月の特訓 2
数分後、夏紀姉ちゃんは戻って来て、リビングのテーブルには百人一首が並んだ
俺と美月は一緒のソファーに座り、前に立つ夏紀姉ちゃんを見上げる
「さて、それじゃ百人一首を教えるわね」
「お願いしまーす!」
「先ずは百人一首の基本的な事から。百人一首は鎌倉時代、藤原定家が100人の歌人の歌を年代順に集めた物が原形で……」
「……なあ兄ちゃん」
美月は俺に体を預けてくる
「これ、聞いて無いと駄目?」
「……いや、寝とけ」
「うん……」
美月は、そのまま目を閉じた
「5、7、5、7、7で構成されるその和歌は……」
……俺も寝たい
15分後
「秋の田の かりほの庵の 苔をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ」
「美月、起きろ」
「ん、うんん? ……あ、兄ちゃん。おはよぉ」
美月は目を擦り、ぼーっとしている
「そろそろだぞ」
「うん?」
「基本的には全部の句を覚えるのが1番手っ取り早いし、良いのだけど最低上の句と出だし2文字と、下の句最初1文字を覚えておけば何とかなるわ」
「2文字?」
「そう。例外はあるけど、殆どの句は最初2文字で判断出来るわ」
「へ〜」
美月が感心した声を上げる
「でもね、2文字だけ覚えようとしても、中々上手く行かない。そこで語呂合わせなのよ」
「語呂合わせ?」
「そう。例えばさっきの天知天皇の歌。秋の田の かりほの庵の 苔をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ」
夏紀姉ちゃんは、よく響く声で読み上げる
「これを、飽きた我が衣って覚えるのよ。同じ服ばかり着ていたのね」
「普段の夏紀姉ちゃんと同うげ!?」
夏紀姉ちゃんは俺に百人一首の箱を投げて来やがった
俺の(怒)メーター7アップ
「あ! 師匠になにするんだ!!」
美月は俺の前で両手を広げて立ち、夏紀姉ちゃんへ向かってウゥ〜と、威嚇をする
……ええ子や
「いいのよ。本当は、お姉ちゃんに構って貰えて喜んでるのだから」
「なっ!?」
「そうなの? 兄ちゃん」
「ち、違っ」
「ほんと、いつまでもガキなのよね〜。ほらほら〜お姉ちゃんでちゅよ〜」
俺の(怒)メーター8アップ!
「さて、それじゃ続きね」
それから一時間。俺達は夏紀姉ちゃんの話を聞き、いよいよ実践する事となった
「いい? 上の句しか読まないから、あんた達は手元にある和歌シートを見ながらならべく早く取るのよ」
シートは夏紀姉ちゃんのお手製だ。
あいうえお順に全和歌が書いてある
昔、これを使って覚えたのかな?
「じゃ、行くわよ。花の色は うつりに」
「はい!」
美月が一枚の札を取る
「どれどれ……うん、合ってる。花の色は うつりにけりな いたずらに 我が身よりふる ながめせしまに……小野小町。歳を取る女の悲しさを歌った歌よ」
「へ〜」
「これはそうね……花の色は我が身より超きれい! あんたと同じで自分の容姿に自信が無いのね」
俺の(怒)メーター10アップ!!
「夏紀姉ちゃん!!」
「何? やる気?」
夏紀姉ちゃんは指をポキポキ鳴らす
「……秋姉〜! 夏紀姉ちゃんが俺を〜」
「な!? ち、ちょ!? や、やめ、ご、ごめん! ごめんなさいって!!」
「……ふふん。これに懲りたら少しは自分の立場を弁えるんだな」
「ぐっ、このガキ……」
「秋姉〜〜〜〜」
「すみません、調子乗っていました。もうしません」
勝った!
「秋なら部活行ってるわよ〜」
洗濯物を両手に抱えた母ちゃんが余計な事を言う
「…………うふふ」
「あ、あはは」
夏紀姉ちゃんは俺に内股を掛け、倒れた俺の上でマウントポジションを取った
「ひ、ひぃい」
「うふふふふふふ」
「兄ちゃん達、楽しそうだなぁ……」
「た、楽しくねぇ!!」
ガチャリ
その時、リビングのドアが開く
そこから現れたのは!!
「…………ただいま」
竹刀を背負った秋姉ちゃんは、いぶかしげに俺達を見下ろしている
「ア、アキ! ………お、お帰り〜」
「あ、秋ね、うぐ!?」
夏紀姉ちゃんに口を押さえられる
「フガフゴ!?」
「き、今日のクイズであんたの好きな食べ物取ってあげる」
俺の耳元に口を寄せ、夏紀姉ちゃんはコッソリと呟いた
「……フガ?」
「一食よ」
「………フゴ!」
「三食〜!? ふざけてるの? あんた」
「フ〜ガ?」
「くっ! 分かったわよ!二食とおやつ一つ!」
俺はこっくり頷いた