2月14日の怪奇
「佐藤先輩、受け取って下さい!」
「あいよ」
「佐藤先輩〜、私のも、私のも〜」
「オッケー」
2月14日。一般的にはバレンタインデーと言われる日だ。毎年この日の登校時には沢山の後輩達に囲まれ、チョコレートを貰う
「先輩っ! お願いします!!」
「お願いされましょう」
この日の為に持って来た空のスポーツバッグに、チョコレートを入れてゆく。因みにバッグは三つある。これで足りるだろうか……
「せんぱ〜い」
「はいはい」
そしてたどり着く学校。この時点で、既に十七人の子達からチョコを受け取っている。中々のハイペースだ
「あ、佐藤君。あの……」
「ああ、はい。どうも」
「きょ〜すけ君! はいこれっ!」
「ええ、頂きましょう」
校門では、先輩達が俺を待つ。俺にアプローチするタイミングを振り分けしているのか、この時は後輩達は来ない
「恭介君、私も〜」
「はいどうも。あ、皆さん、受け渡し時間の終了です。残りは昼か放課後にお願いします」
渡したがっている人は、まだまだ居るが、全部受け取っていたらキリがない
残念がる先輩達を尻目に、俺は教室へと向かう
その教室へ向かうまでの一分と三十秒。此処では他クラスの同級生達が俺を囲む
「佐藤君、お願い!」
「どいて! 私が先!」
「押さないでよ! 佐藤君、佐藤君!!」
数十人の女生徒達に全身を揉みくちゃにされながらも、教室へと辿り着く
乱れた髪や、制服を直しながら自分の席に向かうと、机はチョコレートの箱で埋まっていた
「……相変わらず凄いな佐藤」
前の席のHが呆れ混じりの声を上げる
「まぁね」
軽く流し、箱をバッグしまう
なんだか淡々としているって? 毎年これだから機械的にもなりますよ
「ところで……佐藤」
「なんだよ」
「お、俺のも受け取ってくれないか?」
「テメェが食え」
男からも結構貰ってしまうが、それは全て却下
それから先も、一日中こんな感じ。先生達も毎年の事なので、既に諦めているらしい
そんな長い一日も、終りは来るもので放課後。三つのバッグは、ファスナーが締められない程パンパンになり、これ以上は受け取り不可って事で終了。後は持って帰るだけ
「……ふう」
合計113個のチョコレートが肩に響く
「あ〜、あのお兄ちゃん凄いチョコレートの数だぁ。お母さ〜ん、今ってあ〜ゆ〜目が死んでる人が人気なの?」
「そうね〜。今は肉食や草食系じゃなく、死人系が流行りなのかも知れないわね〜」
「…………」
これは泣いているんじゃない。夕日がちょっと目に染みただけさ……
「ただいま〜」
肉体と精神にダメージを受けたが、何とか帰宅。玄関には秋姉の靴が置いてあったので、部屋には戻らず、そのまま秋姉に声を掛ける
「秋姉、居る?」
「……うん。今出るね」
そして待つこと数秒。襖が静かに開く
「……おかえりなさい」
「うん、ただいま。はい秋姉。これバレンタインのチョコレートだって」
バッグを肩から下ろし、秋姉の前に置く
「……いつもごめんね、恭介。……あ」
秋姉は申し訳なさそうな顔をし、次に何かを思い出した様に部屋の中へ入って行った
「秋姉?」
「……これ」
戻って来た秋姉が、俺に差し出したのは……
「もしかしてチョコレート!?」
赤いチェック紙に可愛いリボンを付けた小さな箱だ!!
「……うん。よかったら食べて」
「ありがとう秋姉!」
体力、気力ともに回復だぜ!
「じゃ、俺着替えて来るね! バッグ、秋姉の部屋に入れようか?」
「ん……大丈夫、ありがとう」
にこ
「グハァ!!」
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫」
「……疲れちゃった? ごめんね」
膝をついた俺に、秋姉は心配そうな顔で手を貸してくださった
「平気、平気。ちょっと躓いただけだから」
秋姉の笑顔は相変わらず破壊力がありすぎる。このままでは、いつか男をショック死させてしまうだろう……ちょっと大袈裟かな?
