第74話:院のため息
ざわ……ざわざわ
公民館二階。大成功に終わった演劇の熱は未だに冷めず、ホールはざわざわと賑わっていた
「いや~本当に助かりました、ありがとうございます佐藤さん」
「いいえ~」
「今回のお礼として……例の物、後でお渡しします」
「うふふ~」
こそこそと怪しげに話している町内会長と母ちゃん。なるべく関わらないようにしよう
二人から離れ、一階のホールへ行くと、切れ長の目を持つジャージ美女と目が合ってしまう
「佐藤君」
美女は俺に笑顔を見せる
「あ、貴女は先週いつの間にかやっていた剣道インターハイ個人予選の準決勝で秋姉にアッサリ破れた綾さんではないですか!」
「はい、こんにちは。殴って良いですか?」
ニッコリ笑顔のまま綾さんは言う
「まぁまぁ、事実なのですから」
その綾さんの後ろから聞き覚えのある声が掛かった
「あ、貴方は偉そうな事を言っといて、ろくなアドバイスも出来ず、アッサリ秋姉に負けたスペシャルアドバイザー(笑)宗院さんではないですか!」
「はい、許可します。どうぞ殴って下さい」
「ラジャー」
綾さんは振りかぶって、俺の頭にゲンコツを落と……す前に、腕を横から掴まれた!
「大丈夫か兄貴」
「は、春菜!? 来ていたのか?」
全く気付かなかったな。子供達の中に紛れていたからか?
「ああ。置き手紙があったから来てみれば……私の兄貴に何をするんだ?」
春菜は腕を離し、綾さんを強く睨んだ。かっこ良すぎる
「何って……」
綾さんは自分の握りこぶしを見つめ、
「フ〇スト〇ァック?」
ぱこん
「あいた!」
「ぶっ飛ばしますよ、いい加減」
宗院さんのこめかみがピクピクしている
「……えっと、お二人は何故此処に?」
「アルバイトです」
「愛人です」
そう言って綾さんは宗院さんの腕を取った
ぱこん
「あいた!」
「ぶっ飛ばしましたよ、いい加減」
「……フ〇スト〇ァックってなんだ?」
「キツネの名前じゃなかったか?」
良く分からんが
「フ〇スト〇ァックと言うのはですね、こぶしを固めて穴に」
ばこん!
「あいた!!」
「本当いい加減にしてください! お願いしますから!!」
「そんなに叩かないで下さいよ。変な性癖に目覚めたら責任取ってもらいますよ?」
「お断りします。……すみませんね、変な子で」
「変から変わる恋もある」
「ねえよ!」
「ねえよ!」
宗院さんと声がハモッてしまった
「おや、声がハモッてしまいましたね。……敵から始まる恋も」
「無いですよ!」
「無いですよ」今度は綾さんと声が重なってしまった
「あ、声が重なってしまいましたね。いっそ身体も重ねて」
「だから無いって!」
誰かなんとかしてくれ!
「うふふ、可愛い。秋さんの気持ち、ちょっと分かっちゃう……ん? あ、噂をすればの秋さん発見です。ちょっと話して来ます」
「どうぞ、ず~っと行ってらっしゃい」
「どうぞ、ず~っと行ってらっしゃい」
またハモッてしまった……
「変な奴。ま、特に何も無さそうだし、もう帰るよ。芝居、面白かったぜ兄貴」
「ありがとよ、帰りアイスでも食べな」
財布から二百円を取りだし、春菜に渡す
「サンキュー!」
めっちゃ笑顔だ
「春菜は良い子だなぁ」
しみじみ
「?」
「気を付けて帰れよ」
「ああ! じゃあ後でな」
春菜は手を振り、元気良く去っていった
残されたのは俺と宗院さん
「いや~良い子ですね~。……あれと違って」
宗院さんは溜め息混じりに言う
「でも二人は仲良いですね、バイト迄一緒なんて」
「ははは、そんな事無いですよ。勘弁してください」
「またまた~、実は満更でも無いんでしょ?」
「本当……本当に勘弁して下さい……」
めちゃくちゃ嫌そう
「彼女は私をからかって遊んでいるだけです。それに私も年下の女性には興味無いですから」
「なるほど、年上好きですか」
そう言えば母ちゃんに抱きつこうとした時もあったな
「ははは、年下の『女性』には興味ありません」
「…………」
なんだこの寒気は