第1話 20人目の竜騎士誕生
職業、それはこの世界において必ず所得しなければならない物であり、その者の運命を決定づけていく最重要事項。 冒険者や生産者、育成者など職業は様々で、人間だけでは無くエルフやウンディーネといった様々な種族が暮らしている。
無職なんて人は異国から輸入されてくるファンタジー小説にしか出てこない存在で、十七歳になれば男女問わず職業を得る。 そういう決まりなのだ。
そんな世界で昨日十七歳を迎えた俺、ゴウは職業を得るために田舎の転職屋に訪れ、職業の適応試験を受けた。
隣に座る相棒が落ち着かない様子で左右に揺れ続けていると、カウンターの奥から受付嬢さんが女神のような笑顔で戻ってきた。 ひょっとして--
「おめでとうございます、これでゴウ様とポチ丸様は世界で二十人目の竜騎士ですよ!」
受付嬢さんが大きな拍手をして、俺達を祝福してくれている。
あまり実感は湧かないけど、どうやら俺達は本当に、小さい頃から夢見ていた竜騎士になれたみたいだ。
「ねぇねぇゴウ、もしかしたらボク達って凄いんじゃない?!」
つい数秒前まで震えていた俺のパートナーであるブラックドラゴンのポチ丸は、心底嬉しそうに俺の肩を掴んで飛び跳ねる。
--ああ、ポチ丸はドラゴンだ。
でもコイツは昔食べた何かの結晶の影響で人間の姿に変わることと、人間の言葉を話すことが出来るようになった特殊なドラゴンだから、超がつくほどのレアモンスターだろう。
「当たり前だろ? 俺とポチ丸が組んだら最強だって!」
「だよねゴウ!」
今は全身真っ黒の服を着た人並み以上に活発な少年でも、この正体がドラゴンだって言うんだから、世界は何が起こるか分からない。
「それにしても驚きましたよ、この転職屋で竜騎士になられる方が現れるなんて」
「十九人目の竜騎士が現れたのは七年前でしたっけ?」
「そうですね、まず人間がドラゴンと仲良くなる事が難しいですから。 一緒に行動出来るようになるなんて、どれ程の時間がかかったんですか?」
優しく微笑む受付嬢さんの言葉に、俺と俺の背後で飛び跳ねているポチ丸は自然と目が合う。
会った瞬間に仲良くなったわけじゃないけど、尋常じゃないくらい速かったよな。 それにあの時は子どもだったし、俺も種族とか分からなかったけど--
「十分くらい?」
「俺は五分くらいだった気がするけどな」
ポチ丸と出会ったのは、俺が三歳になって数日後の昼時。
森に遊びに行ったら怪我をしたリザードマンがいて、偶然持ってた絆創膏を貼ってあげたら仲良くなって、それでこうなった。 それだけだ。
「す、凄いですね……」
受付嬢さんの微笑みが引き攣る。
しかしそんな事に気づかないポチ丸は再び俺の肩を掴んで、元気よく飛び跳ね始めた。
「ボクが凄いんじゃなくて、ゴウが凄いんだよ!」
「そんな事ないって、ポチ丸がいなかったら竜騎士になれなかったんだから」
竜騎士になるには人間一人と、その人間に付き従うドラゴンが最低一体、一緒に試験を受ける必要がある。
だからこそ竜騎士は世界でも俺を含めて二十人しかいない、最もレアな職業なんだそうだ。
「えっ、えぇっと…… 公認書が発行されましたので、どうぞ……」
「ありがとうございます、これで帰っても良いんですよね?」
「だっ、大丈夫ですよ……」
どうしたんだろう、受付嬢さんが気まずそうな苦笑いをしている。
「ねぇゴウ、今夜はお祝いでステーキ食べようよ!」
「いいな! じゃあ分厚いの捕りに行くか!」
俺は竜騎士になった事の公認書を受け取って、丁寧に四つ折りをしてからポケットに突っ込む。
そしてそのポケットに突っ込んだままの腕をポチ丸に引っ張られ、俺は転職屋の外に出されそうになったので、振り向きざまに受付嬢さんに会釈をする。
◇◆◇◆◇◆◇
「この辺りで一番の狩場って何処だっけか……」
閑散とした田舎町には、照っていて眩しい陽の光を遮る程の大きな建物がない。
その分いつも静かで、今日は特に春を感じさせるそよ風が吹いているし、それほど悪い天気でも無いな。
「最近あそこの山の麓にオークが出てきてるって、前に街の人から聞いたよ!」
まるで新しい知識を得たらすぐに発揮したがる少年のように、ポチ丸は得意げな笑顔を浮かべながら山を指さした。
「そっか、じゃあ今日はオークのステーキパーティーだな」
俺がそう言うとポチ丸は嬉しそうに大きく頷いて、自分の胸に左手のひらを当てて目を瞑った。
すると--
「グルァァァァァァァァァ!!!!」
「ちょっ、シーっ!」