「ふぅ……さて、と。それじゃ、今度こそ着替えてくるよ」
「……うん。お疲れ様」
にこ
「グハァ!!」
以下三回続く――
「……うむ〜」
ループから抜け出し、部屋に戻った俺。秋姉から貰った箱をテーブルに置き、その前で座る
開けるべきか、家宝にするべきか……って、開けるべきだよな
「そりゃそうだ」
一人ツッコミをしつつ、包装紙を外すと、中には白い箱と一枚のカードが入っていた
「なんだろ?」
カードを手に取り裏返してみると、そこには秋姉の字で一言
いつもありがとう
「……こっちこそだよ、秋姉」
なんだか幸せな気分になり、そのまま箱を開ける
「お、ショコラって奴かな」
中に入っていたのは、銀紙の上に乗り綺麗にトッピングされている小さなチョコレートが八個。デパート等で売ってそうな高級感がある
わざわざ買ってきてくれたんだろうか?
出来れば永久保存しておきたい所だが、せっかくの頂き物だ。素直に食べよう
「いただきま〜す」
一個丸ごとパク……
「……あれ?」
今、食ったよな?
口に入れた後の記憶が無い
「……ちゃんと減ってるよな?」
箱を覗くと、確かに残り五個に……
「五個!?」
もう三個食べたのか!?
「う〜ん」
食べた記憶が無いのは不可解だが、部屋には俺しか居ない。きっと美味すぎて無意識に食べてしまったんだろう
「……たく」
どんだけ食いしん坊なんだ俺は
「…………」
もう一個だけ食べるか
チョコを手に取り、一個丸ごとパク…………
「…………あれ?」
今、食ったよな?
口に入れた後の記憶が無い
「……ちゃんと減ってるよな」
箱を覗くと、確かに残り二個に……
「二個!?」
何で!?
いつ食べたんだ俺は!
箱を手に取り、中をじっくり探してみるが、やはり残りは二個だ
「い、いったい……」
何だこの怪奇現象は。金田一さんでも解けない謎だ
「……はぁ」
良く分からないが、とにかく勿体ない事をしてしまったな……。残り二個は後でゆっくり食べよう
俺は箱を閉め、ベッドの上に転がり目を閉じた
「ぬぅ……ぐぅぐぅ」
「兄貴!!」
「うわ!? な、なんだ!?」
事件か!
「ケーキ食おうぜ!」
「はぁ? ……ああ、寝てたのか俺」
ぼんやりとする目を軽く擦り、身体を起こす
「今、帰ったのか?」
俺を見下ろしている春菜の姿は、まだ制服だ
「ああ! ただいま、兄貴!!」
「おかえり……ふぁーあ」
「でっけー欠伸。それより一緒にケーキ食おうぜ、ケーキ」
そう言い、春菜は持っていた小箱を俺の前で開ける
「唐突だな……お、チョコレートケーキか」
確かこれは不三家のプレミアチョコレートケーキだ。一個400円ぐらいするんだよな、これ
「しかし一個しか無いぞ」
「金あんまり無くてさ、一個しか買えなかったんだ。半分ずつ食べようぜ」
春菜は、箱に入っていたプラスチックスプーンを手に取り、ケーキを小さく切る
「ほら、兄貴」
「ほらって言われてもな……」
「じゃ、先に私な! ……う~ん、うめ~」
超幸せそうな顔だ
「ほら、兄貴」
次は俺の番だと言わんばかりに、ケーキを乗せたスプーンを俺の口許に持ってくる
「いや、だからほらって言われても……そもそも何でお前は俺にケーキを食わそうとするんだ?」
いつもは一人で食うくせに
「今日はバレンタインで好きな奴にチョコレートあげる日なんだぜ。私は兄貴が好きだからな!」
食わせるのは当たり前だろって感じで春菜は言いやがる
「……お前ね」
多分春菜の中でバレンタインは間違った情報がインプットされているな
「好きってのはな……」
……家族とか、友達とかも含むからな。説明が難しい
「とにかく食べて。兄貴の為に買ったんだぞ」
「は、春菜……」
買う=食うの春菜が、人にあげる為に食い物を買ってくるのは……半分だけど
「成長したな、春菜。よし! ありがたくいただこう」
「ああ!」
再びスプーンを押し付けくる春菜さん
「ち、ちょっと。自分で食うから」
春菜からスプーンを受け取り、一口
「……うん、美味いな」
「だろ?」
「ああ、サンキューな」
「へへ……ん?」
春菜はテーブルの上に置かれている箱に目を止めた
「おお、こっちもチョコレート! いただき~」
「あ、こら、勝手に…………春菜?」
