一年前の夏
バレンタイン用に書いたのですが、一日遅れました。てか決算期で、もう忙しくて忙しくて! 今月の更新はこれが最後かも……
おもいで 3
「佐藤君! いや、むしろ恭介君!!」
「なんで言い直した?」
「今、時間ある!?」
「あるよ」
「えっと。そ、その」
「ん? なんだ?」
「好きです!」
「へ~。…………な、なんと! マジか!?」
ついに来たのか、俺の時代!!
「秋様が!」
「バカヤロー!!」
俺は走った。ひたすら走った。空が青いから、太陽が憎いから。そう、悲しみを越えて。この涙が枯れるまで
うだる暑さの八月。外は雲一つ無い快晴で、太陽が凶暴に輝いている昼過ぎ。やっていたゲームを一時中断させ、俺は麦茶でも取りに行こうかと自分の部屋を出た
廊下は静かで、時折鳴く蝉の声以外は何も聞こえない。みんな出掛けてるのかな?
少しの寂しさを感じながらリビングへ続くドアを開けて入る。リビングは秋口かと思わせるほど涼しく、快適だった
「あ、姉ちゃん。居たんだ」
姉ちゃんはソファーでねっころがりながら、かき氷を食べている
「こんな暑い日に出掛けないわよ」
「そうだね」
俺と姉ちゃんはインドア派。夏休みは、ほぼ家に居る
「アンタも食べる? 冷蔵庫に入ってるわよ」
お、今日は優しいな
「じゃあ貰うよ」
「ついでにコーヒー入れて来なさい」
「……あいよ」
それが目的か
言われた通り、コーヒーを入れにキッチンへ行く俺。なんて素敵な弟なのだろう
自分を慰めつつ、完成したコーヒーは香り高いキリマンジャロ
「お待たせ」
「ご苦労」
姉ちゃんは起き上がり、コーヒーを一口
「ふ〜。涼しい部屋で、かき氷を食べながら熱いコーヒーを飲む。これが日本の夏よね」
「違うと思うけど……」
まぁ良いや。それよりかき氷を食おう
「あら、アンタも練乳? やっぱり練乳よね〜」
「うん。確かに」
たまに気が合うから侮れない
「しかし毎日暇ねぇ」
「彼氏と、どっか行ってくれば?」
ゴロゴロ家で寝ているよりは健康的だろう
「彼氏? ああ、あれの事ね。あれとなら先週、別れたわよ」
「え? そうなの?」
「ええ」
姉ちゃんはどうでも良さそうに答え、かき氷をシャリシャリ食べる
「……三ヶ月?」
「さあ。付き合い始めたの五月だっけ?」
「俺に聞かれても……」
俺が知ってるだけで七人目。長く続かないのは、やはり姉の人格によるものだろうか
「あ〜、氷が頭に響く〜」
とんとんっと頭を叩き、コーヒーをずずず。ハハのんきだねってか
そうやって姉ちゃんを何となく見ていると、チャイムの音がリビングに響いた。客かな
「見てくるよ」
「ついでにコンビニで饅頭買って来て」
どこがついでだ
「お駄賃あげる」
「行って来ま〜す」
色男、金と女に弱いけり
ピンポーン
「はいはい、今出ますよ」
廊下はムワッとした暑さで、息苦しい。俺は早足で歩み、急いで玄関へ行く
「はい、お待たせしました」
ドアを開けると、見慣れない兄ちゃんが不安そうな顔で立っていた。背は高く、スマートだ
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
「夏紀……さんはいるかな?」
「ええと……名前お聞きしても?」
「前沢です」
「分かりました。少し待ってて下さい」
ドアを閉め、これまた急いでリビングへ
「姉ちゃん、お客さんだよ」
やっぱり中は涼しいな。外になんか出たくなくなるぜ
「客? この暑いのに客ねぇ……。居ないって言っときなさい」
「なんか深刻そうだったけど」
「なおさら居ないって言いなさい」
「前沢って人だって。男ね」
「前沢? 前沢……。ううん、どっかで聞いた事がある様な……ああ、孝弘君か」
「孝弘君?」
「今年の始めに別れた男よ。今更なんの用かしらね」
よっこらしょっと起き上がり、姉ちゃんは動き出す。ザ・大魔神って感じ
「溶けるの勿体ないからアタシのかき氷食べといて。……つまらない用だったら潰す」
「えっ!?」
物騒な事を言い、リビングを出て行く姉。それを見送り俺は不安になる
「……血だ」
姉ちゃんのリラックスタイムを邪魔したのだ。こいつはもう血の雨が降らなければ、収まりがつかないだろう
心配だし後を追おうと、かき氷を一気食い
「うぐっ!? ぐ、ぐおお〜! 頭がぁあ!!」
コーヒー、コーヒー!
「あちぃい〜! 舌が、舌が焼けるぅうう!!」
もがき苦しみながら這うようにリビングを出る。傷付きながらも姉の元へと向かう弟……もはや感動以外の言葉は無い
しかし、玄関前ではもっとドラマチックな事が起きていた
「俺ともう一度、やり直してほしい」
うわ、生告白だ! ヤバイ、ヤバイよ〜。こんな真剣な告白に姉ちゃんはどう答える気なのか……
「え? 嫌よ。めんどくさい」
酷っ!?
「夏紀……」
「まさかそれだけ?」
「あ、ああ」
「……ま、良いわ。とにかく、やり直す気は無いから。諦めて他の子を好きになりなさい」
「他の女じゃ、駄目なんだよ……。どうしても夏紀の事が忘れられないんだ」
「昔の女なんか覚えているだけ損よ。さようなら孝弘君」
「…………分かった」
前沢さんは肩を落とし、背を向けて帰ってゆく。恋とは哀しく、切ないものですね
「……孝弘君!!」
な、なんと姉ちゃんが呼び止めた! まさかのどんでん返しか!?
「な、夏紀!」
喜びの顔で振り返った前沢さんに対し、姉ちゃんは一言
「饅頭買ってきて」
そして恋は粉々に砕け散った。
「ほら饅頭。アンタも食べなさい」
「あ、ありがとう……。さっきの人の事、あれで良かったの?」
「うん? 良いのよ、あれで。饅頭を買いに行ってる間、熱も冷めたでしょう。大体八ヶ月も期間を開けといて、今更告白されたって嬉しくも何とも無いわ。どうせ今の彼女と別れたとかそんな所よ」
「ふ〜ん……。じゃあ、もし別れて直ぐに告白して来たらやり直してた?」
「やり直すぐらいなら最初から別れないわよ。それにしても……。はぁ、そろそろ男も飽きて来たわね」
「……なんかとんでもなく悪女っぽい台詞だね」
「ん? ふふん。そうよアタシは悪女。このアタシに生涯仕える事が出来る男は、アンタぐらいなものよ。光栄に思いなさい」
「……思えるかよ」
「なんか言った?」
「う、嬉しいなって」
「ふん、本当シスコンな弟を持つと苦労するわ。ほら、姉ちゃんの足でも揉みなさい。歩いて疲れたわ」
「それはもう老化現象じゃ……」
「なんか言った?」
「も、揉ませていただきます夏紀様……」