燕の訪問 3
「……ただいま」
「む? お邪魔します」
低いテンションで家に帰った俺を、燕は不思議そうな顔で見た。そう俺はびびっているのだ、あの暗黒姫を……
その時、ガチャリと音をたててリビングのドアが開いた! イチゴだ、イチゴを奉納だ!!
「あら〜」
土下座でイチゴを差し出そうとした俺の前に、呑気な声が掛かる。……なんだ母ちゃんかよ
「いらっしゃ〜い、燕ちゃん」
「はい。お邪魔しています、おばさま。ひっく」
「あら〜。しゃっくりかしら〜?」
「は、はい。先程からひっく。止まらなくて」
「それは可哀相ね〜」
母ちゃんはあらあら言いながら俺達に近寄り、何故か燕の胸の下、鳩尾に手の平を軽く当てた
「おばさま?」
「母ちゃん?」
母ちゃんは左足を一歩前に出し、手を当てたまま腰だけを回転させ……
「ふん!」
「うぐっ!?」
一気に押し放つ!
「な、何やってんのさ母ちゃん! 燕が面白い顔で、うずくまっちゃったじゃないか!!」
少し笑ってしまった事は秘密にしよう
「止まったかしら〜」
「な、なにが?」
まさか心臓……
「大丈夫か燕!」
慌てて肩を支えると、燕はゆっくり起き上がり、
「う、うん、大丈夫。びっくりしただけ……あ、あれ? 胃痛が消えた」
「……その歳で胃痛持ちかよ」
苦労してるんだな
「丹田を刺激して経脈の流れを正常にしたわ〜」
「相変わらず色んな技持ってるね」
16年一緒に居るが、未だに母が何者なのか分からない
「あ、ありがとうございます、おばさま」
「どういたしまして〜。それじゃごゆっくり〜」
「あ、母ちゃん。これ雪葉にあげて」
リビングに戻ろうとした母ちゃんを呼び止め、イチゴが入った袋を渡す
「また雪葉を怒らせたのね〜。分かったわ〜」
後は任せなさいと、袋を受け取った母ちゃんは去って行く。なんて頼もしい……
「……じゃ、俺の部屋に行くか」
「う、うむ」
なんでか縮こまってる燕を、俺の部屋にエスコート。ゲーム機や本が床に散らばってるが、まぁ座るのには困らないだろう
「後で片付けるから、とりあえず座ってくれ」
滅多に使わない座布団を
渡すと燕は床に敷き、その上にちょこんと座る
「ジーパンに正座って疲れないか?」
「一番慣れた姿勢だから疲れはしないよ」
「そうか。……なんか飲む?」
「いや、大丈夫」
「そうか」
「うむ……」
こいつもテンションが低いな
「……もしかして遠藤の事を気にしてるか?」
燕の向かいに座り、思い付きで聞いてみる
「む」
ビンゴか
「悪かったな。普段は、あんな風に絡む奴じゃないんだけど」
「……嫌われる原因は私にある。先程彼が言っていた、討論会での事だ」
「何があったんだ?」
「うむ。それは三高の生徒会が揃うせっかくの機会だったのだが、その日は皆はあまり語る事をせず、結果まともに議論を交えたのは私と遠藤君だけだった。彼はとても理知的で、だがウェットな部分も合わせ持つ、何とも面白い議論を展開してくれた。しかし彼には悪癖もある。自分の言葉こそが正しいと思い込み、言葉に酔う傾向があるのだ」
「ふ〜ん」
とりあえず頷いておこう
「自信があるのは結構だが、言葉は実態の無い飾りだ。トップに立つ者はそれに酔っていけない。私は彼の論理の穴をつき熱を醒まさそうとした。しかしそれは余計な事であり、失敗だった。結果彼は激昂してしまい、場は荒れてしまったのだ」
「へ〜」
「議論は熱くなった時点で、ほぼ負けが決まってしまう。相手の意見を聞き分析する思考や発想力を鈍らせ、周囲の信頼までも落としてしまうからだ。この時も彼の発言力は著しく弱くなり、その隙に私は場を落ち着かせる為、彼の議論を打ち切った。他の者は私の味方をし、彼は言語を封じられる形になのだが……」
そこで燕は言葉を切り、
「彼からしてみれば私が原因で皆から意見を無視されたのだ、嫌われて当然だろう」
と、自嘲げに言った
「う〜ん。良く分からなかったが、仕方ないんじゃないか? あっちを立てればこちらは立たずって言うし、全部が全部円満にって訳にはいかないだろ?」
「それはそうだが……」
「口ではああだが、遠藤も燕を嫌ってはいないと思うぞ。むしろライバル認定したんじゃない? 成績とか気にしてたし」
つか、どうやって燕の成績を調べたんだ、あいつ
「ま、とにかく元気出せよ。ほれ柿の種」
ベッド下の秘蔵品です
「……ありがとう。そうだな、弱気は私に似合わない」
「そうか?」
「む。君が言ったんじゃないか、元気だせと」
「まぁ、そうなんだけどさ。俺は燕のヘタレな部分も良く知ってるから、弱気バージョンも嫌いじゃないぜ」
強い奴は夏紀姉ちゃんだけで十分だ
「……む〜」
燕は口を尖らし、ぺしぺしと俺の肩を叩く。なんだかリストラされてる気分
「ま、まぁ柿の種食って落ち着こうぜ」
柿の種の袋を開けて、一つまみ
「ほら、あ〜ん」
なんてな
「な!? ……あ、あ」
あ?
「…………」
何故か燕は顔を赤くさせて、遠慮がちな上目遣いで俺を見つめた
「……燕?」
その時!
「兄貴〜」
「うわ!?」
「ひっ!?」
大きな音を立ててドアが開いた。ドア先には春菜の姿
「客だぞ、兄貴」
「だからノックしろって言ってるだろ!」
「わりぃ、わりぃ。お、菊水さんじゃん。久しぶり」
「え、ええ。お久しぶりです春菜さん」
「うん。じゃ、兄貴。玄関の客よろしくな」
「分かったよ。ありがとな……柿の種食う?」
「食う!」
ベッド下の秘蔵をもう一袋出し、春菜に渡す
「お〜兄貴の秘蔵品じゃん! サンキュー」
春菜は直ぐに袋を開け、ポリポリ食いながら引っ込んで行った
「ちょっと玄関行ってくるよ」
「うむ。……ひっく」
「…………」
またか