雪の妹大会 7
体育館前へ戻ると、体育館の中には雪葉達も含めた数多くの人達が外で待っていた
「うぉおー来たー! 風子ちゃーん!」
「風っ! 風っ! 風の子、風子!!」
「クールな君は、この夏の節電大臣さ〜」
その人達は、風子を見て歓声を上げる
「…………凄い人気だな風子」
「僕は雪達みたいに可愛くは無いんだけど……不思議だね」
「風子も可愛いぞ」
「あ、ありがとう」
「うむ。さて」
犯人は……と
観客達はキョロキョロする俺達を笑顔で見守り、次に視線を軽く一カ所に移した。その視線を追うと、血のシャツを着た犯人が!
「いた! 行くぞ風子!」
「うん、お兄さ……危ない!」
「え? ぐあ!?」
突然後頭部に強烈で重い衝撃を受け、視界が暗転する。次に顔への鈍痛があったが、その痛みを、どこか他人事のように受け止めている
「お、お兄さん!」
「葵流裏奥義、靴飛婆死。闇に抱かれぃ」
声は聞こえ、意識もしっかりしているが、辺りは真っ暗で何も見えないし身体も動かせない。これはもしかして……
「お、お兄ちゃん、お兄ちゃ〜ん!」
雪葉が俺を呼びながら泣いている。今まで聞いた事が無いぐらい、悲痛な声だ
……そうか、俺は死んだのか。それでこれが臨終体験って奴なんだな
ああ、それを知ったらなんだか急に眠くなって来たよ。少し眠るね、パトラッシュ……
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
雪葉……心残りだよ、雪葉。でも元気でな。俺が居なくても強く逞しく育つんだぞ
「お、おに……あ、ああ……お兄ちゃんが、お兄ちゃんが……あ、あぁ……い、いや、いやぁ!!」
春菜、夏紀姉ちゃん、父ちゃん、母ちゃん、そして……秋姉。雪葉を宜しくね。そして、ありがとう。さようなら……さようなら……
「雪! 揺すっちゃ駄目だ!! お兄さんなら大丈夫だから!」
「に、兄ちゃん! 兄ちゃん! 兄ちゃぁあん!!」
「う、嘘でしょ? ほ、本当に? ……死んじゃった?」
「し、死んでない! どいて! あたしが治すから!!」
「大丈夫。傷、浅いし。ね」
「う、うむ。後頭部にある秘孔を、履いている靴を飛ばしてつき、一定時間視力を奪うだけの技なのだが……のう、咲よ」
「は、はい。……でも、まさか顔面から転ぶなんて……咲はびっくりしてしました」
…………ん? 言われてみれば、もう何処も痛く無いような……
「……むう」
瞼を開けると、そこは光の世界。そこで俺は泣きじゃくる雪葉達や観客、マッスルブラザーズに囲まれていた
「え? ……お、お兄ちゃん!」
「ええと……し、心配かけてごめんな雪葉。俺は大丈夫だ」
危うく勘違いで死ぬ所だったが……
「よいしょっと」
俺は立ち上がり、頷く。やはり身体は何処も痛く無く、むしろ力に溢れている
「……そうだよな」
俺には秋姉が、大切な妹達が居る(長女、ナチュラルに忘却)死んでなんていられないのだ
「よ、よかったぁ……って! 無事ならさっさと起きなさいよね!! 心配させないでよ、ド馬鹿っ!」
ド馬鹿って……
「兄ちゃん……どこか痛くない? 大丈夫?」
「ああ、本当に大丈夫だぞ美月。心配してくれてありがとな」
「……うん!」
「お兄さん……」
「そんな顔するな風子。今は、むしろいつもより調子が良いぐらいなんだぜ? あのマッスルにも勝てる!」
俺はマッスル兄を見て、言い放つ
「ええっ! お、お兄ちゃん!?」
「この試合……ケリを付けるぞ!」
「違う……この男、今までと違う!」
マッスル兄が臨戦体勢になると、観客は慌てて退いた。心配そうな雪葉達に親指を立てて、頷く
「お、お兄ちゃん……」
「俺を信じろ、雪葉」
「お兄ちゃん…………うん! 頑張って、お兄ちゃん!!」
「ああ!」
「し……くで〜す」
もう絶対に雪葉を心配させない。だから負ける訳にはいかないのだ!
「俺は勝つ!!」
「く……お、お逃げ下さい、兄者! その男に悪鬼羅刹を感じます!!」
「……か……で〜す!」
「……分かっておる。しかし、ここで引く訳には行かぬ。ここで引けば奴は更に力をつけ、いずれ人類を滅ぼすだろう」
いや、滅ぼさないから
「此処で我が倒れるか、きゃつめが滅びるか」
「いやいや」
そんなに深刻な話じゃないから
「……で〜す! ……かくですってば〜!!」
「……行くぞ! 死ねいっ!!」
マッスル兄貴が右拳を固め、勢い良く俺へ向かって来た。止められるか? いや、止めてみせる! 今の俺ならロケットだって止められる!!
