夏の海 11
がや、がやがや
夏紀姉ちゃんと別れてから秋姉達と合流し、海の家へと入る。昼間より混んでいたが、ちょうど店を出る人達がいて、運良く席が開いてくれた
「いらっしゃいませ」
普通の状態に戻った綾さんは、開いた席まで俺達を案内し、頑張って下さいねと俺に一枚のチラシを渡した
「あ、どうも」
何を頑張るんだ?
「ん〜どれどれ」
厨房に入って行った綾さんを見遣り、チラシに目を通す。チラシには女装水着コンテストのお知らせと、そのルールが書かれている
「へぇ、女装水着コンテストするんだ。変わってる……ま、まさか!?」
「待たせたわね恭子」
「恭子!?」
薄いジャケットを羽織って店に来た姉ちゃんは、俺の隣に座り、もう一人の俺を呼ぶ
「安心しなさい恭子。アタシがアンタを綺麗にしてあげる」
「う、うん。ありがとうお姉様って、何言ってのアンタ!?」
「水着コンテスト、必ず優勝しなさい。これは命令よ」
「アホか!」
誰がそんなもん出るかっての!
「お兄ちゃんが女の子……見たいかも」
「え!?」
「恭姉、頑張れよ!」
「ええ!?」
「……恭子ちゃん。ちょっと有り」
秋姉まで!?
「心配しないで下さい。私も出場しますから」
「えええ!?」
オボンを持った眼鏡の人が突然俺達の会話に割り込み、不気味な事を言った
「一緒に頑張りましょう恭子さん」
「いや、てか、あれ?」
なんでこんな展開に?
「なーに、お金の為だと思えば、そんなに抵抗はありませんよ」
「あ、いや、確かに五万円は魅力ですけど……」
抵抗は普通にあるだろ
「稼げる時に稼ぐ。大切な事です」
「ま、まぁ確かに」
ってヤバイ、ヤバイ! 流されてるぞ俺! 此処は冷静に
「コホン。ですが、宗院さんって土佐の白狼とかって言われてた人なんですよね? こんな事をしたらいけない人なのではないのですか?」
「プライドでご飯は食べれません。五万円……ふふふ、私の十ヶ月分の食費と同じです」
「普段、何食ってるんですか……」
心配になってくるじゃないか
「ま、そういう事で。とにかく頑張りなさい」
「いきなり話まとめないでよ……はぁ」
しかし秋姉の大会を見に行く資金が欲しいのは確かだ。祭りだと思って我慢するか
「三万は貰うからね」
「良いわよ。むしろ優勝したら全額あげるわ」
お、気前良いな
「それじゃ、車に戻りましょう。準備は出来てるから」
「準備?」
「水着と化粧よ」
「化粧って……水着はこれで良いんじゃない?」
「…………行けば分かるわ」
急に無表情になった姉ちゃんは、そう言い店を出て行く
「…………」
嫌な予感しかしない
「……お兄ちゃん?」
「あ、ああ……行って来るよ」
「うん。行ってらっしゃいお兄ちゃん」
「…………心配だから、私も……」
「じゃ、後でな」
和み系な妹の笑顔に見送られ、俺は店を出て夏紀姉ちゃんの後を追う
「……恭」
「結構早いな……」
もう駐車場前の階段まで行ってる。よし、走るか
「……あ、まっ」
おら! ダッシュ、ダッシュ!!
てな感じでダッシュしたものの、結局姉ちゃんに追い付いたのは、車の直ぐ目の前の所だった
「姉ちゃん」
横に並んだ所で声をかけると、姉ちゃんはやっぱり無表情
「姉ちゃん?」
「…………ふふ」
「ね、姉ちゃん?」
「恭介。アンタが着るのはこれよ」
姉ちゃんは車の後部席を開けて袋を手に取り、俺に手渡す
「これは……!?」
女もののビキニ!?
「アンタに合いそうなサイズ、地元の人間に探させたけど、探すの大変だったらしいわよ。間に合って良かったわ」
「ち、ちょっと待って! 流石に女物の水着なんて着れないって! 色々マズイだろ!?」
俺のキングパンサーが、飛び出してしまう!
「パレオでも巻いとけば何とかなるわよ。ほら、これ」
そう言い、ハワイアンな柄の布を俺に投げよこした
「ば、馬鹿な……」
こんな馬鹿げた話が成り立って良いのか?
「ほら、早く車の中で着替えなさい。化粧出来ないでしょう」
「だ、だけど……」
「男らしく無いわね。仕方ない、アタシが着替えさせてあげるわ……うふふ」
悪魔みたいな笑みを浮かべ、手をワキワキさせながら迫る姉ちゃん。や、殺られる!
「止めて! せめてビキニは止めて!!」
「言ってもアンタに合うサイズは、これしか無いのよ。良いから着ろ!」
「嫌だ〜!!」
ワンピースを、ワンピースをくれ〜
「…………恭介」
「ギャー!?」
「キャー!?」
パンツを掴まれ、そのまま車の中に押し込まれそうな時、いきなり車内から秋姉が現れた!
「あ、秋姉……。い、いつからそこに?」
そう尋ねると、秋姉はジト目になって
「……恭介が姉さんと話している時」
と、拗ねた口調で言う
「あ、ご、ごめん」
全然気付かなかった……
「……これ」
秋姉はそっと俺の手を取り、手提げ袋を渡して下さる
「こ、これは……」
まさか秘密道具!
震える手で袋を開くと、その中には!
「スクール水着やないかーい!」
思わずツッコミ
「ん……ばっちり」
グッと自信満々に親指を立てて下さいますが、流石にそれは間違っていますよ姉様……
「てかこれってまさか……あ、秋姉の?」
「…………伸縮性もばっちり」
「うわ〜い。それなら俺でも着られるねって、いやいやいやいや!」
なんか今日秋姉、おかしい!
「あ、ありがとう。だ、だけどそれは……」
それはもはやシスコンではなく変態の領域。足を踏み入れてはいけない未知の世界だ
「……恭介?」
「あ、いや、その……」
じっと俺を見つめる秋姉に、脂汗流しながら断り方を考えていると、秋姉はふわりと微笑み
「……なんちゃって」
「……え? も、もしかして……冗談?」
「ん。コント」
「こ、コントね。あ、あはははは、これは一本取られたな〜」
「……やった」
正直、秋姉のお笑いは分かり難い
「…………は〜びっくりした。まだ心臓ドキドキしてるわ。それはともかく、アタシが用意したビキニかアキの水着、どっちでも良いからとっとと着がえなさい」
「どっちでも良いって言われても……」
秋姉のを着れる訳無いべさ……
「じゃ……ビキニ」
「よし。それじゃ、アキとコンビニ行ってるからその間、着替えときなさいよ」
「…………了解」
なんで俺がこんな目になんで俺がこんな目になんで俺がこんな目に……