秋の水泳教室 8
「そ、それじゃ練習しようか」
喜びに浸るのは止め、今から俺は鬼教官だ!
「そうだね……。両手を支えるから、秋姉は顔を水に付けてバタ足してくれるかい?」
「……うん」
「よし。じゃあやろう」
両手を差し出すと、秋姉はそっと握った
「……プール最高」
「え?」
「い、いや! それじゃ顔を付けて!」
「ん、…………」
水に潜った秋姉の両手を支え、引率する。始めは戸惑っていたが、次第に足は、バタ足っぽくなっていった
「うん、上手いよ秋姉」
長い足が、水と優雅に舞う。流石秋姉、僅か数十秒でパーフェクトでビューティフルなバタ足だ
「この分なら直ぐに泳げる様になるね。…………秋姉?」
秋姉は休まずバタ足を続ける
「秋姉? 息継ぎしなくて大丈夫?」
バタバタ、バタバタ……バタ……
バタ足が止まった
「あ、秋姉?」
「…………ぶくぶく」
「秋姉!?」
溺れてる!?
「こほ、こほ」
慌てて抱き起こすと、秋姉は苦しそうに咳込んだ
「だ、大丈夫!?」
「こほ、……ん」
背中をさすりながら尋ねる俺に、秋姉はコクンと頷く
「良かった……。あまりに綺麗なバタ足だったから溺れてるとは思わなかったよ」
「……ごめんね」
シュンとする秋姉
「わ、悪いのは教え方が悪い俺だよ! ええい、俺め! ちょっと泳げるからって調子に乗りやがって!!」
秘技、一人喧嘩!
「……恭介の教え方は分かりやすいよ?」
秋姉は俺の手を掴み、再び水に顔を付ける。そして華麗なるバタ足
「……ね?」
バタ足を止め、顔を上げた秋姉は優しく微笑んだ
この微笑みだけで俺は、ドーバー海峡を三往復できる
「あ、ありがとう」
礼を言いつつ確認。
俺の姉は世界一だ!
「ビ、ビール……ビールを……」
世界七億六千二十七位ぐらいの姉がフラフラとこちらへ近寄って来る
「なっちゃん、プールでのお酒は危ないよ。麦茶のも?」
その後を美月が追い、夏紀姉ちゃんの手を取った
「うぅ、的確なアドバイス……」
ガックリと肩を落とし、とぼとぼと歩く夏紀姉ちゃん。背中に哀愁が見えるぜ
「お疲れ美月。今日はこの辺にして、後は適当に遊ぼう」
夏紀姉ちゃんも限界だろうし
「え? う〜ん……うん! なっちゃん、良く頑張ったね! もう少しすればきっと泳げるよ!」
「あ、ありがとうございました教官……」
ニッコリと笑う教官に、駄目生徒は弱々しく笑いフラフラとプールサイドへと向かっていった
「雪葉達も一度上がれ〜休憩だ〜」
「は〜い!」
泳げるようになったらしい背泳ぎを中断させ、元気良く返事をする雪葉
どうやら機嫌は直ったようだな。ふ、可愛い奴め
「よし、みんな上がったな! タオルで身体をふけ〜」
みんなが上がった所で、仕切だす俺。今日は俺がリーダーだ!
「坊ちゃま、タオルでございます」
「へ? ど、どうも……」
黒人さんが慇懃に頭を下げ、タオルを下さいました。周りを見ると、他の黒人さん達が雪葉達にも配っている
「ご苦労様、ブレック〜」
ヒラヒラと手を振る母ちゃん
「は! マダムバタフライ」
黒人さんはひざまづき、胸に右手を当てて母ちゃんに忠誠の敬礼
「……この人達に何をしたの母ちゃん?」
まさかマインドコントロール……
「にーちゃん!」
「おに〜ちゃん」
完全に黒人達を掌握している母に怯える俺の両腕に、雪葉と美月が抱き着いた
「こらこら歩き難いべさ」
「ジュース買いに行こうよ〜」
お、甘えっ子モードだ
「おうよ。じゃ行くぞ〜」
「うん!」
「僕も良いかい?」
「おう、ついて来いや風子!」
まとめて奢ってやらぁ! ……ジュースを
「ふふ。……僕がお兄さんに抱き着けそうなスペースは無いね。残念」
「ん? おんぶしてほしいのか? 良いぜ」
何か教育番組に出てくるお兄さんみたいで、良いかもしれん
「……やっぱりお兄さんは少し女の子の勉強した方が良いね」
「ん?」
良く分からんが、おんぶは要らないらしい
若干残念に思いつつ、三人を連れてプール外にある自動販売機に向かうと、途中でちょんと引っ張られた
「……君は何故、私の海パンを引っ張るのだね?」
振り向くと、花梨さん
「っ!? べ、べつに意味なんて無いわよ!!」
プイっとソッポを向く花梨さん
「って、なんで逆ギレ!?」
イジメ!?
