第138話:浅の取材
「秋姉が帰国子女!?」
水曜日の学校。学食で一人寂しく昼飯を食っていると、衝撃的な会話が俺の耳に入った
あの美しさと知性は、本当にこの狭い日本だけで培われたものなのだろうかと常々疑ってはいたが……やはり!
「…………ずっと日本」
「うわ!? あ、秋姉?」
いつ食堂に来たのか、秋姉は自分のトレイをテーブルに置き、妄想中の俺の横へと座った
「秋姉も今日、食堂なんだ?」
「……うん」
母ちゃんか自分で作った弁当を持ってきてない時は、パンやおにぎりを買って食べる事が多いらしいので、食堂に来るのは実に珍しい
「母ちゃん、今日は珍しく寝坊したね。テレビを見てたんだっけ?」
なんでも昨日の夜、時代劇の12時間ぶっ放し再放送を朝の4時まで見ていたとかなんとか
「…………録画してもらった」
そう言って秋姉は、ほんのりと微笑む
「そっか」
俺も今度、見させてもらおう
「ところでそれって」
「ん……納豆ご飯」
ビューティフルでワンダフルな箸捌きで納豆を掻き混ぜる秋姉。目の錯覚か、糸が虹色に輝いて見えるぜ
「…………食べる?」
横目で見ていたから俺が欲しがってると思ったのだろう、俺に納豆を差し出した
「ご、ごめん、ちょっと気になっちゃって。納豆は要らないよ」
それに納豆が無くなったら、秋姉のおかずが味付け海苔と、みそ汁だけになってしまう
「ん……」
秋姉は頷き、さらさらと米に納豆をかける。たかが納豆なのに普段の三百倍は美味しそうだ
「……いただきます」
背筋を伸ばし、静かに納豆ご飯を食べる秋姉。秋姉は昔から何を食べていても音をたてる事がない
のだが、どうやって食べているのだろうか?
それにひきかえ俺は、伸びた月見そばをズルズルズルズル
「…………美味しそうに食べるね」
秋姉はクスっと笑い、
「……私も挑戦」
良しっと頷いて茶碗を口元へ近付けた
「あ、秋姉は普通に食べてても美味しそうに見えるよ?」
て言うか、納豆ご飯をズルズル食べる秋姉が想像出来ない
「……難しいね」
結果、やはり音をたてられ無かった。ホッとしたような、残念なような
「秋、見〜っけ。一緒にご飯食べよ」
秋姉の友達なのか、真ん中で分けた髪を左右で縛った先輩が秋姉の向かいに座った
「ん? あ、あれ? もしかして一緒に食べてるの? 邪魔したかな」
俺と秋姉を見て、困惑的に言う先輩A(仮称)はトレイを持って移動しようとする
「弟の佐藤 恭介です、はじめまして先輩。邪魔なんて事は全然無いですよ。良かったら一緒に食事をしませんか?」
「ありがとう弟君。いやぁ、秋が男とご飯食べてるからビックリしちゃった」
先輩は椅子に座り直し、俺と秋姉を見比べる。これは試されてるな!
「先輩は秋姉のご学友ですか?」
背筋を伸ばし、ハキハキと尋ねる。好青年をアピール!
「ご、ご学友? うん、そう、同じクラス。秋から少し聞いていたけど、恭介君は話し以上にしっかりしてそうだね」
「ん……自慢」
自慢……やったぜ!
「仲良くて羨ましいわ。さぁて、食べるか〜」
大盛りのカツ丼を先輩Aは、うまそうに食い始めた。俺もカツ丼にすれば良かったかも
「……じー」
「ん?」
「は!? ササササ。あう!」
ふと視線を感じ、左斜め方向にある二つ並びの自動販売機を見ると、その陰に素早く隠れた一年が居た。ただ、隠れた拍子に何処かをぶつけたらしく、ゴンっと大きな音が食堂内に響く
「…………」
そのままずっと見ていると、一年はひょっこり顔を出す
「み、見付かっちゃいました? こうなったら突撃取材を!」
あんパンとイチゴ・オレを持って突撃してくる一年。あの左右に揺れるおさげは、最近俺の周辺に良く現れる浅川と言う子だ
「インタビューお願いします!」
「拒否で」
「そ、そんなぁ。ちょっとだけ!」
「うむ〜」
仕方ない、少し後輩に付き合ってやるか
「……これはこれは浅川君。またお会いしましたね」
「は、はい……キング・ブラザー」
「ほう、私の正体を知っているのか。なるほど君は私の組織を潰そうとしているらしい。しかし組織とは生き物だ、例え私を潰した所で頭が生え変わるだけ。悪い事は言わないこれ以上組織に関わるのは止したまえ」
なんて言ってみたり
「こ、これがキング・ブラザーの圧力……でも負けません!」
ノリが良い子だな
「そうか……なら追ってきたまえ。そして我が野望を止めてみよ!」
「はい!」
「だけどこっそりと」
「はい!!」
しかしキング・ブラザーって、うちの会だけの呼び名だったんだが……あんまり広がらないでほしいね
「ところで先輩。横に座っても良いですか? ご飯、まだ途中なんです」
「どうぞ」
「月見そばですか。おそば好きなんです?」
「安いからな。味もそれなりだし」
ビックリ価格の250円だ
「それじゃ一番好きな食べ物は?」
「手巻き寿司だな。自分で作ってる感と海苔の風味が良い」
「ふむふむ。メモメモメモりっと」
後輩はポケットからメモ帳を取り出し、メモをする
「俺の好みなんかメモっても……」
誕生日にくれるとか?
「どんな情報でも、少しづつ集めて最後には凄く大きな武器にする。これがジャーナリストなんですよ先輩」
「ふ〜ん。……はっ! ま、まさか最後には俺を追い詰めるほど鍛えられた剣に……」
「ふふふ。覚悟して下さいね、先輩!」
今日の食事料金
A>>>秋>俺>浅
「俺はこれ以上なにも話さんぞ〜。それじゃまたね秋姉、先輩」
「……ん」
「あ、ああ」
「ま、待って下さい、せんぱ〜い」
「…………秋の弟君っていつもあんな感じ?」
「……たまに。ハードボイルド」
「ハードボイルドねぇ。よく分からないけど、良い子ってのは分かるよ。今度またお昼一緒したいぐらいには」
「……うん。その時は、私がお弁当作る」
「え!? そ、それは……お、お願いします」
徒然