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夏の海 12

「お、思ったよりも強烈ね」


ビキニと言う屈辱の聖衣を着て、車で一人待っていた俺への第一声がこれ


「なんて言えば良いのかしら……ザ・変態って感じ?」


「…………ははは」


笑うしかない


「さてと。気持ち悪いものを見た所で化粧でもしますか」


「気持ち悪いって……」


貴女の弟ですよ


「大丈夫。綺麗にしてあげるわ」


「綺麗って……」


「ん……楽しみ」


「じゃ、始めましょう」


で、20分後


「か、完成……よ?」


メイクを施された俺を、顔にハテナマークが浮かびまくった姉ちゃんが見つめる


「……う」


見つめ返すと、奴は視線を逸らした


「な、なによ。結構可愛く出来たじゃない。こっち見るな!」


見るなってオイ


「……うん。可愛い」


じっと横で見ていた秋姉が、感心したように言う


「そ、そう?」


秋姉に言われると何だか自信がつくぜ


「と、とにかく海の家に戻りましょう」


「その前に鏡を」


車のバックミラーを覗き込むと、そこには見覚えの無い不気味な男が無表情で写っていた


「…………え? これ、俺?」


「き、綺麗よ恭子」


「嬉しい、お姉様って酷くないこれ!?」


超オカマじゃん!


「か、髪を整えれば中々になるわよ」


櫛を取り出し、姉ちゃんは俺の髪をとく


「……おかしいわ。やればやるほど変に」


「…………」


「あ〜分からない! 何んなのアンタ!?」


「何で逆ギレ!?」


「もう良いわ、完成!」


「もう良いわって……適当過ぎるぞ、姉ちゃん!」


人前に晒される俺の身にもなれってんだ!


「これ以上どうしようもないもの」


「姉ちゃん!」


「何よ!」


「なにさ!!」


睨み合う俺達。こういう確執が、いずれ不幸な事件を生むのだ


「……喧嘩だめ」


そんな俺達を、秋姉がやんわり止める


「だ、だってコイツが」


「……乗り気じゃない恭介にお願いしたのは、私や姉さん。無理矢理はだめ」


言い訳しそうになった夏紀姉ちゃんを、秋姉はぴしゃりと止めた。なんと毅然で美しい姉なんだろう


「……分かったわよ。悪かったわね、恭介。大会出なくて良いわ」


「あ、いや」


素直に謝られると調子が狂うな


「……ごめんね恭介。恭介が妹だったらどうなっていたのだろうって、見てみたかったから」


「そ、そうなの?」


ご期待に添えず、すみません……


「ん……思った通り凄く可愛いかったよ」


にこっと笑顔の女神様


「お、俺、やっぱり出場するよ! 姉ちゃん、俺に力を貸してくれ!!」


秋姉の笑顔の為ならば、俺はオカマバーで三ヶ月働ける


「アンタ……よし、分かった! アタシも本気出す!!」


姉ちゃんは、自分用の化粧箱を手に取り開く。中には、高そうな化粧品がきちんと揃えられていた


「全部で約20万。惜しみ無く使ってあげるわ。先ずはキャビアの化粧水で……」


25分後


「…………」


「…………」


化粧が終わり一分。俺と姉ちゃんは、無言で見つめ合う


「…………アンタ、本当にアタシの弟?」


「な!?」


鬼かこの女!


「ん……グッド」


親指を立て、頷く秋姉。しかし化粧がきつくなった分、さっきより酷くなった気が……


「と、とにかくもう時間ね。雪達も待たせてるし海の家に戻るわよ」


「…………」


戻りたくない


「ほら、とっとと車から出なさい!」


「……はいはい」


もう全てを諦めよう


俺は肩を落とし、車から出る。そんな俺に秋姉は心配そうな顔で寄り添ってくれた


「ありがとう秋姉」


「……無理だめだよ?」


「大丈夫。やると決めたらとことんやるよ」


「……ん。応援するね」


「秋姉……」


「へいそこの彼女達〜。オラ達と茶でもしばかんか〜」


秋姉の微笑みにほんのりしていると、後からそんな声が掛かった


「……またかよ」


うんざりしながら振り向くと


「ば、化け物〜」


「ひ、ひぃい!? 喰わないで〜」


二人は腰を抜かして逃げて行く


「…………ふ」


目からこぼれ落ちるこれは涙じゃないさ。潮風が染みただけさ



その後も海の家に向かう途中、同じ様な事が続いた。怯える女性、泣く子供。吠える犬に祈る老夫婦


女装水着コンテストで沸き立っていた浜辺は、今や混沌に包まれようとしていた


そんな中、海の家の前で春菜と雪葉の姿を見付ける


「ゆ、雪葉〜」


「あ、お兄…………」


嬉しそうに振り向いた雪葉の笑顔が凍り付く。そして


「う、うわぁああん!」


号泣!?


「兄貴……ぐす」


「お前も泣くな!」


せめて笑って!


「……なんか、ごめん」


「謝らんといて!」


姉ちゃんまで沈むと、俺まで泣きたくなるじゃないか


「おや、佐藤君」


「え? げ!?」


海の家から顔を白粉で埋めた花柄ワンピース姿の化け物が現れた


「ま、まさか……宗院さん?」


眼鏡を掛けて無いので、確証は持てないが、不気味な生物である事は確かだ


「ええ、私です。それにしても……ふふふ、見違いましたよ佐藤君。エスコートをさせて頂きたい所ですが、今宵は私も淑女の一人。さぁ、行きましょう、私達の戦場へ」


「え? ち、ちょっと」


腕をグイっと引っ張られる。細身な癖して、めっちゃ力強い


「ま、待って! 心の準備がまだ」


「……恭介」


「あ、秋姉……。行って来ます!」


ビシっと敬礼!


「……うん。行ってらっしゃい。頑張って」


雪葉達を宥めながら見送る秋姉に精一杯の作り笑顔を見せ、俺は自らの意思で戦場への第一歩を踏み出した


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