夏の白雪姫 3
「ひ、姫を連れて参りました……」
ヘッドロックを喰らいながら、夏紀姉ちゃんに事情を説明する事、五分。ようやく母ちゃんが待つリビングへ連れて行く事に成功した
「ご苦労様、冷蔵庫にアイスがあるわよ~。それと夏紀、家の中とはいえ流石にその格好は母さん、どうかと思うわ~」
「だって暑いんだもん」
母ちゃんの呆れ声に、甘えた声で答える姉ちゃん。
そう、夏紀姉ちゃんは未だに下着姿なのです。いや~、バカですね~
「ん? ひぃ!?」
獲物を狙う鷹の様な鋭い双眼が、俺を捉えていた
「名、何でしょうか? お姉……様」
段々と小声になってしまう
「ん? あれ? 今、馬鹿にされた様な気がしたんだけど……気のせいかしら」
もう野生の動物より凄いですね、姉様は
「風邪引いても母さんしらないわよ~」
あ、心配しているのはそっちなのね
「ところで、恭介から話は聞いたかしら~」
「聞いたけど、白雪姫でしょ? あたしの柄じゃないって言うかなんて言うか……」
珍しく言い淀む姉ちゃん。今だ!
「そんな事無いって! 姉ちゃんは美人だし、カッコいいし頼りになるし、優しい?
し、白雪姫にピッタリさ!」
姉の機嫌を取るのに必死な俺
「……ふん、調子の良いこと言って! そんな見え透いたおべっかいで、あたしの機嫌をとろうとしても無駄よ!!」
夏紀姉ちゃんはプイッとそっぽを向いてしまう。しまった、怒らせた?
「顔がにやけているわよ~」
「に、にやけてないわ! と、とにかくあたしには無理よ母さん。アキにでもやらせれば?」
ナイス姉ちゃん!
「う~ん、台詞多いいから、ちょっと大変だと思うわ~」
確かに秋姉は口下手だからなぁ
「白雪姫ねぇ……」
めっちゃ面倒臭そう
「そういえば、叔父様から百年の孤独ってお酒を今度頂くのよね~。でも母さんお酒飲まないし、どうしょうかしら~」
「あたしが白雪姫よ! おっほっほ」
腰に左手を当て、右手は甲を顎の側に添えて、高々と笑う白雪姫。
世の中に光と闇があるならば、この白雪姫は間違いなく闇に属するだろう
「それじゃあ決定~。母さん安心したわ~」
何で母ちゃんが安心するのか分らないが、取りあえずキッチンの冷蔵庫へと向かう
「お、ガチガチ君の……ス、スパイシービーフカレー味」
秋姉が好きなんだよなこれ……。
えっと、他には……
「雪葉も手伝ってくれるんだろ?」
リビングに戻り、しょげてソファーに座っている雪葉にラムネ味のガチガチ君を渡す。俺はコーラだこら(流行らせたい)
「うん。もちろんだよ、お兄ちゃん」
目に見えてガッカリしていると言うのに、雪葉は笑顔で頷いた。ふ、すっかり大人になりおって
「アンタよりずっと大人よね」
「……最近の姉様って僕の心を読んでいませんか?」
的確に嫌味を言ってきやがる
「アンタの心なんて読んでも何も得しないわよ。ええと、雪葉の役は原住民?」
「……何を言っているのですか姉様は」
原住民って何の芝居だよ
「ほら、出てくるじゃない。オッサン顔のちっこい奴らが」
「……もしかして七人の小人の事を言ってる?」
「あ~小人だっけ、老け顔の小人が斧とかマサカリで襲ってくるのよね、白雪姫は渡さんぞ~って」
「何その怖い話!?」
トラウマになるわ!
「夏紀には後で絵本を見せる必要があるわね~。雪葉、森の小人さんやってくれる?」
「うん」
「ありがと~。それじゃ後はナレーターに王妃様、魔法の鏡だけど~」
母ちゃんは紙とペンを用意し、サラサラと書いてゆく
「できたわ~」
そして、その紙を俺たちに見せた
〔白雪姫〕
・白雪姫、夏紀
・王子様、恭介
・小人さん、雪葉
・王妃様、秋または春菜
・魔法の鏡、恭介
・ナレーター、母さん
・他、暇そうな人
「……俺の名前が二つありますね?」
「鏡は男の子の声じゃないと~」
「暇そうな人とは?」
「町内会の人たちよ~。兵士とか木とかゴキブリの役~」
「王妃様は秋姉か春菜?」
「先に帰ったほうが王妃様~。二人ともいつ帰ってくるか分らないけど、王妃様は台詞が少ないから大丈夫よ~」
「……」
色々言いたいことはあるが……
「それじゃ台本読みましょう。そして練習よ~」
練習が始まって一時間が経った頃には、部活から帰った秋姉も加わり、俺達家族はお遊戯会が始まる午後六時まで特訓を重ねる。
その甲斐あって、ある程度見られるぐらいになった所で時間切れ
「さ~行くわよ~」
「お~」
「お~」
「お~」
「…………お~」
俺たちの戦いが今、始まる!