六の来訪 2
サラサラサラリ、サラサラリっと
「はい、地図」
コンビニで買ったシャーペンとメモ帳を使って書いた簡易的な地図を女の子に渡す。女の子はジっと地図を見た後
「感謝します」
と、慇懃に頭を下げた
「どういたしまして。じゃ気をつけて」
「はい。失礼します」
そして女の子は颯爽と歩き出す。逆方向に
「って、違う、違う! そっちじゃなくて、こっち」
「え? そ、そうでした?」
「ああ。ほら、先ずはあのコンビニ横の信号を目指して歩く」
「…………なるほど」
「この地図を見ながらその通りに行けば、必ず学校に着くから。分からなくなったら地図見せて誰かに聞きな」
「はい。これからは深謀遠慮、地図を見ながら落ち着いて行動します。ありがとうございました」
「ああ。15分ぐらいで着くから」
「はい。それでは」
最後にもう一度頭を下げて、女の子は教えた道を歩いて行った
「……さて」
本屋に入ろう
それから1時間ぐらいマンガを読んで、100円の文庫本を購入。今日はもう帰って、これで時間を潰すか
「そこなお兄さん」
本屋を出て10分後。家の近くの通りで、三度目の声を掛けられた。俺は半分呆れながら振り向く
「道をお尋ねしたいのですが……え?」
地図を片手に寄ってきた女の子は、俺の顔を見て目を丸くした
「学校、分からなかったか?」
「貴方は……やはり」
「だからストーカーじゃないって。睨むな、睨むな」
「ですがこう何度も偶然が続くものでしょうか」
「二度ある事はとかって言うだろ?」
と、言うより状況的には俺の方こそストーカーされてるっぽい
「……分かりました。疑ってしまい申し訳ございませんでした」
納得したのか女の子は、素直に謝ってくれた
「いいよ。……もし良かったら学校まで案内しようか? 母校だし」
年下の子に素直に謝られてしまうと、つい世話を焼きたくなってしまう。この性分は雪葉のせいだな
「え? で、ですがそこまで甘える訳には……」
「俺も学校に用があるから、ついでだよ」
久しぶりに秋姉の部活でも見学してみよう
「恐悦至極! 感謝します!」
「き、きょうえつ?」
難しい言葉を使う子だな
「……じゃ、行こうか。20分ぐらいだから」
「はい!」
元気良く頷いてもらった所で、俺達は学校目指して歩き出す
「でもこの時期に来るなんて珍しいね」
普通、学校見学は夏休みとか秋口に行いそうなものだが
「はい。一日千秋の想いに耐えられず、少し無理してしまいました」
「ふ〜ん」
よっぽど気に入ったのかな、うちの学校
「ま、悪くない選択だと思うよ」
一応、進学校だしな
「はい。……申し遅れましたが、私の名前は静流と申します。お見知りおき下さいませ」
「静流ちゃんね、宜しくな。俺は佐藤――」
「佐藤……。その名は最近、嫌いになりました。改名出来ませんか?」
「あいよって、出来る訳けないだろ!?」
「では下の名前をお聞かせ願います」
有無を言わせない強い口調だ。佐藤に怨みでもあるのだろうか……
「き、恭介……です」
敬語なのはビビったからじゃない。礼儀を尽くしているのさ!
「恭介さん。良いお名前ですね」
「そ、そう?」
「はい。これからは恭介さんとお呼びしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ああ、良いよ」
「はい。では、そのように」
ちょっと変わってるかと思ったが、こうして普通に笑うとこ見ると可愛くて良い子だな。見学に来るからには中三だと思うが、少し間違えれば小学生でも通じるかも知れん
「なにか?」
「あ、いや。と、この道を曲がって坂を下りれば後は真っすぐだ。意外と近かったろ?」
「……東京の道は四通八達していて嫌いです。嫌いになりました。大嫌いです」
どんだけ嫌いなんだ?
「随分迷ったみたいだし疲れたべさ。着いたらジュース奢るよ」
80円だしな
「…………」
「……な、なに?」
静流ちゃんは俺を見上げ、マジマジと見つめている
「存外優しいですね、恭介さんは。私が好きですか?」
「え!? い、いや、特には」
「では何故そんなに親切なのです?」
「何故って言われても……」
小学生の妹を思い出すから、と言ったら怒るだろうか
「困ってそうだから、ほっとけなかった。これじゃ駄目か?」
「……明々白々な方ですね。東京と佐藤は嫌いですが、恭介さんに会えた事は幸運でした。感謝します」
「あ、ああ……どういたしまして」
こうやって話している内に、学校前のトンネルを抜けて、
「ほら、あれが学校だ」
「…………」
「っ!? ……ん?」
一瞬、何故か背筋が急に寒くなった。だが、振り向いても足を止めて学校を見ている静流ちゃん以外、誰も居ないし何も無い
「……どうかした?」
「いいえ、なにも」
首を軽く振り、そっと微笑む静流ちゃんには、幼い容姿に似合わない酷く大人びた雰囲気があった
「静流……ちゃん?」
「さぁ、行きましょう恭介さん。静流はもう我慢出来そうにありません」
「そ、そう……」
ションベンか?
「…………なんだか恭介さんから凄く失礼な視線を感じます」
「……ごめん」
勘、良いな!