雪の妹大会 9
「第四試合、もしも元気な妹ちゃんが浴衣姿でキャッキャしながら金魚すくいをしてみたら!」
「…………」
「…………」
「…………」
次の試合内容の発表があった時、会場の誰もが無言だった。しかし、みな同じ事を思っていただろう。はっきり言ってしまうと、何言ってんだこの馬鹿って空気だ
「……なにそれ?」
音一つ無い重苦しい雰囲気の中、最初に呟いたのは花梨だった。訝しげに壇上の、金ぴか司会者を見ている
「説明すると、今回の対決は妹ちゃん達に浴衣を着てもらって、キャッキャしながら金魚すくいをしてもらう。そんな感じだぜぃ!」
「…………」
ほんと何言ってんだ、このオッチャン
「なんだ、その反応の鈍さは! 浴衣姿の妹達が金魚と戯れる姿を見たくは無いのか〜! 私は見たい! もの凄く、見たい!!」
「な!? い、言ってる事は無茶苦茶だ……だが確かに見たい!」
「俺もだ! 俺も妹ちゃんが見たいんだー」
司会者の魂の叫びに会場に居る客達は呼応して、ウォーッと歓声を上げる
しかし、それとは対称的に妹達はどん引き
「……こりゃ棄権かな」
既にもう二種目優勝しているし、わざわざこんな怪しいものに出なくても一千万円のチャンスは十分にあるだろう、なんて思っていたら美月は大きな目で俺を見上げて
「え? なんで?」
と、聞いてきた
「なんでって、今回の試合は今まで以上に意味が分からないだろ? んな意味の分からんもんに美月を参加させ訳にもいかないだろ?」
「わたし出たいよ? 面白そうじゃん」
「そ、そうか?」
「うん!」
別に俺を気遣かっている風でもなく、どうやら本当に面白そうと思っているらしい
「……そっか、じゃ出てみっか」
「うん、頑張ろ〜ね。ねっ兄ちゃん!」
「ああ」
何かあったら俺が守れば良いやね
「俺達、参加します!」
まだみんなが戸惑う中、真っ先に手を挙げて、司会者にアピール
「オゥ、イエス! 君達は佐藤君と、美月ちゃんペアだね! バニーちゃん、この二人を着替え室にヨロシク〜」
「は〜い」
さっきのバニー達が乳を揺らしながら現れた!
「ナイスガール!」
「……お兄ちゃん」
「……ふふ」
「変態!」
冷た過ぎる三人の目が、俺を貫く
「う…………い、行こうぜ美月」
「うん!」
視線を避ける様にバニーさんに着いて行くと、フロアを出て廊下を少し歩き、ロッカー室前へと案内された
「中には浴衣が幾つか用意されてありますので、お好きな物をお選び下さい。浴衣はお一人で着れますか?」
「俺は大丈夫ですよ」
「わたしも、ばーちゃんから教えて貰った!」
「そうですか。では、こちらで待機していますので、何かありましたらお知らせ下さい」
「ええ」
「はーい!」
ロッカー室は広くて清潔で、入口の所にあるテーブルの上には、きちんと畳んである浴衣が数十着単位で置いてあった
「うむ〜」
紺色で無地の浴衣を手に取り、素早く着替えて鏡を見る
「…………」
なんかバカボンみたいだな……ま、いいか
取り敢えず納得し、ロッカー室を出てみると、既に美月が着替えて待っていた
「早いな」
「まーね! どお? 兄ちゃん」
淡い桃色の浴衣に、黒に近い紫色の帯。帯を流れる星の柄がまた良い
「うむ、可愛いぞ。良く似合ってる」
膝上丈の短い浴衣だが、確かに元気な子って感じはするな
「やったー!」
くるっと回転、美月さん
「よし行くべ!」
「うん!」
廊下で何組かの兄妹とすれ違いながら、フロアへと戻る。フロアの中心には大小バラバラな金魚用水槽が、いつの間にか五つ並べてあった
一番大きな物では縦3、横6メートル程度の巨大な水槽。小さい物では手を広げれば俺でも担げそうな大きさだ
「この試合、何組ぐらい出場するんだろうな?」
すれ違ったのは、二組ぐらいだったが……
チャーン、チャラララーン、チャラララ、チャラララ、チャラララーン
突然、競馬場のファンファーレみたいな音楽が鳴り、続いてスピーカーから司会者の声が流れる
「今回の試合、出場者は五組だ! 水槽は一組に一ヶ所を使う! 水槽はくじ引きで選んでもらうぜぃ。それじゃ最初に着替えて貰った佐藤君と美月ちゃんペア! バニーちゃんからくじを引いてくれぃ!!」
水槽の横に控えていたバニーさんが、小さな箱を持ちながら手を大きく振っている。乳は……余り無い
「どうしたの、兄ちゃん?」
「あ、い、いや、別に残念じゃないぞ?」
「??」
美月は顔にハテナマークを浮かべ
「良く分かんないけど、早く行こ、兄ちゃん」
俺の手を取り、バニーさんが居る方へと引っ張った
「おっと。こらこら、慌てなさんなって」
しかし
「金魚すくい……か」
雪葉も俺も超下手なんだよな……
「美月は金魚すくい得意なのか?」
「やったことないよ」
「そ、そう」
アドバイスすら出来ない俺が情けない
「けど……楽しければ良いか」
元々棄権するつもりだったしな
「よし、じゃあ気合い入れて! 頑張ろうぜ、美月!!」
「うん!」
夏の太陽より熱い戦いが今、始まる……かも