ポチ丸の足元に魔法陣が現れ、光に包まれたポチ丸は鋭い漆黒の鱗がビッシリと生えたブラックドラゴンの姿に戻る。
--のは良いのだが、毎回雄叫びを上げるのは勘弁して欲しいところだ。
「ゴメンよぉ……」
「まぁ次からでいいからさ、とにかくオーク達を狩りに行こうぜ!」
長い首を垂れ下げたポチ丸を撫でて励ましてから、背中に背負っている槍で地面を突いて飛び上がり、ポチ丸の背中に飛び乗る。
竜騎士になった今日からは、空を飛んでも法には触れないからいいな。
「どれくらい狩る?」
「そんなの、腹いっぱいになるくらい沢山だろ!」
「だよねゴウ、今から楽しみだよ!」
ポチ丸が大きな漆黒の翼で空に舞い上がると、どうやら強風が起こったようで転職屋周辺が砂埃で覆い尽くされた。
人が周りにいなくて良かったとしか思えない。
「落ち着けよポチ丸」
「ゴメンよゴウ、ボク今お腹空いてるからステーキが待ちきれないんだよ」
そういえば今日は寝坊したから、朝食は抜いてきたんだよな。
正式な竜騎士になれたし、今日の晩飯くらいなら奮発してもバチは当たらないよな、明日から頑張りゃいいか。
「じゃあ晩飯を早めに食って、その後にケーキでも食うか」
「わぁいっ、ケーキ!」
前を向いているからポチ丸の顔は見えないが、甘い物が好きだから声が上ずっていて、心の底から嬉しそうなのは充分に伝わってきた。
その影響からか、いつもより飛ぶスピードがある。
「ステーキじゅうじゅう美味しいなっ! ケーキはフワフワ美味しいなっ!」
「なんだよその歌」
「この前すれ違った男の子が歌ってたんだ!」
歌なのかは分からないけど、まぁポチ丸が嬉しそうだからいいか。
地上を見下ろすと建物や人がミニチュアの玩具のように見えて、まるで王様にでもなったかのような優越感に浸れてやっぱり楽しいな。 それに風も気持ちいい。
「明日から仕事で忙しくなりそうだからな、今日のうちに暴れ回ろうぜ!」
「ボク、お仕事楽しみ!」
本来ドラゴンは破壊や肉を食す以外の事柄に楽しみを感じないらしいのだが、ポチ丸は「ゴウと一緒にいれればそれだけで楽しい」と言う、本当に珍しい個体だ。
だからこそ俺はポチ丸が変な研究者に連れて行かれないように、守らなきゃいけない。
「そろそろ着くよ!」
「やっぱりポチ丸が飛ぶと早いな」
「えへへ……」
明日からの仕事は、せっかくだから竜騎士にしか出来ないような仕事をしたいよなぁ。
困ってる人を助けて、悪い奴を倒す、正義の味方みたいな、ポチ丸と一緒に父さんみたいな意志を持った竜騎士になれたら--
「ねぇゴウ、今、女の人の悲鳴が聞こえたよ!」
楽しげだったポチ丸の声が緊張を帯びた声へと変化する。
俺には人の声すら聞こえなかったが、やはりこれも人間とドラゴンの持つ能力の差なんだろうな。
「どの辺だ?」
「この先、あそこの木で覆われてる辺りだと思うよ! 行く?」
「当たり前だろ、急いで向かってくれポチ丸!」
別に悲鳴の主が女性だからとか、報酬が欲しいからとか、そういう訳じゃない。
困っている人がいたら助ける。 それだけだ。
「了解!」
ポチ丸は大きく旋回し、着陸する姿勢に入る。
そもそもポチ丸は俺がその女性を助けに行くと言うだろうと推測して、報告してきたんだろう。
「ちょっと危ないかも、気をつけてね!」
「俺の心配より、自分がちゃんと着地出来るかを心配しろよ? ポチ丸の着地に俺の生死がかかってるんだからな」
ああ、今、仕事してるって感じする。
いや、むしろ仕事してるなんて通り越して、生きてるって実感がするよ。
「よいしょっと!」
ポチ丸は羽根を最後に一度羽ばたかせると、風の抵抗を受けながら地上へと降下していく。
そしてあと数センチのところで脚を地面に下ろし、着地する。
「ナイスだポチ丸、綺麗だったぞ」
「えへへ、そう? ねぇゴウ、ホントに?」
声を上ずらせながら照れた後、ポチ丸は四肢を身体に近ずけて縮こまった。
すると身体より一回り大きな魔法陣がポチ丸の身体の真下に浮かび上がり、光を放ってブラックドラゴンを人間の姿へと変える。
「飛ぶ度に上手くなってるぞ、流石だな」
「褒めても何も出ないよぉー!」
緊急事態なので控えめに撫でてやると、分かりやすいくらいに鼻の下を伸ばし、左手で後頭部を掻き始めた。
--こうやってポチ丸は悪い人に騙されていきそうだ。
「また聞こえた、ゴウあっちだよ!」
またも俺には女性の悲鳴は聞こえなかったが、聞きつけたポチ丸は山の木々を掻い潜って進んでいく。
ポチ丸がいなければ人助けなんて出来ないんだろうと、しみじみと感じる。