夏の白雪姫 4
《むかしむかし、それはもう若くて美しい素敵なお姫様がいました~》
午後六時過ぎ、遂に始まった白雪姫
会場である公民館二階の大広間には、五十人を超える子供たちと、その親御さん。町内会の人達が、所狭しと床に座り、ジッと前を見ている。
前とは即ち舞台なのだが、普通の多目的ホールに紙やダンボール、発泡スチロールで作られた背景と、黒いカーテンで仕切られた舞台裏を用意しただけの簡易的なものだ。だが、やはり舞台は舞台。上がると緊張してしまう
その舞台の裏で母ちゃんはピンマイクを付け、ナレーションをしている。
因みに俺はと言うと、暫く出番がないので、母ちゃんの横でコッソリ舞台を覗き見ている訳だ
しかしあれだね、中々ナレーション上手いね
《そのお姫様は、肌が雪の様に白い事から白雪姫なんて呼ばれて調子に乗っていましたが~》
うんうん…………あれ?
「か、母ちゃん?」
今、微妙なニュアンスがあった様な……
《白ければ良いってものではないし、若ければ良いってものでもないと思うの~》
《それ、母ちゃんの個人的な意見でしょ!》
マイクに声が入ってしまい、見ていた親御さん達の爆笑がホールに響く。……恥ずかしいな
《とにかく~、余りにも美しかった白雪姫は、自分より美しくなることを恐れた王妃様の怒りを買い、恐ろしい原住民が住まう深い森の中に捨てられました~》
「だから原住民じゃないって……」
《いつまでも若く美しくありたい。女としては分からなくもないけど、人として、母親としては最悪よね~》
《だから一々感想入れないでくれって!》
再び爆笑。恥ずかしい……
《それはともかく、三年の月日が経ちました~》
一度照明が消え、黒子達が素早くセットを変える。そろそろ俺の出番だ
俺はこそこそと舞台に上がり、小道具である鏡台の裏に隠れる。後は出番を待つだけ
《此処は王妃様が住まう不夜城。ネオン煌めく城下とは対照的な暗い部屋で、王妃様はいつもの様に魔法の鏡に問いかけます》
ネオンは煌めかないけどね
《……魔法の鏡、答えて》
黒いドレスを着て、少し濃い目の化粧をした秋姉が、甘い声で囁く
な、なんて魅惑的な王妃様なのだ……
《……この世で一番美しいのは誰?》
《それは貴女様です》
間違いなく
《ん……他には?》
《貴女様が一番です》
どう考えても
《で、でも……》
《天下無双にてござりまする》
天下統一や!
ひゅーん、ぱこ
「いて」
秋姉に見とれていると、側頭部に何かが当たった
「テッシュ箱?」
飛んできた方向を見てみると、舞台の陰から……
「ひっ!?」
合わせただけで寿命が縮んでしまいそうな目が、俺を睨んでいた
ま・じ・め・に・や・れ!
夏紀姉ちゃんは、口パクでそう言う
《で、ですが最近、白雪姫という女性がヤバいぐらい美しくなっているとか……》
《ん。……私より綺麗な人……許せない》
《でも王妃様と比べると、大した事無いですよあんなの》
ひゅーん、ぱこ
「またテッシュ……」
飛んできた方向を恐る恐る見ると……
コ・ロ・ス!!
《し、白雪姫が一番や!》
《ん。……白雪姫、許せない》
《魔法の鏡によって自分より美しい者、白雪姫が生きていることを知ってしまった王妃様。今、美に全てを懸けた女の戦いが始まろうとしていました~》
何だかエステのコマーシャルみたいだね