第81話:夏の思い出
この季節になると思い出す
それは梅雨ジメジメとした、いやらしい暑さが薄れ、これから本格的な猛暑が始まりそうな六月中旬頃の事
忘れられない思い出
十二の頃、あたしは六歳年下の弟を連れ家を出た
理由は良く覚えていない。多分くだらない事
くだらない理由でした家出は、目的も目標も、お金すら無い家出
ただ、家に居たく無いから出て来ただけ。しかも関係無い弟を連れて
『お姉たん、どこに行くの?』
『…………』
『お姉たん?』
『お姉ちゃんに任せておきなさい』
『うん。おねーたん』
弟は、ギュッとあたしの手をちっちゃい手で握る
あたしを信じ、あたしから離れないように一生懸命の力で
『……はぁ』
可愛い……
何でこんなに可愛いのかしら? てゆーか流石あたしの弟!
『何があっても、あなただけは守るからね』
水商売でも始めようかしら?
そんな事をボンヤリ考えている内に黄昏れ時。夕日が落ちて、空は暗くなる
夏の夜は訪れるのが遅い。しかしその分、太陽が消える寂しさは一塩だ
家を離れ、三時間。あたしの胸にも心細さが訪れた頃、ふと辺りを見回すと寂しい小道。
背の高い青々とした葉の木立が、道の両側にどこまでも続いている
『…………』
これからどうしよう
心細さは不安に、不安は後悔に変わる
『……おねーたん』
『え?』
『大丈夫だよ!』
弟は、あたしを元気づけようとニッパリ笑った
……あたしより心細い癖に
『……帰ろっか?』
軽い提案
『うん!』
『……うん』
可愛くて優しい弟。心細いのに、あたしを気遣かってくれる強い子
下らない理由で家出したあたしは弱すぎ。こんなんじゃ姉失格よね
『……うん、帰ろ』
怒られるだろうなぁ
長い道程、弟と一緒に来た道をゆっくり戻る
空には上弦の月。風は肌寒い
繋いだ手だけが、あったかい
『疲れたら姉ちゃん、おんぶするからね』
『大丈夫だよ、おねーたん』
『そ、そう?』
……ヤバ、この子可愛いすぎ。あれかしら、天使かしら。何でスカウト来ないのかしら
なんてポーッと見ていたあたしが悪かった。いや、あのオッサンが悪い!!
車が走っている音は聞こえていたし、ライトが近付いて来た事も知っていた。だけど警戒はしなかった