第132話:俺の事件
水着コンテストが無事に終わって、一時間後。夏紀姉ちゃんが運転するワゴン車で帰宅途中の俺達
綾さんや宗院さんも一緒に帰ろうと誘ったが、二人はまだ仕事があるらしく、海の家に残った
帰りは近道で行こう。姉ちゃんの提案に疲れていた俺達は頷き、ショートカット出来る山道へと入る車。しかし突然雲行きが悪くなり、強い雷雨が俺達を襲う
このまま運転するのは危ない、どこかで時間を潰そう。夏紀姉ちゃんの言葉に俺達は賛同し、休めそうな場所を探す
しかし此処は山道。店も無く、俺達は困り果てていた。その時、誰かがポツリと呟く。あっちに明かりが……と
桜庭山荘事件
File1
細い道を右に曲がり、緩やかな坂を降りた所に二階建ての建物があった。木材で出来たそれは、軽井沢等で良く目にする別荘の様に見える
「ちょっと雨宿りさせてもらいましょうか?」
「俺が聞いてみるよ」
止めた車から降りると、強い雨風が俺の身体を刺す。直ぐにドアを閉めようとした俺を秋姉は呼び止め、夏紀姉ちゃんが海で羽織っていたジャケットを手渡す
「……頭に被って」
「ありがとう!」
ドアを閉め、ジャケットを傘に建物の玄関前へと走る。地面は雨でぐしゃぐしゃになっており、一歩毎にズボンの裾が泥にまみれる
ピンポーン
木で出来たドアの横にあるインターフォンを押し数十秒待つと、ドア向こうに人の気配がし始めた
「…………どちらさまでしょう?」
若い女性の声だ。俺は怪しまれない様、極めて明るい声で応える
「突然押しかけてしまいすみません。実はこの雨で運転が出来なくなってしまったのですが、この辺に店が無くって……雨が少し収まるまで、俺を含めて五人。玄関先にでも置いて頂けませんでしょうか?」
「そうですか……少々お待ち下さい。ただ今旦那様にお聞きして来ます」
「ありがとうございます」
ドア向こうから気配が消え、俺は服の雨を払いながら暫く待つ。すると再び気配がし、ドアの鍵を外す音がした
「旦那様にお聞きしました所、構わないとの事でした。どうぞお入り下さい、お客様としてお迎え致します」
白メイド服に身を包んだ少女。セミロングの髪は青みがかっており、その瞳は漆黒の闇の様に深い
「あ、よ、宜しくお願いします。今、みんな呼んで来ます」
「お車を駐車場へご案内致します。この建物の裏なのですが、少々分かり難いので」
少女は感情を感じさせない声で言い、手に持っていたカッパを羽織り、数本の傘を脇に抱えた
「す、すみません。あの車です」
「お客様はお入りになってお待ち下さい。これ以上お客様を濡らせてしまったら、旦那様に叱られてしまいます」
一緒に車まで行こうとした俺を少女はやんわりと止め、頭を深く下げて車へと走って行く
「……入れって言われてもな」
流石にそこまでは図々しくなれない。俺はドアを閉め、軒下でみんなを待つ事にした
それから数分後、先程の少女と、彼女に続いて俺の家族達がやって来た。雨と風が強い為、傘を差していてもみんな濡れているが、最後尾の秋姉だけは濡れている様子が無い。流石だ
「は〜凄い雨だわ。ありがとうね、佐久さん」
「いいえ、夏紀様」
玄関前に付き、姉ちゃんは安堵の声を出す。そしてどうやら少女の名は佐久さんと言うらしい。佐久さんは待っていた俺に一礼し、ドアを開いた
「それでは皆様方、どうぞお入り下さい」
その声に俺達は急いで中へと入る。淡いオレンジ色の光に照らされた広い玄関は、高そうな絵や壷が置かれていた
「ただいまタオルをお持ちします」
「……色々とありがとうございます」
奥へ行く佐久さんへ秋姉が頭を下げる。すると佐久さんは振り返り、やはり感情を感じさせない声で言う
「桜庭山荘へようこそ。皆様方にとってこの不運な雨が、幸運に変わります様、精一杯ご奉仕させて頂きます」
紫色の稲光と共に、強い雷が落ちた。それはまるで、これから何か不幸が起きる事を示唆しているかのような不気味な雷だった