「……まぁ良い。花梨もついて来な」
「え、偉そうに言わないでよ!」
と言いつつ、ついて来る所は夏紀姉ちゃんに良く似ている
「おら、早くビールを注ぎなさい!」
向こうで黒人に命令している夏紀姉ちゃん
「あ、あんなのに似ていて良いのだろうか……」
将来が心配だ
「兄貴〜。私は、かき氷食べたいぞ!」
ジュースを買ってプール場に戻ると、妹がたかって来ました
「お前ね……」
「ふぁ〜美味しかった〜ありがとうお兄ちゃん!」
「ふふ。ありがとう」
「ありがとうな、兄ちゃん!」
「の、飲んであげたわ! 感謝しなさい!!」
「あ、ああ。ありがとう?」
一人おかしい奴が居るが、こんなジュース一つで感謝されると照れてしまうな
「じゃ遊んで来な。後、一時間ぐらいで帰るから」
「はーい!」
缶をゴミ箱に棄て、元気良く子供プールへ向かう子供達
「若さ……か」
なにもかも懐かしい
「ソフトクリームでも良いし」
「お前ね……」
「ああん!? これ発泡酒じゃない! ああ、もう使えないわね! 恭介、ビール持って来なさい!! エビスを五秒以内で!」
「…………」
姉が無茶を言っています
「アイスでも良いんだ、兄貴」
「…………」
「遅い! 二秒経ったわよ! 後三秒!!」
「……ジュースでも良いよ?」
「…………」
誰か助けて……
「さっきからなんなんだよ、あの死んだような目をした男は。美少女や美女達に囲まれて……ハーレムか!?」
「う、羨まし過ぎる」
「……羨ましいだと?」
代わりたいなら代わってやるよ! 地獄だぞ!!
「後二秒よ!」
「は、はぃい! 春菜、五百円やるからアイス買って来なさい!!」
「サンキュー!」
「釣りは返せよ〜」
春菜に金を渡し、走り出す俺
「後一秒!」
北斗神拳並に怖いカウントダウン。もう間に合わない、俺は死んだ……
「はい、姉さん」
「ひぃ!?」
いつの間に用意したのか、生ビールをオボンに乗せた秋姉が夏紀姉ちゃんに差し出した
「あ、ありが……と」
段々と小声になって行く姉
「……余り無茶を言ったら駄目だよ?」
「すみません!!」
直立不動のイエッサー!
「た、助かった……」
冷や汗でびっしょりになった顔を腕で拭きつつ、秋姉にお礼を言うべく近寄る
「ありがとう、秋姉」
「ん。……はい」
秋姉は、まだ使っていない自分のタオルを手に取り、俺に差し出した
「え? な、なに?」
「汗……冷えちゃうよ?」
秋姉は優しく俺の顔を拭く
「あ、ありがとう」
「兄貴〜、二つ買って来たから一緒に食べようぜ!」
アイスを掲げ、戻って来た春菜
「ありがとよ」
ホームランバーか
「お兄ちゃん、遊ぼ〜」
ビーチボールで遊んでいる雪葉達
「……む、無理言って悪かったわね」
ちょっと反省中の夏紀姉ちゃん
「恭介〜母さん腰いたい〜」
腰痛発生の母ちゃん
「全く……」
俺はみんなのパシリかって
「……やっぱ代わってやれないな、こりゃ」
俺じゃないと、この人達はまとめられないぜ!
今日の筋肉痛
夏>>>>>俺>風>母>>雪>月>花≧秋≧春
津軽