チョコレートを口に含んだ後、春菜の動きは止まり、視線は宙をさ迷う
「ど、どした?」
「…………」
「お、おい……あっ!」
春菜は無言のまま、チョコレートをもう一個手に取り、俺が止める間も無く口に含む
「………………」
「最後の一個が………………は、春菜さん?」
「………………」
声を掛けても反応がない
「だ、大丈夫か?」
「…………あれ? チョコレートは?」
「え? い、今食べてただろ?」
「そう……私、食べた……食べた?」
不思議そうに俺とチョコレートの箱を見比べる春菜。奴が一度食べた物を忘れる筈は無い
「こ、これは一体……」
「…………」
春菜は無言で立ち尽くし、おもむろにスカートのホックを外した
「って何やってんだお前は!?」
「……寝る」
「はぁ?」
「もう寝る。おやすみ兄貴」
スカートを脱ぎ、春菜は有無も言わさずベッドに転がった。もぞもぞと、ミノムシの様に布団へ潜っていく
「な、なんなんだ?」
いや、確かに俺も秋姉から貰ったチョコレートを食べた後なんだか眠くなった。これは一体……
「ただいま~」
箱を手に取って震えていると、玄関から雪葉の声がする。続いてコンコンとドアをノックする音
「あ、ああ。今出るよ」
謎解きは後にして、取り敢えずはドアを開けるとしよう
「ただいま、お兄ちゃん」
ドアを開けると、雪葉がニコニコ笑顔で待っていた
「おかえり。それと」
雪葉の後ろには四人の子供達
「いらっしゃい」
「こんちは兄ちゃん!」
「ああ、こんにちは」
いつも元気な美月は寒い日でも元気いっぱいだ。ブラウン色のダウンジャンバーが男の子っぽくて可愛いらしい
「こんにちは……」
「こんにちは」
最近少し態度が軟化してきてくれた宮里さん。白いニット帽と雪柄のカウチンセーターが冬らしくて良い
「ふふ。お邪魔します、お兄さん」
グレージーンズに、黒のスタンドカラーコート。若干おっさんぽい気もするファッションだが、綺麗に伸びたストレートヘアーがかえって女の子らしさ強調している
「……ふん!」
失礼な子供は黒をベースとしたチェック柄のフリル付きミニスカッツに、モコモコのセーターを着ている。非常に暖かそうだ
「今日はみんなで来たんだな」
「うん! それでね、お兄ちゃん……」
雪葉はモジモジとした様子を見せた後、いつも通学に使っている手下げバッグに手を入れて、赤い箱を取り出した
「はい、お兄ちゃん! バレンタインのチョコレートだよ」
「お、ありがとな雪葉。嬉しいぜ!」
毎年貰っているが、この瞬間は何度体験しても嬉しいものだ
「では僕からも。パッピーバレンタイン」
「お? 風子もくれるのかよ。サンキュー!」
風子からブルーの小箱を受け取って、礼を言う。今度何かお返ししないとな
「兄ちゃん、わたしのも受け取ってくれる?」
「美月もくれんのか? もちろん貰うに決まってるだろ!」
「やったー!」
チョコレートを受け取ると、美月は俺の腰に抱き着いてきた。元気だねぇ
「あ、あの……こ、これ……」
美月を見ながら、鳥里さんが恐る恐ると俺に近寄り、グリーンの箱を差し出す。その間、一回も俺を見ていない
「あ、ありがとう」
渡した後、さささと下がってゆく。やはりまだ嫌われているようだ
「…………」
最後に花梨だが、奴は下を向いたまま動かない
「……花梨?」
「あ、あたしは、あげたくてあげる訳じゃないからね! みんながあげてるから仕方なくなんだから!!」
そう言い、ずんずんと俺に近付いて、パンダ柄の小袋を俺の前に突き出した
手に取ると、軽い感触。クッキーか何かだろうか
「ありがとな」
つい撫でてしまう
「っ!? な、撫でるなぁ!」
「ごめん、ごめん。えっと、みんなありがとな。お陰で今年は良いバレンタインだったぜ」
いつもは秋姉宛てのチョコレートしか貰えないからな……
「あ、そうだ。今からおやつにしないか? 多分今頃秋姉がリビングでチョコレートの整理している頃だから」
そう秋姉は毎年貰ったチョコレートの全てを整理し、何日も掛けて一口づつ食べるのだ
そして、くれた相手が分かる場合には、その人と会った時に感想やお礼を言い、メッセージが添えられている物にはしっかりと返事を書くと言う素敵過ぎる対応。返事を貰える奴らが羨ましいぜ!
