第1話:賑やか家族
「ちょっとアマゾンへ」
会社でリストラされた親父が言った一言。その言葉を最後に親父は蒸発した
第1章
【アマゾンの秘宝】
「なんで止めなかったんだよ、馬鹿兄貴!!」
親父が失踪した次の日。親父の部屋から見付かった日記帳や手紙を見て本当にアマゾンへ旅立った事が分かり、父ちゃんっ子だった春菜は俺に噛み付いた
「だから通販だと思ったんだよ! 最近、妙に凝ってたしさ!! だいたいお前だって、いきなり『ちょっとアマゾンへ〜』なんて言われて止めるか普通? あれじゃ近所のスーパーへ行くレベルだそ!」
「だーかーら馬鹿なんだよ兄貴は! Amaz○nとアマゾンじゃ発音が全然違うだろ!」
「あ〜ん? じゃ……アマゾン! 今のはどっちだ!」
「…………う、うるさい馬鹿野郎!」
「こーら、お兄ちゃんに馬鹿なんて言っちゃ駄目よ〜」
キッチンで昼飯を作っていた母ちゃんが、リビングで言い争う俺らの間にノンビリと割って入った
「でも!」
「は〜る〜なちゃん?」
にこやかに笑っている母ちゃんの目が、一瞬光った!
「何でも無いです! ごめんなさい、お兄様!!」
春菜は最敬礼をし、コソコソと部屋へ逃げ帰っていく
「ふぅ……。それにしても困った人よね〜」
「ああ。たく、あの親父は何をやってんだか」
母ちゃんと暫くため息をついていたら、廊下へと続くドアが突然開いた。入って来たのはタンクトップと下着姿の夏紀姉ちゃんだ
「さっきからうるさいわね〜。アタシ、昨日徹夜なのよ? ゆっくり寝かせろっての」
めっちゃ酒くさい
「あのねぇ、それどころじゃ無いでしょうが。親父がアマゾンへ行っちゃったんだぞ!」
「アマゾンでもストロンガーでもどっちでも良いから静かにしなさいよ」
言いたい事だけ言って、また出て行った。2階にある自分の部屋に戻ったのだろう
「あの子、昨日男の子三人持ち帰って来たから疲れているのね〜。ゆっくり休ませてあげましょう」
「いや、怒ろうよそれ!」
朝コソコソと出ていった奴らはそれかよ!
「だいたいな母ちゃん」
母ちゃんに詰め寄ろうとした時、玄関から「ただいま」と声がした。これは雪葉だな
「おかえり」
「あ、お兄ちゃん帰ってたんだ!」
パタパタと、珍しく廊下を走って俺の所へとやって来た雪葉は、ランドセルを下ろしてその中を探し始めた
「雪葉?」
「ちょうど良かった。ねぇお兄ちゃん、さっき面白そうなDVDを借りて来んだけど、今から一緒に見よ?」
「それどころじゃ無いんだけどな。どれどれ」
レンタルの袋を受け取って開けてみるとーー
「ん、何々? アニメ、濡れた魔法少女(妹)止めてお兄ちゃん、そこはおへそなの……か。わー面白そーってこんなもん見れるか!!」
DVDを床にたたき付ける!
「きゃっ!? お、お兄ちゃん?」
「駄目じゃないか雪葉! まだ小学生なのにこんなもの……を」
雪葉の体は震え始め、その目からはポロポロと涙が零れ落ちた
「ゆ、雪葉?」
「あ……ご、ごめ…………ひくっ、ごめんな……さい、お兄ちゃん」
「い、いや、え、ええと……よし!」
何がよしやねん!
「はい……雪葉、お部屋戻るね」
「あ、ああ」
「…………」
雪葉はDVDを拾い、それをランドセルに入れた後、トボトボとリビングを出て行った
「雪葉……」
泣かしてしまった
「今のは貴方が悪いわね〜。後で謝っておくのよ〜」
一連のやり取りを黙って見ていた母ちゃんが、俺を諭す様に言う
「う、うん分かった……って、どう考えてもあいつの方が悪いでしょ今のは!」
俺も少しは悪いかもしれないけど!
「こーら。人のせいにしたら駄目でしょ。めっ!」
「めって……、だってあいつまだ小学生だよ? あんなDVD見てたら将来、歌舞伎町の蝶になっちゃうよ?」
てか貸すレンタル屋が一番悪い! ええぃTSU○AYAめ!!
「大袈裟ね〜。あの子はお兄ちゃんと妹って単語と、可愛らしいパッケージが気になったから借りて来ただけよ。内容なんか理解してないわ〜」
何で怒られたのかも分かってないわと母ちゃんは言うが
「そういう問題じゃないだろ! あんたの教育甘すぎない!?」
「…………あんた?」
母ちゃんの細目がギラリと光る!
「ま、ママ」
「あら〜懐かしいわね〜。昔はママ、ママって呼んでくれてたのよね〜」
ママ、もとい母ちゃんは俺を抱きしめ、いい子いい子と頭を撫でてきた
「や、止めてくれよ、母ちゃん」
「そお? 残念……」
母ちゃんは本気で残念がっている
「たく…………ハァ」
後で雪葉に謝ろう
「………………」
「…………ん? うわっ!」
いつから居たのか、俺の横に制服姿の秋姉が立っていた。相変わらず忍者のように気配がない
「………………ただいま」
「お、お帰り」
「お帰りさない〜」
「…………ん」
秋姉は持っていた竹刀とバックを置き、冷蔵庫からプリンを取り出す
「もうすぐお昼よ〜?」
「べつばら」
皿を出し、若干プルプル震える指でプリンをプッチン。形が崩れるのを恐れているらしい
「秋姉〜、みんな酷いんだよ〜」
側に行って泣き付く。秋姉は昔から俺の味方なのだ
「ん」
俺の頭を、大丈夫だよと撫でてくれる秋姉。俺の心が癒される
「親父がいなくなったってのに、みんな自分勝手でさ〜」
「……………お父さんが?」
「そうなんだよ! なのに夏紀姉ちゃんなんて話すらまともに聞かないんだよ〜」
まったくとんでもない女だぜ!
「……ん、分かった」
そう言うと秋姉は突然ガタンと立ち上がり、スプーンを手に持ったままにキッチンを出て行ってしまった
テーブルには半分残ったプリン。愚痴ばかり言って怒らせてしまったかな……
「ち、ちょ! あ、アキ、こ、こらぁ!」
「な、なんだ?」
暫くして廊下の方が騒がしくなり、慌てて行ってみると、秋姉に首根っこ捕まれた夏紀姉ちゃんが半泣きで引きずられている所だった
「あ、秋姉……様?」
「………はい。私にもあとで話を聞かせて?」
「う、うん……」
優しく微笑み、俺に夏紀姉ちゃんを渡してキッチンへと帰っていく
廊下に残されたのは唖然とした俺と、下を向いてしゃがみ込んでいる夏紀姉ちゃん 。こめかみがピクピクと震えているのは怒りからだろうか
「……あ、夏紀姉ちゃん。僕、宿題あるから」
ガシッ!!
逃げ出そうとしたが、足首を捕まれてしまった!
「……ちょ〜っと、お姉ちゃんの部屋に行こうね〜」
口元は笑っているが、目が全く笑っていない
「や、やだなぁ姉ちゃん。僕もうすぐお昼でえぇぇ!?」
今日の力関係
母>秋>夏>春>雪>俺≧父
つづく。生きていれば