雪の妹大会 5
「今回のゲームは犯人逮捕ゲームです!」
みんながスタッフの周りに集まった所で、スタッフは俺達にワッペンを配り、そう宣言した
「犯人逮捕?」
「はい。今から私、犯人がこの体育館が建つ森林公園全体を使って逃亡します。その私を、最初にこの手錠で捕まえた組が優勝となります」
スタッフは、明らかにおもちゃだと分かるファー付きの手錠を持って、その使い方や簡単な注意事項を説明し始める。それらをまとめると
・兄と妹、二人一組で行動し、一番最初に犯人を逮捕した組が優勝
・逮捕には手錠が必要。手錠は一組に二つ貰える
・手錠は手首と足首にしか使えない。ただし、かけるのは片方だけで構わない
・手錠は犯人以外にも使える。使われた相手は、行動不能となり、妹が行動不能になった時点で兄が無事でも失格
・兄は兄相手にだけ、手錠を使える。妹は、兄と妹と犯人の全てに使える
・手錠は内側にある突起に衝撃を与えると自動的に閉じる物だが、鍵は渡されないので勝手に閉じない様に気をつけなくてはならない
・暴力は駄目。あくまでも怪我をしない、させないが基本
こんなところか
「制限時間は一時間。それが過ぎても犯人逮捕に到らなかった場合、ハードボイルド部門は優勝無しと言う事になります」
なるほど、要するに鬼ごっこのような物か。しかしハードボイルドのカケラも無いな
「皆さんの動向は、各所に取り付けられているカメラで映されます。ですので、インチキは駄目ですからね〜」
「御託は良い、さっさと始めい!」
マッスル紳士が焦れた様にスタッフを恫喝する。スタッフは、ヒィっと悲鳴を上げ逃げ出した
「始まったか! 行くぞ咲!!」
「はい、兄者!」
「……兄さん」
「は、はぁい!」
意外と速いスタッフを、マッスルブラザーズとミリタリーっ子達が追い掛けて行った。体育館前に残ったのは、俺達と目つきの鋭い兄妹だけだ
「俺達も行こうぜ」
「うん。でもその前に、彼女達を退ける必要がありそうだよ」
風子の言葉通り、辺りには不穏な空気が立ち込めている。それは俺達を睨み据える、鋭き双眼によるものだ
「貴女のお兄さん……。約束どおり倒させてもらうわ」
女の子は風子に向かい、そう言い放つ
「し、雫? 俺らも犯人を捕まえに行った方が良くないか?」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「お、おう」
力関係がはっきりしている兄妹だな……
「律儀だね。良いよ、相手しよう」
風子は俺を庇う様に前へ出た
「貴女は後。最初は貴女が信頼するお兄さんを壊してあげる」
壊すって……
「悪いけど――」
そこで風子は一度言葉を止めて軽く振り返り、俺を見上げ、
「今日は少し格好をつけたいんだ」
と片目をつぶって微笑んだ
「……そう。なら、仕方ないわ」
「退いてほしいけれど、……仕方ないね」
雫ちゃんと風子は、片手におもちゃの手錠を構える。なんてシュールな光景だ……
「す、すみません、うちの妹が」
雫ちゃんの兄ちゃんが俺の側に寄り、申し訳なさそうに言う
「大丈夫だけど……俺達はどうする?」
「えっと……見てましょうか」
「……そうだな。勝っても負けても恨みっこなしで」
「ええ」
と、言う事で見物に専念しよう
「最初貴女を見た時、この大会で一番手強い相手だと思った。だって、隙が無いのだから」
「そうかな? 意識していないけれど」
雫ちゃんは、ジリジリと風子に近付いてゆく。しかし風子は何もせず、目ですら追わなかった
「…………ふっ!」
息を強く吐き、体勢を低くして大胆にも正面から風子の懐へ飛び込む
対して風子は、棒立ちのままだ。雫ちゃんは意外な展開に少し顔をしかめたが、そのまま風子が手錠を持っている方の手、すなわち左手に向けて右手に持つ手錠を使う
「もらったわ!」
「おっと」
「な!? くっ!」
手錠が、かかる直前に雫ちゃんの右手を、風子が右手で上から押さえた。すかさず雫ちゃんは、左手で風子の左手を掴む。交差する格好だ
「ふ、ふふ。これで貴女も手錠を使えないわね」
「そうでもないよ」
風子は手錠を離す。その手錠は重力によって当然地面に落ち
「え?」
る前に、手錠の鎖部分を左足のつま先で受け止めた!
「ちょっと恥ずかしいけれどね」
風子は手錠を真上に蹴り上げ、それを口でくわえる。そしてそのまま掴んでいる雫ちゃんの左腕に口を寄せ、手首に手錠をかけた
「……あ、あれ?」
「良い勝負だったよ、ありがとう」
「私の……まけ?」
「ルールでは、そうなるね」
「あ……ふくぅ……ふ、ふぇえ」
「し、雫っ!」
泣き出した雫ちゃんに兄ちゃんが駆け寄り、雫ちゃんを抱きしめて優しく頭を撫でた
「……俺達の完敗です。参りました」
「あ、ああ。手強かったぜ」
俺は何もしてないが
「……あの、よかったら俺達の手錠を持って行って下れませんか? ルールでは他の組の手錠を使う事を禁止されてないはずだから」
「良いのか?」
「はい。俺達の分まで頑張って下さい」
「……分かった、君らの分まで頑張るよ」
「はい!」
「あ、ああ……」
な、なんだこの胸の高鳴りは。ま、まさかこれがあの有名な友情、努力、勝利って奴なのか?
「……よし! じゃ、いっちょ犯人捕まえに行ってみっか!!」
オレ達の戦いはこれからだ的な感じで、新たな戦場へ出陣だ!