよね?」
「冗談みたいな強さよ。昨年は秋と対戦しなかっったけれど、後日試合を見た秋に感想を求めたらこう言ったわ」
先輩は言葉を句切り、
「こほん。ん……まじやべー」
超似てない秋姉の真似をした
「って、秋姉がマジヤベーとかって言ったんですか?」
かれこれ16年間一緒に暮らしているが、聞いた事がない
「ふっふ。私が教え込んだのよ」
「あ! もしかして最近秋姉が、時たま『ん……なうい』って言ってるのは先輩が!?」
「え? し、知らないわよ。だいたい、なういって何? 果物?」
「え? ナウなヤングにバカウケな流行語の一つですよ?」
「え?」
「あ、あれ? 言いません?」
「言わない」
「…………」
それから駅前まで微妙な沈黙が続いた
「つ、着きましたね」
「え、ええ……。えっとさっきの続きだけど、六桜さんと練習試合をする事は、秋や私達にとって凄くプラスになる。インターハイでいきなり六桜さん達と戦うよりは勝率も上げられるだろうし」
「なるほど」
しかし随分、静流さんを警戒しているが……
「先輩の目から見て、秋姉が静流さんに勝つ事は難しいんですか?」
「秋が万全の状態なら、多分六桜さんより秋の方が強いわ。ただあくまでも万全な状態で」
「なるほど……麻代さん相手では?」
「……分からない。彼女の試合を何度か見た事があるけれど、底が全く見えないのよ」
「そんなに……」
「どちらにしろ、秋が二人に勝つ為の最低条件は万全である事。その為にも明日の練習試合は必須よ」
そう言い、先輩は携帯で時間を見る
「そろそろ帰るわね」
「はい。それでは気をつけて」
「ありがとう。明日、またね」
軽く手を振り駅へと入って行く先輩。それを見送って俺も家へと帰宅だ