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第8話 魔法の蜂蜜

どう考えてもおかしい。

ポチ丸の吐く炎は塵すら残らない、青いドラゴンの炎だ。


「女王は火に強かったのか……」

「炎に耐性のある虫さんなんて、存在するんですか?」


チェリアさんの貼っていたバリアが解除され、チェリアさんとダンバ君が無防備になっている。

逃げろって言いたいけど、女王の行動パターンとか知らないから指示を出せない。


「とりあえず、ポチ丸は後ろで待っててくれ」

「うん……」


完全に勝利を確信していたんだろう、ポチ丸の精神的なダメージは大きいようだ。

長いドラゴンの首を垂れ、ゆっくりと俺の後ろに移動していく寂しそうな姿が、まるで親に叱られた直後の少年のように寂しげに見える。


「来いよ女王、俺がやっつけてやる」


俺がそう呟くと、女王は俺たちの方へと急降下してきた。

--返り討ちにしてやる!


「ふんっ!」


槍を地面に刺し、それを軸にして飛び上がる。

上手く女王の背後に回り込めた、あとは背中の羽根を--


「キィィィィッ!!」


槍で女王の背中に生えた大きな羽根を切り落とす。

見た目通りの重さだったのだろう、羽根を切られた女王は鉛玉のような音をたて、地面に墜落した。


「ゴウ、凄い……!」

「そんな事ないよ、ポチ丸の方こそ家来を沢山倒してくれたじゃないか」


ポチ丸が恍惚の表情で俺に歩み寄る。

むしろポチ丸がいなかったら家来達を倒すことすら困難だっただろうし、俺の方こそ「凄い」ってポチ丸を称えるべきなのにな。


「お怪我はありませんか?」

「大丈夫ですよチェリアさん、この通りピンピンして--っ!」


腕に激痛が走り、地べたに蹲る。

攻撃は一度も受けてない、何だこれ……!


槍を握っていた右腕が発熱し、激痛を起こしながら湯気が出ている。

感じたことも無い正体不明の肌が焼けるような激痛に、槍も握れなくなった俺はただ叫び声を上げるしか出来ない。


「キキッ…… キキキッ……!」

「なんだよ、そんなに楽しそうに、俺に何したんだよ……!」


羽根を切り落とされた女王は俺の方を向き、ざまあみろと言いたげな奇妙な鳴き声を上げ始める。

しかしすぐに女王は動かなくなった。 力尽きたんだろう。


「酸だ、羽根の所から酸が出てるんだ……!」

「酸?」


ポチ丸が用心深く女王に近づき、匂いと羽根のあった場所を観察した結果、俺の腕の痛みが酸から発生している事が発覚する。

そういえば羽根を切り落とした瞬間に、何か水みたいな物が飛び出してきたような……


「チェリア、酸を治せる魔法って無い!?」

「そ、それは上級の魔法でも可能かどうか分かりません……!」


チェリアさんは涙を溜めたポチ丸に腕を掴まれ、杖を両手で握り締めたまま、チェリアさんの方が先に涙を流した。

そんな状況の中、ダンバは--


「痛いと思うけど、我慢して」

「はっ……?」


混乱状態にいるポチ丸とチェリアさんに反応ひとつ見せず、俺の傍に来た。

そして先程木に塗っていた蜂蜜の瓶の中身を左人差し指に付け、俺の右腕の湯気が出ている辺りに塗る。


「舐めてよし、かけてよし、塗ってよしの父ちゃん印の秘伝蜂蜜……」


そう呟きながらダンバは必死に蜂蜜を塗りたくっていく。

しかしどうだろう、肉が焼けるような嫌な臭いが薄れていくどころか、肌の痛みがみるみる改善していくのだ。 まるで魔法でもかけられたような効果だ……


「ははっ、マジだったのかよ父ちゃん……」

「ダンバ君この蜂蜜って……」


痛みが消えたので右腕を見ると、傷どころか何も残っていない、綺麗な状態に戻っていた。

内側の傷すら完璧に治したのか?


