月のわんこ 4
「タ、タロ? どうしたのタロ!?」
卵を買い、スーパーを出た俺達。
スーパーの前では、うずくまっているタロを美月が必死に呼んでいた
「タロ! タロ!!」
「どうした、美月!」
「に、兄ちゃん……。タロ、急に元気無くなったの……ど、どうしよう」
美月は涙をぽろぽろと流し、すがるように俺を見つめた
「タロ?」
呼ぶと、タロは弱々しく俺を見上げる
「……病院だ。病院に行くぞ美月!」
「え……う、うん!」
「よし!」
タロを抱き抱え、俺は記憶を辿り動物病院がある場所を思い出す。確か隣の駅近くに……
「よし、あっちだ。行くぞ!」
「待ちなさい!」
走り出そうとする俺を、母ちゃんが鋭く呼んだ。急いでるってのに!
「なんだよ!?」
「お金を持って行きなさい。後、病院まではタクシーを利用するのよ」
母ちゃんは俺に近寄り、財布から三万円を出した
「あっ! ありがとう、母ちゃん!! ほら、行くぞ美月」
「う、うん! ありがとう、雪のママ!!」
「気をつけるのよ~」
※
【犬猫病院ヤブ】
駅前で拾ったタクシーが連れて来てくれた病院の名前だ
過激な名前の病院だが、タクシーの運転手によると腕は良いらしく、建物も二階建てで立派だ
「だけどヤブって……」
「兄ちゃん……」
美月は不安げに俺を見上げる
「……入ろうか」
ヤブ医者だったら俺の必殺パンチを喰らわせてやるぜ!
「……うん」
美月は俺の裾を掴み、頷いた
「いらっしゃいませ~。ヤブにようこそ~」
病院に入ると、スカートの短いピンク色のナース服を着た色っぽいオネエサンが現れた。キャバクラ?
「……ほ、他の動物病院に行こうか」
「で、でもタロが……」
俺の腕の中で、元気なくヘバっているタロ。
……他の所へ行っている時間なんて無いか
「あ、あの……。コイツを見て欲しいんですけども」
恐る恐るオネエサンに近付くと、強い刺激臭がした。
これは香水などでは無く、アルコールの臭い?
「どれどれ」
色っぽいオネエサンの目が真剣になる。命を預かるプロの目だ
「……疲労が溜まっているのかな? ちょっと待っててね、今先生を呼ぶから」
オネエサンは、建物の奥に入ってゆく
「お~い、ヤブ~」
やっぱりヤブか!?
俺は、いつでも必殺のアッパーが打てる様に構える
「先生って呼べって!」
そして奥からピンクナースと現れたのは、無精髭の中年オヤジ。厳つい顔に、くたびれた白衣が哀愁を感じさせる
「……駄目だこりゃ」
「おいコラガキ! 人のツラ見ていきなり駄目だって失礼過ぎるぞ!!」
「いや、でも、つーか……ねぇ」
ピンクナースに意見を求めると、ピンクナースは首を横に振った
「人間としては駄目な部類だけど、医者としては凄いよ~」
「悪かったな、駄目人間でよ! たく……で、患畜は、そのわんこか?」
「わんこって……先生が言うと気持ち悪い」
「ぶっ飛ばすぞテメェ! …………ああ、疲労だなこりゃ。年齢が高くなると、疲労が中々抜けねぇんだよ。だから積もっちまって、こういう風にヘバっちまうんだ」
喧嘩しながらも、中年オヤジはタロを手早く診察し、奥に連れて来いと指示を出す
若干疑いつつ、言われた奥に行くとドアがあり、開けると手術室の様な作りになっている部屋へと出た
「少しマッサージしてやるから、台に寝かせろ。椿、温いミルクな」
「は~い」
「マッサージ?」
タロを台に乗せ、尋ねる
「犬も人間と同じ様に乳酸が溜まって、筋肉が凝るんだよ。だから解してやるんだ」
中年オヤジはタロの身体を、キュッキュッと揉みだす。
タロは苦しそうにしながらも、どこと無く気持ちよさそうだ
「とにかく何日間か、散歩しないでゆっくり家で休ませるんだな。後は栄養のあるもん食わせてやれ」
「じゃあ、タロは大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫だ」
そう言って中年オヤジは始めて俺達に笑顔を見せた。厳ついけど、笑うと愛嬌があるな
「……良かった、タロ」
まだヘタッているタロの顔に近付き、鼻先を優しく撫でる美月。
タロは短く鳴き、美月の鼻を舐めた
「……良い関係を築いているな、タロは飼い主を信頼している。だからタロは簡単に身体を触らせてるんだぞ?」
「そうなの?」
「ああ。犬ってのは基本的に他人には身体を触らせ無いんだ。俺が触っている事も相当気に食わないだろうよ。
だが飼い主は触らせる事を許可してる。だからタロは大人しくしているんだ」
「……なるほど。しからば俺も頭を撫でて……」
「ウ~~~~」
「なんで俺だけ……」