夏の海 13
戦場は海の家から約20メートル程の場所にあった
木材で作られた高さ2メートル、幅4メートル、長さ7メートル程度の立派なお立ち台。この舞台の上でオカマ野郎共の死闘が繰り広げられるらしい
「ほう、中々の強豪が揃っているようですよ」
舞台の裏。何も無い控え場で、七人の男だか女だか分からない変態達が、出番を今か今かと待ち侘びている
「佐藤君」
そんな中、場にそぐわない可憐な声で俺を呼ぶ声があった
「……綾さんか」
「これは……中々高度なツッコミが必要です。ごめんなさい、私にはその技術がありません」
綾さんは本当にすまなそうな顔をして、そんな事を言う
「……ドンマイ」
いや、むしろ俺がドンマイ
「はい、佐藤君には5番の札です。眼鏡は縁起の悪い4番をどうぞ」
「ありがとうございます」
「4番ですか……4番バッターと言う訳ですね」
「志村〜。だったりするかも知れませんね」
ニッコリ笑顔でそう言い放った綾さんに、宗院さんはそうですかと首を傾げた
「……ぷっ」
宗院さんにちょっと志〇けんの雰囲気があって、思わず吹き出してしまう
「それでは私は、表に回ってお客さんと一緒に応援させて頂きます。頑張って下さいね、佐藤君。もし優勝したらご褒美あげちゃいますから」
「ご褒美ですか?」
「はい。ご褒美は――」
綾さんは顔を赤らめ、俺の耳に唇を寄せて囁く
「綾の一番大切なもの……、です」
「遠慮しておきます」
なんか嫌な予感がするので
「ちなみに真心です」
「貴女は山口百恵かって止めて下さいよ、変なツッコミさせるの」
俺まで年齢を疑われてしまうじゃないか
「あはは。じゃあ、優勝しましたら何か奢らせて頂きますね」
「ええ。是非」
せっかくだし、ラーメンでも奢ってもらおう
《え〜皆さま、おまったせしました。これより、うみのねこ主催であります、水着コンテストを開始したいと思います》
綾さんが去って直ぐ、舞台の上に用意されたスピーカーから、店長の声が流れた。いよいよ始まるらしい
《あ〜色々挨拶考えてたんですけど……此処でまごまごしてても仕方ないですかね。皆が見たいのは俺じゃなく、美少女達だ〜!》
テンションを上げた店長の言葉に、そうだそうだと肯定の返事があり、わははと笑い声が沸く
《じゃあ登場してもらおうか! 1番の子、カモーン!!》
「お、俺か……」
1番の札を持ったオカマが、売られてゆく仔牛の様にトボトボと階段を上がってゆく
そして壇上に上がった瞬間、爆笑が起きた
なんだありゃ〜
オカマでももう少し女っぽいって
「酷いな……」
「…………見世物かよ、俺ら」
盛り上がる会場を舞台裏から見て、盛り下がる俺達
《それじゃ1番の子。このマイクを持ってパフォーマンス宜しく》
「パフォーマンス!?」
1番が困惑の悲鳴をあげたのと同様に、俺達にも動揺が広がる
「パフォーマンスって、んな事するのかよ!」
「お、俺、棄権する」
「俺も止める! やってられねぇよ!!」
オカマ達の半分が、止めだ止めだと引き上げるそぶりを見せた。残りの半分も、止めるかどうか迷っている風に見える
俺? 俺はもう、金に魂を売った男。人数が減るなら、それはそれで好都合さ
「待ちなさい!」
そんな姑息な事を考えていると、宗院さんが皆の前に出て一喝した
「一度自分の意思で戦場に立ったのなら、最後まで戦いなさい。嫌な事があったら直ぐ逃げる。それでは、大切なものは守れませんよ!」
ワンピース姿で、ビシっと決めた宗院さん。なんか格好良く見えてしまうのは、きっと気の迷いなのだろう
「…………そうだ。一度決めた事なんだ」
「やってやる……やってやるぜ!」
迷っているのは俺だけでは無いらしい。棄権しようとしていたオカマ達に気合いが入り、その目はギラギラと光っている
「そう。これこそが若さです……素晴らしい」
宗院さんは、皆を眩しそうに見て微笑む。ノリに着いていけない俺は、この光景をポカンと見ていた
《1番ありがと〜、次は2番カモーン》
「俺か! 行くぜ!」
2番は気合い入れて階段を上がって行き、また爆笑。しかし彼が戻って来た時は、やり遂げた男の顔をしていた
《2番さんサンキューでした。次3番さ〜ん、来ておくれ〜》
そして3番が行き、パフォーマンスが始まった
「……次は私の出番ですね」
「頑張って下さい、師匠!」
「綺麗です……綺麗ですよ師匠!」
「君達……私も可愛い弟子達を持てた。ありがとう、ありがとう」
舞台裏は益々混沌とし始めていた。もはや俺にはどうする事も出来ない。せめて離れて見守ろう
《ありがとう3番。それじゃ4番の子どうぞ〜》
「では行って来ます……佐藤君」
「は、はい!?」
他人の振りをしていたのに、いきなり声を掛けられてしまった
「貴方の美しさは本物です。本物に偽物は勝てないかも知れません。しかし、私には私の戦い方があります……。勝負ですよ佐藤君!」
宗院さんは勝手に俺をライバル認定し、颯爽と階段を上がって行った
《来た〜4番。こ、これは凄いな!》
うわ、きつ……
やべえ、吐きそう
引っ込め眼鏡〜
舞台の裏側、見上げても宗院さん達の後ろ姿しか見えない。しかしネガティブな歓声だけはハッキリと聞こえる(一部聞き覚えのある声)
しかし、宗院さんの背中は何も動じておらず、マイクを受け取り一言
《宗子で〜す。好きな食べ物はパンの耳! 嫌いな食べ物は米の研ぎ汁っみんなそんな宗子を可愛いがってね〜》
「…………」
帰りたい