夏の海 8
「英雄だ〜英雄が帰還したぞ〜」
岸に戻った俺達を迎えたのは、人々の大歓声だった
「なんてカッコイイ人なんだ。正直、憧れる!」
「ふふふ」
照れるぜ
ワカメの人を腕抱きしながら海を出ると、人々はワーっと歓声を上げる。そして俺の元へ……
「最高にカッコ良かったぜ、お嬢さん!」
来ないで春菜の方へ行きやがった!
「男が海へ飛び込んだって話をした後、止める俺らを振り払って沖へ向かって行ったアンタを見た時には、漢を感じたぜ……アンタ最高だよ!」
「…………」
皆は危うく死にかけた俺やワカメさんを放置し、春菜を褒めたたえる。いや、別に悔しい訳じゃないけどさ!
「と、それよりワカメの人は……」
ワカメの人は俺の腕の中で、くでーっと伸びている。肺が規則正しく上下している事から、きちんと呼吸は出来ているようだ
「……まったく」
人騒がせなワカメちゃんだぜ
「う、ううん……」
お、目を覚ますか?
「大丈夫ですか?」
声をかけると、ワカメのまぶたが微かに震え、ゆっくりと開かれてゆく
「ここは……あ! あなた!? ふ、ふふふ」
「な、なんだ?」
「どうやら地獄へ道連れに出来たようね。私を見捨てようとしたからよ! あ〜はっはっは」
「…………」
元気そうだな
「お礼はそこの屋台のイカ焼き二つで良いですよ」
ワカメを下ろし、海の家横の屋台を指差す
「イカ焼き? ……もしかして私、助かったの?」
「一応病院に行った方が良いですよ。どっかおかしくなってるかも知れないし」
頭とか
「た、助かった……の」
ワカメはキョロキョロと左右を見回し、最後に俺を見て囁く様に言う
「た、助けてくれて……ありがとう」
「どういたしまして」
ま、なにはともあれ全員無事で良かったぜ
「あ〜、うるせー! もうほっとけよ!!」
「ん?」
なんかあっちで春菜が騒いでいるな
「どうした、春菜」
集団に近寄りながら声を掛けると、集団の中から春菜が人を掻き分けて強引に出て来た
「たく! こいつら私をヒーローだ何だってしつこいんだよ! 私は兄貴を助けただけだって」
「いや、貴女こそ海の守護神! まさにポセイドン!!」
そこは女の神様にしてやれよ……
「うるせーうるせー! もう行こうぜ、兄貴!」
そう言って春菜は俺の腕を組み、海の家の方へ引っ張って行く
「とと、わ、分かったから引っ張るなっての」
「あ、君!」
「イカ焼きはまた今度会った時で良いですよ。それじゃお大事に」
「あ、あの、ち、ちょっととー!」
「病院だ、この姉ちゃんを病院に運べ〜」
「アイサー!」
「キャ〜! ひとさらい〜」
「…………」
騒がしい人達だな
「イカ焼き……」
「…………は?」
「イカ焼き食いてー! も〜腹減った〜」
「そうだよな〜。今頃みんな焼きそば食い終わってるだろうし……ごめんな春菜」
後てイカ焼き奢ってやろう
「兄貴が謝る事じゃねーよ。よく分かんねーけど兄貴、あのワカメみたいな人を助けに行ったんだろ?」
やっぱりワカメか
「まぁな。だけど結局お前に助けられちまったな」
「気にすんなって。兄貴は私が助ける、そんなの当たり前だ。……ただ」
「ん?」
「あんまり一人で危ない事……、しないでよ?」
春菜は不安げな顔で俺を見つめ、俺の腕をギュッと強く抱いた。きっと俺が、親父みたいに突然居なくなってしまう事を怖がっているのだろう
「……ああ、そうするよ。しかし良く俺が沖に居るって分かったな」
「うん? ああ。なんかこの世に未練が無さそうな死んだ目をした男が、まるで自殺するかのように海に飛び込んだって聞いてさ。兄貴の事だと思ったんだ」
「今の会話から俺を連想するお前にちょっと小言を言いたい気分だよ」
「腹も減ってたし、違ったらめんどくせーって思ったんだけど、本当に兄貴だったら後悔するからさ。良かった、後悔しないで」
にこっと屈託なく笑う春菜。思わず頭を撫でてしまう
「うわあぁ、な、なにするんだよ〜」
「お前やっぱ、俺の妹だ」
コイツいい子に育ってるぜ親父
「ちぇ、意味分かんねーの。あ、そう言えばさっき綾まんが兄貴を探してたぜ? なんか水着コンテストがどうとかって」
「良く分からんが、とりあえず綾まん言うの止めろ……」
ちょっと馬鹿だけど