雪の妹大会 17
「……腕立て伏せ、それは男と男の意地。腕立て伏せ、それはほとばしる汗と筋肉の共同作業! 今宵マッスルロマンを見せてくれるのはこの三人だ。まずはシスターマイストロ、光永 幸一!」
「奏でてやるよ。俺のオーケストラを」
「一日三十回は妹の写真にキスをする変態、陣内 悟!」
「最近、新しい写真撮らせてくれないんだよね」
「そして……今日伝説が蘇るか! シスコン王、佐藤 恭介!!」
「誰がシスコン王だ!」
「対決内容は超単純だ。30分の時間の中で、一番多く腕立て伏せをした奴が優勝。途中、崩れてしまったらその時の回数で終了。オーケー?」
司会の金ぴかオッサンの説明に、俺達は頷く。壇上には三枚のマットと、顎でスイッチを押すタイプの腕立て伏せカウンターがある
俺達はそれぞれのマットに別れて準備運動を開始する。その途中、雪葉達はバニーさんに連れられて体育館を出て行った
「妹ちゃん達が戻って来たら、勝負開始だ。スペシャルサプライズだからな、気合い入るぜ〜」
気合いなんざとっくに入ってんだよ! さっさと始めてくれ。なんて思っていたら、会場がざわめき出した
「風子ちゃん凄くカッコイイね!」
「ありがとう雪。でも少し恥ずかしいね」
「どう花梨、この私の完璧なスタイルは」
「別に」
「な、なによその醒めた反応!」
「風ちゃん見た後は、リサじゃ貧相すぎ」
「うるさい千里!」
「スカートやだなぁ。でも兄ちゃん喜んでくれるかな?」
会場の観客達は言葉を失い、何かを見ている。その視線を追うと、体育館入口から白と赤が冴えるチアガール姿の雪葉達が入って来た。太股まであらわになってしまっている短いスカートが、保護者である俺を心配させてくれやがる
「どうだシスコンども! このスペシャルサプライズ!!」
ウオオー!!
「俺、この大会終わったらを死ぬつもりだった……でもまだやれる。俺、まだやれるよ!」
「その通りだ、君。日本にはまだ妹達が居る。俺達は妹達が平和に暮らせるよう、この日本を守らなければいけないのだ。死んでなんかいられないだろう?」
「はい! みんなー頑張ろうぜ日本!!」
オー!!
「…………」
なんだか分からんが、観客達は日本を守る世界を守ると団結し始めた。俺達の事は無視かいな
「最終決戦、腕立て伏せスタート!!」
「いきなり!?」
呆気に取られている内に、突然合図で始まった腕立て伏せ対決。俺は直ぐに腕立て伏せの姿勢を取り、とりあえず一回目をやってみる
「頑張って、お兄ちゃ〜ん」
「ああ!」
壇上へ急いで向かって来ている雪葉の応援に応えるべく、1、2、3と素早く腕立て伏せ。中々のペースだ、これなら60回ぐらいいけるかも
チラっと横目で他の出場者を見てみると
「ふんふんふんふん!」
「ふっっはっ!!」
「早っ!?」
奴らの回数は……30回と22回!?
「ま、マジかよ」
俺なんかまだ7回目なんですけど……
「兄ちゃん、もっと早くしないと負けちゃうよ!」
「う……あ、ああ」
ペースを上げて、何度か腕立てを繰り返す。少しずつ腕が重くなり始め、怠くなってきた
「ちょっと。私が応援してあげてるのに、何よこれ。全然勝負になってないじゃない!」
「恭君、ひ弱」
「お兄さんは頑張っているよ。他の二人が早過ぎるんだ」
他とそんなに差があるのか?
「現在、一位は光永君で97回! 二位の陣内君は81。そしてどうした佐藤君、28回だぞー」
き、97? まだ2、3分しか経ってないのに、もう俺の最高記録を越えてるじゃないか……
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「が、頑張りなさいよ! ……負けたって良いんだから」
「まだまだ時間あるから全然逆転できるよ兄ちゃん!」
「六人の妹ちゃん達に囲まれ応援されている佐藤君! この応援をパワーに逆転出来るかー!」
「ひぃはぁ、ふぅひぃ」
無理だって。応援でなんとかなるんなら、阪神なんていつも首位だって
「光永君、開始5分で150回到達だ! 中々早いぞー」
ああ、疲れた。何で俺は日曜日にこんな事やってんだ?
「ふひ……はひ……」
「残り時間、50分。まだまだ序盤だぜ!」
目が霞む。動悸、息切れ等、求心が必要な症状も現れてきた
「佐藤君、ようやく70回到達だ! 一位との差は何と144回!! もう追い付く事は不可能なのか?」
腕が限界だ。もう駄目、ああ駄目だ、駄目だったら駄目なのだ。所詮俺は姉好きのロリコンで、死んじゃった方が良いただの変態なのさ。あはははは
「頑張って、お兄ちゃ〜ん」
カッコイイ兄ちゃんを見せたかったけど……。ごめん、雪葉。代わりに明日お前の好きなフルーツサンドをカバさん柄に作って――
「……がんばって」
……………………?
