第87話:雪の秘密
土曜日。母ちゃんは買い物に行き、夏紀姉ちゃんは珍しく図書館へ。秋姉は部活と、俺と春菜と雪葉しかいないそんな昼下がり
昼飯を作ろうと思い、リビングでテレビを見ている春菜へ何が食いたいかと聞くと、春菜はチャーハンと答えた
「オッケー、チャーハンね。雪葉にも聞いてみるよ」
「雪葉なら灘中のボーイフレンドとさっきどっか行ったみたいだぞ。嬉しそうに」
「ふーん。雪葉もそんなお年頃…………ちょっと待て、今何て言った?」
「は? だから、灘中の奴と出掛けて……」
「……中学生?」
「え? えっと……それがどうかしたのか?」
「あぁ!?」
「わ!? び、びっくりした……」
中学生が小学生とデートだと?
「ロ、ロリコン野郎がぁ!」
今でも昨日の事の様に思い出す。十年前の二月二日の事を
二月二日。それは特別な日
その日は朝から雪が降っていて、凍えるように寒い病院の廊下で俺達は新たな家族の誕生を待ち望んでいた
『まだかな、まだかな~』
『落ち着きなさい春菜。もうすぐ生まれるわよ』
『……姉さん、新聞、逆』
『う……、あ、あんただってさっきから何回トイレ行ってるのよ』
『……姉さんは変態だと思う』
『べ、べつに数えてた訳じゃないわよ!』
『ケンカは止めてよ二人とも~』
『あ、ごめん……』
『……ごめんなさい』
『うん……。ママ頑張って』
期待と不安。恐怖と苛立ち
それが限界に近付いた頃、親父が分娩室から飛び出して来た
『みんな! 無事に……無事に産まれたよ!!』
『や、やった~!』
二月二日、午前十時。雪が降る日に産まれた雪葉
雪の葉は例え厳しい冬が訪れても、枯れる事なく耐え忍ぶ。そして耐えた葉は、春にみずみずしく力強い葉を見せてくれるのだ。そんな想いを込めて付けた名前らしい
『雪葉~、雪葉~』
『う~あ~?』
『かーいな雪葉は~』
『あらあら~恭介は雪葉にべったりねぇ』
『だって可愛いんだもん』
ほんと四六時中、雪葉にべったりだった
『にーにだよ、雪葉~』
『う~? に~?』
『うふふ、この分じゃ初めての言葉は、にーにになりそうね~』
『えへへ~、だったら良いな~。ほら~にーにだよ~』
『に~? んに~? に~に?』
『っ!? ゆ、雪葉が、雪葉が喋った~!!』
『えへ~』
その日、俺はある決心をする。雪葉の面倒は俺が見ると
思い立ったら吉日。その事を母ちゃん達に話すと、母ちゃん達は自立心がどうたらこうたら言い、雪葉を俺に任せる事にしてくれた
幼い雪葉の世話、それは本当に大変な毎日だった
オムツに始まり、夜泣きやご飯の世話。勿論母ちゃん達はフォローしてくれたが、俺が大変だからもう止めたい言う迄は、俺に雪葉の事を任せると言ってくれた
俺は母ちゃんの信頼を裏切りたく無かったし、何より雪葉を激愛していたので、雪葉が幼稚園を卒業し、あれ? もしかして俺よりしっかりしてない? と思い知らされるまで、朝夕問わず、ずっと面倒を見てきたのだ
そんなんだから歳の近い春菜とは余り遊んでやれなかったが、春菜の事だって勿論大好きだ。あいつに何かあれば俺は命を掛けて守る。……言わないけど
まぁとにかくそんな訳だから、ある意味、俺は雪葉の親代わりだと言っても良い。ならば男らしくボーイフレンドとの仲を認め……
「られるか~!!」
「うわぁ!? ……あ、兄貴?」
「……何処へ」
「へ?」
「何処へ行くと行っていた!!」
春菜の肩を掴み揺さぶる
「え、えっと駅前のデパートがどうたらこうたらって……」
「で、デパート……」
デパートで何する気だ、ロリコンが!
「あ、あの……兄貴」
「なんだ!」
「う……な、なんでもないです」
「春菜!」
「は、はい!」
「カニチャーハンで良いか!!」
「あ、ああ!!」