ヴァニラとコーン
「う、動くな賞金首! おとなしくボクと一緒にこい!」
眼前に突き付けられた鉄の管は小刻みに震えていた。
ライフリングの施されたそのあなっぽこの奥には、本物の弾丸と火薬、そしてその尻を叩くハンマーがあるのだろう。引き金を引けばそれらはカタログスペック通りの火を噴くはずだ。
小川のほとりで、午睡のまどろみをタバコの煙のようにくゆらせていたヴァニラ・ロビンスは寝起きに空を見上げるのと何ら変わらない瞳で、突き付けられた銃口を見つめる。
午後の暖かな光が、頭上に立つ少年の陰に遮られ、寝転んだままの彼女周りの空気が少し冷えた。
「ヘタな、て、抵抗はするなよ、少しでも動いたら、撃つ、ぞ!」
数度瞬きをして、徐々にクリアになっていく視界。銃口の向こうに見えたのは白い肌をした身なりのいい少年だった。陽光に輝くトウモロコシの毛のように輝く金髪は、神経質なほどにすき整えられ、一目で上流の生まれだとわかる。おそらくは銃をろくに見たことすらないだろう。
ヴァニラは、昼寝を邪魔されたいらだちを小さなあくびと共に吐き出し寝ころんだまま言う。
「オイ少年、銃は下に向けて撃つと重力でハンマーの位置がズレて暴発する事、しらないのか? その白い手が吹っ飛ぶよ?」
「え!?……あッ……ウソ!?」
「ああ、安心しな、ウソだ」
――え?
少年がその言葉の意味を理解したときには、ヴァニラは寝ころんだ状態から身をひるがえし、少年の銃を片手で制しながら、少年の背後に回り自分の銃を突きつけていた。
「……あ」
少年のまぬけな反応に思わずヴァニラは苦笑してしまう。形成が逆転した悔しさも絶望も、いまだに脳には飛来していないらしい。
「さぁ、小さなガンマン。ここからどうする? 人に銃を突きつけたんだ最低限死ぬ覚悟はできてるよな?」
ヴァニラは挑発的に少年の耳元で告げる。
少年のこめかみに硬い銃口が押し付けられる。
姿勢だけ見れば、それはまるで仲睦まじい姉弟がじゃれているように見えるのかもしれない。ヴァニラの左手は少年の左肩をおさえ、女性にしては長身な彼女の豊かな胸と腕は、少年を完全に包み込みお互いの鼓動すら伝播するほどに密着している。
少年の体が緊張でこわばるのを、ヴァニラは密着している肌で感じ、同時に、いまさらかよ、と思う。
この少年が何のために賞金稼ぎの真似事なんてしてるのか知らないが、現状の実力判断力共に落第以下だ。
このまま引き金を引いても、ヴァニラとしては一向にかまわないのだが、さてどうしたものか、と考えていると、先に口を開いたのは少年だった。
「おまえ、ヴァニラだろ? 指名手配犯ヴァニラ・ロビンス」
本人が自覚しているかはわからないが、その声は、内心の怯えをまったく隠せてはいない。
「おいおい、そんなバカな、私は賞金稼ぎだぜ? そんな私が指名手配なんてされるわけがーー」
「それも知ってる、賞金稼ぎでありながら賞金首、ヴァニラ・ロビンス」
「へえ、よく知ってるな。 ちなみにボウス、お前には懸賞金かかってたりしないのかい? そしたらこの引き金が軽くなる気がするんだが……」
少年の右のこめかみにあてた銃にほんの少し力を上乗せする。
「うっく、僕はコーン・フレット賞金稼ぎだ!」
「賞金稼ぎ? お前が? とても小遣いに困るような身なりには見えないがね。何でお前みたいなのが賞金稼ぎやってんだ?」
明らかに少年の身元には何かある。さして興味のないことだが、珍しい動物を見た気分でヴァニラは聞いた。
「うるさい! お前には関係ない!」
――ほう、とヴァニラは内心で少し感心した。
賞金稼ぎとしてはスタートラインにも立っていない少年だが、銃を突きつけられて啖呵を切る度胸は、すこしだけヴァニラの興味を引いた。
「そうかい」
そういってヴァニラは右手に力をこめる。
撃鉄を引くため、ではない。コーン少年のこめかみから銃が一時だけ離れ、つぎの瞬間少年の脳が衝撃により揺れる。ヴァニラの銃底が少年の後頭部をしたたかに打ったのだ。
「ヴァニ……」
草原に吸い込まれるように倒れゆく少年が意識を手放しながら見たのは、歩き去るヴァニラの後ろ姿だった。