「来い!」
「ウォオオオ!!」
互いが相手の間合いに足を踏み込み、ほぼ同時に右拳を放った。それは相交差し、顔面を襲う。そう、これは幻のクロスカウガチャ……ガチャ?
「ぶへぇ!?」
マッスルがいきなり目の前でこけた!
「隙ありだよ」
倒れたマッスルの横に立つ風子。どうやらマッスルの足首に手錠をかけ、おもいっきり引っ張ったらしい
「ふ、風子?」
なんてえげつない……
「お兄さんを、二度は殴らせない」
そう風子は言い、いつもとは違った冷たい目でマッスル兄を見下ろす
「…………」
も、もしかして少し怒ってらっしゃる?
「と、言うより靴飛ばしは失格で〜す。さっきから言ってるのに……」
「なんと!?」
「失格? って事は!」
「優勝は三番、風ちゃんとお兄さんペアで〜す」
「やっ、やったぜ!」
「ふふ。おめでとう、お兄さん」
「ああ!」
これで一千万が、近付いた!
「う……葵流、八代目にして始めての敗北……腹を切る!」
「お、お止め下さい、兄者!?」
「ええい、離せぃ!」
向こうは、えらいことになってるな……。よし、まとめるか!
「止めたまえ、マッスル兄よ!」
「…………我の事か?」
「君は俺との死闘を馬鹿にするのかい?」
死闘してないけどな
「い、いやそういう訳では無いが……」
「だが、今の君の行為はそれと等しい」
「な!? し、しかし我ら葵流にとって、戦いとは命を掛けるものよ。敗北は、即ち死と同意で」
「馬鹿野郎!!」
「ぐっ!?」
「死に逃げるな。負けても命ある限り戦え! 死ぬのなら、戦って死ねぃぃ!」
責任は持ちませんが
「な、なんと凄まじい気迫よ。これが修羅……。未だ人の身である我が勝てるはず無かったのだ」
「……兄者、一から出直しましょう」
「咲……。ふ、今日からお前が当主だ」
「あ、兄者!?」
「我は負けたのでな、当主に相応しくない」
「兄者……」
「それにのう、ただの一人の男として戦ってみたい男がおるのよ」
そう言い、マッスル兄は俺を見る
途中から会話について行けなくなってしまったのだが、どうやらマッスル兄は俺をライバルだと思っているのだけは分かった
「また会おう、修羅よ」
「は、はあ」
「ふ、さらばだ! 行くぞ咲!!」
「は、はい! で、では失礼致します」
二人は、80年代のジャンプを匂わせながら、森の奥へと入っていった
「…………」
「…………」
「…………濃いなぁ」
胸やけしそうだ
「…………あ、そ、そうです! 風ちゃんさん、お兄さん、こちらはお二人の優勝メダルです。どうぞ」
犯人兼スタッフが、黒いポシェットから二つのメダルを取り出して、俺達に手渡した
「お、サンキュー!」
「ありがとう」
いかにもメッキの金メダルだが、嬉しいものは嬉しいぜ! 特に何もして無い気もするが、気にするな俺!
「おめでとう、お兄ちゃん、風子ちゃん!」
パチパチパチっと拍手の音があっちこちから、し始めた。みんな、俺達を称えてくれているのだ
「流石ね、風子。かっこ良かったわよ。それと……ま、まぁ、あんたにしては頑張った方なんじゃない? ……おめでと」
「兄ちゃんも風子も超すげかったー! 次は私が行くぞ〜」
「風子ちゃんだけしか頑張ってなくない? ま、勝ったから良いんだけど」
「リサは、空気読めなすぎ。罰としてナイジェリアを五回発音」
「え? え、えっと……ナイジェリア、ナイジェリア、ナイジェリア、ナイジェリア、ナイジェリア」
「花梨ちゃんのお胸は?」
「ナイジェリれ!?」
「ぶっとばすわよ!」
「ぶっとばされたわよ! 今、貴女に、頭を!!」
一部を除いて喜び合う妹達。こいつらが居なければ、俺は立ち上がれなかったかも知れない
「……ありがとな、妹達よ」
これはお前らがくれたチャンピオンメダルだぜ
メダルを掲げ、十、二十代には絶対分からないであろうネタをしつつ、俺はいがみ合う二人を宥める事にした
て、事で
二回戦目、辛勝!