「母ちゃんを治すために父ちゃんが必死こいて合成した、特別な蜂蜜」


ダンバはそう呟いて立ち上がり、残りをポケットに仕舞う。

その横顔は嬉しそうで、どこか後ろめたさを醸し出している何とも形容しがたい表情だ。


「母ちゃんが治らねぇ病気で、父ちゃんが母ちゃんの大好きだった蜂蜜を使って薬を作ったんだ。 その結果がソレだよ」


ダンバ君は俺の腕を指さした。

酸で焼けていたはずの、綺麗で何も無い腕を。


「お母様は治ったんですか?」

「間に合わなかった。 それに父ちゃんは見舞いにも来なかったから、オイラは父ちゃんが許せなかった」


俺たちに背を向け、ダンバが心の内を吐き出す。

涙を我慢しているのか、声が震えている。


「見舞いにも来ないで実験だ何だって家から出もしねぇ父ちゃんが嫌だった、母ちゃんは薬より、父ちゃんの顔を見せてくれって言ってたのに……」

「なっ、泣かないでダンバ……!」


俺の怪我が治って泣き止んだはずのポチ丸は再び涙を貯めてダンバに近づく。

こんな光景、どこかで見た気がする。


「あのバカ父ちゃん、薬作るなんてした事ねぇクセに……!」

「ポチ丸さん、変わりますよ」


チェリアさんはダンバ君を後ろから抱き締めるポチ丸と交代し、正面から腕を背中に回して胸にもたれさせた。

途端にダンバ君は号泣し始めたので、俺とポチ丸は空気を読んで息絶えて放置された女王の調査を開始する。 もちろん、酸に気をつけながら。


「虫の中身ってこんなに空っぽなのか?」

「ボク燃やしちゃうから分かんないけど、多分そうなんじゃない?」


羽根を切り落とした断面から女王の内部を覗いてみると、中には臓器一つ入っていないのだ。

さすがに中身が空洞になってる生物なんていないだろ。 虫に詳しくない俺だってそのくらい分かるぞ。


「それにこんな中身空っぽで、酸はどうやって作るんだ?」

「あっ、確かに!」

「ポチ丸が吐く炎は、身体の中にそういうのを作る専門の器官があって、そこから出てるんだよな?」

「そうだよ、ボクは見たことないけどね!」


虫が光合成するわけないし、女王にとっての皮膚に酸が含まれてるにしては出てきた量が多すぎる。

とすると考えられるのは--


「召喚獣か?」


熟練の、虫に特化したサモナーが特殊な強化か何かを施した召喚術を使ったって言うなら理解出来る。

いや、むしろそう言われないと理解出来ないってこれ。


「サモナーかぁ…… でも虫?」

「そうだよな、こんなに虫ばっかり召喚して何がしたいんだって話なんだよ」


人を困らせたいだけ?

でも木を食べるような虫を召喚しても、メリットが無いどころかデメリットしか無いんじゃないか?


「木が嫌いなんじゃない?」


ポチ丸はしゃがみ、女王の頭部を右人差し指で突き始めた。

こりゃ完全に興味無いんだな。


「美味しくはなさそうだね、この虫」


雷のような爆音でお腹を鳴らし、ポチ丸は後頭部を掻いて「えへへ」と照れながら立ち上がる。


「ダンバ君が泣き止んだら家に送って、そしたらチェリアさんに早めの晩飯を作ってもらうか」

「それ賛成! ボク、かっ飛ばしちゃうよぉ!」


意気揚々とポチ丸は屈伸や前屈等の準備体操をし始め、ダンバ君との空気の差が申し訳なくなってきた。


「ゴウさん、ダンバ君がお家に帰るそうです」

「ありがとうございますチェリアさん。 落ち着いたかいダンバ君?」

「おう……」


ダンバ君がチェリアさんから離れ、俺に近づくと、目が赤くなっていて、泣き腫らした事が分かる。

俺も一応頭を撫でてやろうと手を伸ばしたが、軽く払い除けられてしまった。


「報酬って何がいいわけ? 金?」


俺達の前で泣いてしまったことが恥ずかしいんだろう、嫌悪感が含まれている声と鋭い眼差しが俺に向けられる。


「ダンバ君のお父さんって、木工職人なんだよね?」

「おう……」


俺の質問にダンバ君を含め、ポチ丸とチェリアさんも首を傾げた。

もちろんこういう場面で「礼はいらないよ」と言えるのが真のヒーローだけど、一応これを仕事にしてるし、報酬が無いと生活が出来ないから仕方ない。


「看板って作ってくれると思う?」

「「「はい?」」」


三人は大きな声で素っ頓狂な声を上げ、目を大きく開けて一斉に俺を見つめる。

看板は店を始める上で最も重要な事だとハウトゥー本に書いてあった気がしなくもなく、そもそも看板が無ければ俺達が仕事をしている事も知られないだろうと考えたのだ。


「大丈夫なんじゃねぇの……?」


お父さんの仕事を手伝った事が無いから分からないのだろう、ダンバ君の返答は歯切れが悪かった。


「ダンバのお家ってどの辺? よかったらボク達送ってくよ!」

「いいよそんなの……」


ポチ丸は一人で森の出口へと足先を向けたダンバ君の背後から肩を掴み、そこから上半身だけ回り込むようにしてダンバ君の顔を見る。


「良くないよ、ダンバ君を無事に家に返すまでが俺達の仕事だからさ。 無理やりにでもポチ丸に乗せてくから」


俺もダンバ君を正面から引き止めると、ポチ丸は後ろに下がって胸に手を当てた。


「グオオオオオオオオッ!!」


ブラックドラゴンの姿に戻ったポチ丸は遠吠えを上げると、俺達に背中に乗れと合図をする。

逃がすまいと俺はダンバ君の肩を掴んだま、ポチ丸に近づく。


「大人しく乗ってな、帰るまでが仕事って言うだろ?」

「聞いた事ねぇよ」

「チェリアさんも帰りましょう、どうぞ」


ダンバ君を乗せ、俺達を後ろで見守っていたチェリアさんに手を伸ばす。


「ありがとうございますゴウさん、お言葉に甘えさせていただきま--」

「「あっ……」」


俺とチェリアさんが固まる。

無意識にチェリアさんをポチ丸の背中に乗せようとして伸ばした手が重なり、やけに気まずい空気が流れた気がしたからだ。


「すっ、すみませんチェリアさん……!」


すかさず手を離し、チェリアさんをチラリと見る。

嫌な顔されてたらどうしよう、汚い手で触っちゃった……!


「です……」

「えっと、もう一回言って頂けませんか?」


チェリアさんが俯きながら呟いた小さな一言を聞き取れず、申し訳ながらにもう一度尋ねる。


「王子様みたいで、カッコよかった…… です……」

「ふぇっ!?」


もう一度呟いたチェリアさんの美しい顔はは夕日のように赤かったが、あまりの額の発熱に、俺も同じくらい赤いだろうと確信できた。

やばい、今はチェリアさんの顔直視できないわ……!


「なぁポチ丸」

「なぁにダンバ?」

「あの二人、ここに置いてかね?」

「それボクも丁度ダンバに言おっかなーって思ってた、気が合うねぇ」

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