「がんばって、恭介」
「こ、この声は?」
そ、そんな……、そんなはず……。だ、だけど
「……恭介」
「あ……ああ……」
最後の力で顔を起こす。壇上の下には、光が、輝く光が!
「あ、秋姉!!」
「え? お、お姉ちゃんが! どうして!?」
「ん……。友達に聞いて急いで応援。でもまだ来てないみたい」
「……ふ……ふふ」
「おーっと、どうした佐藤君! 差が付きすぎて諦めの嘲笑なのか!?」
「あーっはっはっは!!」
「お……お兄ちゃ……」
「一位との差は? 271回? はっ!」
たった、それだけかよ!
「俺に勝ちたいのなら一億回ぐらいの差をつけるべきだったな! うぉおおおお!!!」
「な、なんと佐藤君、急激にスピードアップしました! こ、これは早い……と、言うより早過ぎないか!?」
「まだまだぁあ!!」
「さ、更にスピードアップだぁああ!」
「……雪、アンタのお兄さんって」
「……凄いでしょ、花梨ちゃん」
「た、ただいま記録が出たぞ! なんと佐藤君、1分で120回の腕立て伏せをしている! これは逆転があるかも知れないぜ!!」
「ぐぅ……ば、化け物達め」
「ああっと、ここで陣内君が倒れたー! 記録は221回。お疲れ様でしたー」
「兄さん……。二度写真撮らせないから」
「さ、朔美ちゃん……ガク」
「残った二人! 一位は光永君の397回だが、ペースが落ちて来たぜ。逆に佐藤君はまだ240回だが、ペースが違い過ぎるー!!」
「くっ! 負けてたまるか!!」
「おお、此処に来て光永君もスピードアップ! 凄い、凄すぎる! 奴らは何者だ〜!!」
「ぐぅっ!?」
意外とやるな、コイツ!
「お兄ちゃん! 勝ったら一緒にお風呂入ってあげる!!」
「お……おおおおお!」
「光永君、更に、更にスピードアップだ〜! これは佐藤君より早い!? シスコンの鏡だぜ、光永君!」
「ぐ、ぐうう!」
な、なんて野郎だ。こんな変態が、まだ日本に居るとは……秋姉が応援してくれているのに、俺は負けるのか? ち、ちくしょう……
「お、お兄ちゃん…………そうだ! 秋お姉ちゃ〜ん!!」
「……雪葉? ……どうしたの」
「はぁはぁ……お、お姉ちゃん! ごにょごにょ」
「え?」
「お願い、お姉ちゃん!」
「……ん」
いよいよ腕の感覚が無くなって来た。頭も茹だってる。悔しいけど、もう限界だ
「佐藤君の動きが止まった! これで決まりなのかぁ!!」
ああ、燃えたぜ、真っ白にな……
「……恭介」
秋姉……ごめ
「大好き」
「……………………」
ピキーン!
「ああ! お、お兄ちゃんの眼が、何年か振りに生き返って!?」
「へぇ。本当はああいう顔してるんだ……まぁ、悪くないんじゃない?」
「リサが食いついた」
「私は魚か!」
「……もう俺から限界は消えたよ。ただ勝つ、それだけさ」
「な、なんだか分からないが、佐藤君の表情が仏のように穏やかに!?」
手足の疲労は消え、筋肉も40%アップした。もはや負ける要素はない
俺は穏やかな気持ちで、腕立て伏せをひたすら繰り返した
「ば、馬鹿な!? なんだそのスピードは!」
「遅いか? ならもっと早くしよう」
更に早く、力強く。息をするように、自然に腕立て伏せを続ける
「な……あ、汗一つかかずに。そ、そうか、分かったぞ、これは幻だ。俺はかつてサトウと言われたシスコンの幻と、幻影と闘っているのだ」
「お兄ちゃん……」
「……すまん、知香。俺は奴に勝てないかもしれない」
「そ。じゃあ、お風呂無し。ほんと役に立たないね、お兄ちゃんは」
「う……」
ドサ
「おおっと、ここで光永君、力尽きたー。そして現在の数は!」
腕立てをしながらカウンターを見てみると、光永が712回で俺が713回。我ながらすさまじい数だな……っておい! 勝ってるじゃねーか!
「優勝は佐藤君と愉快な妹達ー!!」
「お……おっしゃー!!」
左腕を上げ、勝利の雄叫びを……ボキ
「ぐげっ!? う……が………」
こ、これはやばい。身体のキャパを完全に越えてしまい、骨が悲鳴を上げている。これは死……
「ん……凄いね、恭介。おめでとう」
にこっ
「秋姉のお陰だよ!」
俺、復活っ!!
「お兄ちゃ〜ん」
「雪葉!」
俺へ走り寄る最愛の妹を抱き止め、くるくると回る
「どうだ、雪葉。兄ちゃん一番になったぞ!」
「雪葉にとって、お兄ちゃんはいつだって一番だよ。おめでとう、お兄ちゃん!」
「……ん。仲良し」
明日は筋肉痛だな。でも
「おめでとー兄ちゃん!」
「ふふ。やっぱりお兄さんは凄い」
「え、えと……か、か、か、かっこよかった……少しだけど!」
なんとか勝ったな
「ありがとよ、お前ら」
超、疲れたけど。ま、なにはともあれ
妹大会、優勝だ!!