第6話 初めてのお客様
「起きてゴウー!」
「んんっ、ポチ丸……!?」
身体の上に謎の重みを感じ、声の主からしてポチ丸であると考えた俺はあえて起きずに、ポチ丸が諦めて降りてくれる事を待とうと決めた。
--なんで退かないんだ、いつもならすぐ諦めるのに。
「もうっ、ゴウが起きないとチェリアさんが降りれないから朝御飯食べれないじゃんか!」
「悪いなポチ丸、今日も俺の勝ち-- はっ?」
チェリアさんが降りれないっていうことは、つまり今俺の上に乗ってるのはポチ丸じゃなくて--
謎の緊張感に襲われ、勢いよく飛び起きる。
「きゃっ! おっ、おはようございますゴウさん……!」
「うわぁっ、すっ、すみません!」
身体を起こすと、チェリアさんの綺麗な顔がすぐ傍にあった。
勢いがよ過ぎたのかチェリアさんは俺の腰の辺りに乗ったまま、顔を赤らめて後ろに仰け反っている。 仰け反ってるのは俺もだけど。
「ボク向こう行ってるね。 ゴウとチェリアがイチャイチャしてるの見てると、なんか恥ずかしい」
不貞腐れながらポチ丸は寝室に決めた部屋を出ていく。
正確に言えば俺とポチ丸の寝室なのだが、今日は珍しくポチ丸が先に起きていたようだ。
「とりあえず、降りた方が良いですよね私……」
「は、はい。 そうしてくれると嬉しいです……」
ぎこちない会話を交わすと、チェリアさんは俺の腰の辺りから降りて寝室の扉への前に移動した。
--どうして俺の上に乗ってたのか、ツッコんでも良いのか?
「朝食作ってきますね……?」
「ああっ、はい、お願いします……」
天使のような微笑みを浮かべて、チェリアさんは寝室を後にした。
--まさか、夜這いならぬ朝這い?
「大変だぁぁぁぁっ!!」
ポチ丸が大声で叫びながら、寝室へ全力疾走してきている足音がする。
朝飯も食べてないのに元気だなぁ。
「お仕事の依頼貰ったよ!」
「え、ホントに?」
いや、なんか怪しくないか?
俺達はこの店の前に看板も出てないし、何より仕事をするとも、何をするかも、誰にも言った覚えはないぞ。
「うん、昨日の警察の人が教えてくれたから来たって言ってたよ?」
「昨日の警察……」
その依頼が面倒くさいから俺達のところに寄越したんじゃ……
まぁ困ってる人なら見過ごせないし、せっかくの仕事なんだから引き受けなきゃな。
「ゴウどうする?」
背後の扉に寄りかかって、前後に体を揺らしながらポチ丸は俺に仕事をやるか、やらないかを尋ねた。
「困ってる人がいたら、助けなきゃだろ?」
ベッドから降りて、備え付けられていたクローゼットから服を適当に取り出して着替える。
勿論クローゼットの中身は昨日、家から持ってきた物で、盗賊達の服を勝手に着ている訳では無い。
「そうこなくっちゃ! ボク、お仕事の内容聞いてくる!」
穢れを知らないような満面の笑みを浮かべて、ポチ丸は再び大きな足音を立てながら、仕事場として選んだオフィスへと全力疾走した。
昨日までは食事をするスペースとして使われていたから広すぎる気もするが、そこしか適した場所が無かったのだ。
「今、強風が吹いてきたような……」
「すみません、ポチ丸が全力疾走で--」
俺が寝室から廊下に出ると、朝食を乗せた大きなトレーを持つチェリアさんと鉢合わせた。
しかし、そこには大きな問題が発生している。
「ポッ、ポニーテールにエプロンですか……?」
「調理をする時に汚れてしまうし、邪魔になるかと思ったので」
艶やかな金髪が綺麗に束ねられ、ピンクで水玉のエプロンをつけているチェリアさんは、なんとも言葉で表現出来ない可愛らしさを醸し出している。
可愛いとか褒めていいのか? いやいや、俺ごときが「似合ってますよチェリアさん」なんて言ったら、ただの変態野郎になっちゃうよな。
それに「可愛いです」なんて言って嫌われたら、俺、立ち直れなくなりそうだし……
よし、黙っておこう。
「もしかして、似合ってませんか?」
「へぇっ!?」
ここは素直に言うべきか? でも何て?
可愛いですね、それとも似合ってますね?
「ゴウ遅ーいっ、ほら行こう!」
「ポチ丸……!」
オフィスに向かっていったポチ丸が戻って来るやいなや、俺の手首を掴んでトンボ帰りをした。
--助かった、って言っていいのか?
◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあ、お父さんの仕事を邪魔してる虫を退治してくれって事で良いのかな?」
「そう」
俺がオフィスに連れてこられると、そこにはザ・少年の背の低い男の子が腕を組み、足を組み、不貞腐れて椅子に座らせられていた。
思春期だからなのだろうか、依頼の説明も大雑把で、返事も「うん」とか「そう」とか簡潔で退屈そうな物しかしてくれないので、俺が正確に少年の依頼を理解出来ているかが不明だ。
「お父さんは何のお仕事をしてるのかな?」
「だから木だってば」
まただ、森に出る虫系モンスターを倒せと言うから理由を聞こうとしているのに、「木」の一点張り。
--もしかして、マジでこの子のお父さんは人じゃなくて木なのか?
「木工職人さんの事ですかね? チョコレート食べますか?」
店の冷蔵庫に入っていたチョコレートを持って、朝食に使った食器を洗い終えたチェリアさんがオフィスに入ってきた。
俺は一つ貰って、残りは全て少年に与えるように目配せをする。
「そう……」
少年の発言の歯切れが途端に悪くなった。
チョコレートって凄いんだな。
「お父様のお仕事を考えていらっしゃるなんて、とっても素晴らしい事だと思いますよ」
「っ……!」
チェリアさんが母親のごとく少年の頭を撫でると、あっという間に少年の顔が赤くなった。
なるほど、そういうことか。
「少年、俺と一つ賭けをしようよ」
「賭け?」
予想した通り、俺が少年に声をかけると、赤くて鼻の下が伸びていた表情が一変して不貞腐れた顔を向けた。
利用しているみたいで申し訳ないけど、こうしないと少年が話してくれないんだ。 許して下さいチェリアさん。
「俺に一から十まで、どうやって俺たちの所まで来たかを教えてくれたら、このお姉さんが手作りのご飯を作ってくれるぞ?」
「えっと、ゴウさん……?」
突然名前を呼ばれたチェリアさんは困惑し、チョコレートの空き箱を両手で持って辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
ふふふっ、これでこの少年もイチコロだ。
「いらないって言ったら?」
「君の目の前でこのお姉さんの料理を、俺と後ろのお兄さんで食べる」
さあどうだ、依頼の出来の為にも思春期の殻を破れ!
「性格悪っ……」
少年はこれでもかと俺を睨み、どうするか悩み始めた。
しかし数十秒後、少年は睨むのをやめて開き直ったように口を開く。
「デュルクのオッサンが、アンタらの事を話してたから来た。 盗賊を捕まえられたんなら、虫退治くらいしてくれるだろうと思って」
「君喋れるんだね!」
「木」や「そう」しか話さなかった少年と同一人物とは思えないほどの饒舌ぶりに、チョコレートに熱中していたポチ丸のテンションが上がったようだ。
正直、俺も驚いてる。
「去年まではそんなに出なかったけど、今年は木を食べる害虫が多いから、木工職人達が仕事出来ないって困ってんだ」
「ってお父さんが言ってたんだね?」
「そう」
なるほどな、仏頂面だけど親思いの良い子じゃないか。 これは助けてやらないと。
「分かった、俺達に任せといてよ」
「ホント?」
「本当。 何なら指切りげんまん、する?」
「しねぇよ!」
チェリアさんに頭を撫でられてから元気が出たのか、少年の声が店の中によく通った。
女性で元気が出るなんて、まさに思春期ってやつだな。
--俺には無かったけど、もしあったとしたらこの子みたいな仏頂面して、荒れてたんだろうか。
「どこの森か言ってくれれば、ボクが連れて行ってあげるよ!」
「連れてく?」
溶けたチョコレートがついた指を舐めながら、ポチ丸は元気に少年の正面に急接近する。
精神年齢から言えば、ポチ丸の方が若いんだろうな。
「ボク、こう見えてドラゴンなんだよ!」
「ドラゴンなんて伝説の生き物だろ?」
「本当だってば、じゃあ実際に見せてあげるよ!」
誇らしげに構えたと思えば頬を膨らませて、少年の言葉にムキになるポチ丸は、身長こそ勝っているものの弟のように見えてくる。
二人は店の外へと飛び出していった。
「お弁当作ってきますね、賭けに使いますでしょう?」
「ああ、いや、えーっと……」
こういう時に何か気の利いた、カッコイイ誘い方がすぐに口から出てくればいいのに……
「一緒に、行きませんか……?」
不審だったか?
でもこれ以上の言葉が出てこないし、そもそも見つからない。
「私、何か迷惑をおかけするかもしれないですけど……」
「チェリアさんってプリーストでしたよね、だったら傍にいてくれるだけで回復役がいるっていう余裕も出て、心強いので--」
ってなに言ってんだ俺はぁぁぁ!!
何だよそれ、それじゃあまるでチェリアさんをただの回復マシーンとしか思ってないみたいな言い方じゃねぇかよ!
「そう言って頂けると、とっても嬉しいです」
身体をフリーズさせながら、心の中ではそんな事を叫んでいると、目の前のチェリアさんは本当に嬉しそうに微笑んでいた。
「急いで準備してきますね!」
跳ねるような足取りで、チェリアさんは店の奥へと姿を消す。
--その様子をポチ丸と少年が店の外からじっと見つめていたという事実を知るまで、あと数分の事である。