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夏の海 6

春菜に連れられて海の家に入ると、そこは古代エジプトの風景だった


「遅かったわね」


「そ、それよりも何故そちらの方々は人間ピラミッドを……」


六人用の木のテーブルを一人で陣取っている夏紀姉ちゃん。その横には五人の男達による見事な組み立て体操がある


「あん? ああ、これ。なんか積み重なりたい気分なんじゃないの」


夏紀姉ちゃんは男達を冷たい目で一瞥し、そう言った


「そ、そうなんだ」


どんな気分だよ……


「じゃ私、その辺をちょっと泳いで来るから。飯来たら呼んでくれよな!」


「あ、ああ。……気をつけろよ」


「ああ!」


そう言って海の家を飛び出して行く春菜。マグロみたいな奴だな……


「こんにちは、夏紀さん


「あら、綾音ちゃんだっけ? こんにちは」


男達に対するものとは違い、姉ちゃんは柔らかい表情で綾さんに挨拶を返す。この辺りは流石年長者だ


「はい、綾音です。夏紀さん、良かったらラムネをどうぞ」


「へぇ、懐かしい。頂くわ、いくらかしら?」


「お代はもう佐藤君から頂いてます」


「恭介が? 珍しいわね雨でも降るかしら」


俺と同じ事言ってやがる


「はい、どうぞ」


「ありがとう。このビー玉を開ける瞬間が好きなのよね〜」


綾さんからラムネを受け取った姉ちゃんは、ラムネに付いている栓を使ってビー玉を押し込む


「うわっとと泡が、泡が」


瓶に慌てて口を付ける様は実に嬉しそうだ。おそらく泡がビールぽくて好きなのだろう……哀れな


「ところで姉ちゃん、秋姉達は?」


「ん? アキと雪は奥の座敷で幸薄そうなオッサンと、話をしてるわよ。インターハイがどうとかって」


宗院さんの事かな


「インターハイ……。多分、静流さんの事を話しているのだと思います」


「静流さん?」


「はい。六桜 静流。昨年の中学インターハイ覇者であり、六桜 久志七段の一人娘さんです」


「六桜 久志?」


どっかで聞いた事があるような……あ!


「宗院さんのライバル!」


「良く知ってますね。鬼久志とまで呼ばれた剣道家です。昨年お亡くなりなりましたが、私は今も尚、最強の称号はあの方のものだと思っています」


「え? 亡くなられているのですか。……そうですか」


名前しか知らないけど、それでも知ってる人が亡くなるのは残念だ


「私が眼鏡と出会ったのは、六桜さんがお亡くなりになられた後。近所の道場で練習試合をしていた時に声を掛けられました。俺の子を産んでくれと」


「ええ!?」


あの眼鏡、凄い大胆さだな!


「すみません、間違えました。俺の剣を継いでくれです」


「どうやったら間違うんですか!」


「はじめ、何言ってんだこの眼鏡は。眼鏡割れて死ねなどと思ったのですが――」


「き、キャラが違いますよ綾音さ〜ん」


「手合わせをしてみますと、これが強くって。眼鏡の癖に」


「どんだけ眼鏡が嫌いなんですか……」


「もう悔しくって。あんな眼鏡が本体なのか、本体が眼鏡なのか分からない眼鏡に負けるなんて……」


「なんかもう、眼鏡ですね」


「それで再戦を申し出たのですが、あの眼鏡、私を強くするとか言い出しまして眼鏡」


「語尾がおかしいですよ〜」


「それから擦った揉んだがありまして、あ、胸の事ではありませんので、シクヨロです」


「何でもない会話から、良くそこまで下ネタに持っていけますね」


「最終的にはうちの剣道部のセクシャルアドベンチャーに就任した訳なのですが」


「スペシャルアドバイザーでしょう。色物AVのタイトルみたいな事、言わないで下さい」


「その時に頼まれたのです。私を必ず強くする。だけどその代わりに、眼鏡の剣を受け継ぎ、私としてでは無く、眼鏡の後継者としてある女子と戦って欲しい、と」


「それが六桜さん……」


「はい。それにしても佐藤君は相変わらず的確なツッコミをして下さいますね〜。とっても話易いです!」


「そりゃどうも」


普通に話せばもっと話易いと思うけど


「しかし何故、そんな事を……」


「……六桜七段は、最後まで眼鏡との戦いを熱望し、死んでいったそうです。そんな父親に憧れて剣を手に取り、その死を看取った今、静流さんには剣道に未練などありません。あるのはただ、眼鏡への憎しみ。今や静流さんの剣は眼鏡を倒す為だけにある、そう言っても良いでしょう」