「おやつ? 食べる、食べる!」
「うむうむ」
「……秋姉ちゃん、今年は?」
「うちの学校だけで、100越えた。学校に居る女子が確か138人ぐらいだったから……」
我が姉ながら恐ろしい人気だ
「秋姉ちゃん、カッコイイもんね……」
「ちなみに俺は0だ」
「…………」
二人でフゥっとため息
「ま、とにかくリビングに行こうか」
「あ、お兄ちゃん。雪葉着替えて来るから、先に行ってもらって良い?」
「ああ。じゃ行くぞ~」
「うん!」
美月と手を繋ぎ、いざリビングへ!
カチャリ
最愛の妹と別れ、長い旅の末、ついにリビングへと続くドアの前へたどり着いた俺達。ドアを開けて中に入ると、リビングのテーブルには大量のチョコレートが並べられていた
「師匠~」
テーブルの前で思案している秋姉に、美月が飛び込む
「あ……美月ちゃん。こんにちは」
その美月を抱き留め、軽く微笑む秋姉。まるで絵画の様だ……
「こんにちは、秋さん」
「こ、こんにちは……」
「お邪魔しています」
「ん……いらっしゃい」
秋姉は、皆と挨拶を交わし
「……お茶。紅茶で良いかな?」
と尋ねた
「うん! ところで、師匠。これみんなチョコレート?」
「うん……みんなで食べよ?」
「はーい!」
「ありがとうございます秋さん」
「あ……こ、これ、名パティシエ、ブッチャー作のチョコレートです!」
「す、すごい、チョコレートがいっぱいある。えへへ…………はっ!? あ、あたしは毎日食べてるけどっ!」
「ん。……あ、そうだ。ちょっと待ってて」
秋姉は、珍しくウキウキした様な足どりでキッチンへ行き、銀色のトレイを持って俺達の前に戻って来る
トレイには、秋姉に貰って食べたチョコレートと同じ物が20個前後あった。ま、まさか……
「……自信作」
これまたレアなVサイン! 写メだ、写メを取らなくては!!
「凄く綺麗……秋さんが作ったんですか?」
「これは見事だね。食べるのが勿体なくなってしまうよ」
「すっげー! 師匠、すげー!!」
「凄いです……尊敬しちゃいます!」
「ん? あ! ちょっと待っ」
携帯を構えている内に、子供達は秋姉のチョコレートを手に取り、口に含んだ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………き、君達?」
子供達の動きは止まり、視線は宙をさ迷う
「……どうしたの、みんな?」
「だ、大丈夫か?」
「……兄ちゃん」
お、反応がある!
「なんだか身体が熱いよ~」
そして着ている物を脱ぎ出した!?
「あ、あたしも……」
「……僕も、だめ」
「わ、わたしは……脱ぎます!」
「こ、こら、お前ら!」
慌てて止める俺
「…………」
突然の事に、びっくりしている秋姉
「ふぅ、ふぅ、熱い~」
熱いのに何故か、シャツ一枚の姿で俺に抱き着く美月
「みんな、お待たせ!」
そして間の悪い雪葉!
「お、お兄……ちゃん」
「ゆ、雪葉、美月達をなんとか」
「お兄ちゃんのバカァ! スケコマシ!!」
「ど、どこでそんな言葉を……って、なんとかしてくれ雪葉~」