「そ、そんな……」


なんて根暗な


「これは六桜七段から逃げ続け、その娘さんにまで憎まれる事となった眼鏡の懺悔です。自分の身代わりとして私を出し、六桜家との決着をつけようとする、ヘタレ眼鏡の逃げなのです」


「あのヘタレ眼鏡め!」


なんだか怒りが込み上げてくるぜ! って


「じゃ、ヘタレ眼鏡は秋姉を綾さんの代わりにする気で?」


「それは無理ですよ。秋さんはもう、自分の型を完成させています。後はそれを極めてゆくだけ、ヘタレ眼鏡の出る幕はありません」


「そうなんですか?」


流石、俺の姉


「でもそれじゃ、何の話を?」


「多分、忠告と懇願だと思います。静流さんに教えてあげて欲しいと」


「教える?」


「自分よりも強い人がいる事を」


「そ、それは……」


「佐藤 秋。一戦限りの試合であれば、おそらく今、最も強い高校生だ。眼鏡が言ってました」


「うっ!」


な、なんだこの燃える展開は……これが主人公って奴じゃないのか!? 流石秋姉……秋姉ならば主人公の座、譲る!


「誰もアンタを主役なんて思って無いわよ」


「久しぶりに喋ったと思ったら、いきなり心読まないでっ!」


エスパーか!?


「そ、それはともかくとして……。静流さんとはどんな人なんです?」


「そうですね……、一言で言えば天才。二言で言うとロリ顔ですね」


「二言目は要らなくない?」


「彼女は、はっきり言いまして桁外れの強さですよ。認めたくはありませんが、今の私よりずっと強いです」


「そ、そんなに?」


「はい。学生で剣道をしている方なら、その存在を知らない方は居ないと思います。先日行いました県大会の試合模様は全国の剣道高校生の注目の的であり、その試合内容は研究されつくし、DVDはマニアな方達にも高値で売られる程です」


「ちょっ!? マニアに高値でって……」


「ちなみに秋さんのも」


「秋姉も!?」


「一本一万円です」


「買った! ってそうじゃなくて!!」


「私のも結構売れてるんだからねっ!」


「ツンデレ!?」


「彼女は映像で私の無拍子を見て、眼鏡と私の愛人関係を見抜いたでしょう」


「話飛びすぎ!?」


「彼女は思った筈です。私こそが眼鏡の後継者であり、自分が倒すべき相手であると」


「話についてけねー」


「しかし私は秋さんに敗れました。その結果、静流さんの憎悪は秋さんに移ってしまったかも知れません」


「なんて迷惑な!」


「静流さんは今大会に出て来ます。そして秋さんとぶつかった時、彼女は後の試合の事などは一切考えず、死に物狂いで来るでしょう」


「やっぱり迷惑!!」


死に物狂いな相手程、怖いものは無いし!


「……ごめんなさい」


「え?」


「本当にごめんなさい。眼鏡と私のせいで、秋さんに余計な敵を増やしてしまいました……」


綾さんは急にしょんぼりとしてしまい、本当に申し訳なさそうに頭を下げた


「もっと早くお話するつもりだったのですが、中々言えず……私もヘタレ眼鏡の事を言えません」


「綾さん……」


何て言って良いのか分からない


「大丈夫よ」


「姉ちゃん?」


まだ居たんだ


「あの子はいつだって全力だから。相手がどうであれ、あの子は自分の力を信じ、いつものように馬鹿正直にぶつかって行くわ」


「……そうだね」


それが秋姉。不器用で真っ直ぐで、そして


「強い子だもの」


だから、きっと勝つだろう。心配する事は無い


「やっぱ秋姉は凄いぜ」


安心感が半端ない。星が落ちてきても何とかしてくれそうだ


「そうね。……ところでさ、さっき頼んだ焼きそば遅いんだけど、どういう事?」


「俺に聞かれても……」


「え? う〜ん、おかしいですね。早い! けどマズイ! がこの店唯一の売りなのですが……あれ? 店長?」


綾さんは、人間ピラミッドを見てそう呼んだ


「な、夏紀様、そろそろお許しを〜」


「綾音ちゃんはお腹空いてる?」


「え? あ、は、はい」


戸惑いながら、頷く綾さん。どうやら流石の綾さんも、女王バージョンの夏紀姉ちゃんを前に少し萎縮しているようだ


「美味しい焼きそばを六人前。一つは大盛り。もちろんただで」


「は、はい! 今、すぐに!!」


「よし、崩れ!」


「サー!」


夏紀姉ちゃんの合図でピラミッドは見事に崩れ、一番下だった店長は、はい出たのち厨房へすっ飛んで行った


「じゃ、俺は春菜でも呼びに行くか」


今頃、腹を空かせているだろうしな


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