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1-3

 太陽の出る前の朝は霜が降りるくらい寒かった。

 今年は雪が少ないけれど、例年と比べて寒くないわけではない。

 むしろ曇りの日が多くてより寒く感じる位だ。

 ヴァンター王国やトゥルク王国の北側は雪に埋もれている時期だけれど、少し南のサッラ王国ではまだ雪は降っていないようだった。

 六の鐘が鳴る前に王宮の外堀の側道を二頭の馬で引かれている幌馬車で走っていると、指定された扉の前に二つの人影があった。

 ひとりはエリンで間違いなかったけれど、もうひとりは誰だろう。

 見送りの侍女にしては格好がおかしい。

 ウィンプルを簡略化した様な頭巾をかぶっており、短いベールからは輝く青みがかった銀の長い髪がすらりと伸びている。

 着ている白のケープコートは簡素ではあるものの、縁を染めている青のストライプが清潔な感じを演出している。

 その姿は、どこから見ても聖職者だった。

 頭巾から覗く顔は幼さを残しながらも美しく、同い年くらいに見えるのに少しだけ年上に思えた。

「ちょうど良かった。いま抜け出してきたところでしたの。説明は後でしますから、早くここを離れましょう」

 エリンは白い息を吹きながら言うと、小さな鞄と共に幌馬車に乗り込んでくる。

 驚く事にもうひとりも乗り込んできた。

「ちょっと、ふたりだなんで聞いてない」

 ティア姉が文句を言うけれど、エリンは取り付く島もない。

「いいから出発してください。早く」

「しょうがねぇな。契約違反は嫌いなんだが」

 その勢いに押されてヤスカは文句を言いながらも幌馬車を出発させた。

 同時に六の鐘が鳴り始める。

 王宮から少し離れたところでティア姉はエリンを問いただした。

「それで、そちらはどなたかしら。姫様、いや今はエリンか。お供付きだなんて聞いてなかったのだけれど」

「ごめんなさい。出がけに見付かってしまって、理由を説明したら自分も連れて行けと脅されたの」

「脅すだなんて、仮にも聖職者がそんなはしたない振る舞いはいたしませんわ。連れて行って頂けないなら大声で泣いてしまうかもと申しただけです」

 自称聖職者の少女は訂正するけれど、どこが訂正箇所なのだろうか。

「それを脅しだと思わないのなら聖職者なんて廃業するべきね」

 エリンの言葉に全員が心の中で頷いているだろう空気を無視して、自称聖職者は自己紹介を始めた。

「私はアオイ=エイルトヴァーラと申します。イレルミ教のハメーンリンナ教会で主教をさせて頂いております。私の事はアオイ主教でも、様でも、さんでも、ちゃんでもなく、ただのアオイとお呼び下さい」

 イレルミ教は六王国の国教ともなっており、公式ではイレルミ教徒しか存在していないことに成っている。

 その信仰は絶対で、イレルミ教以外を信仰しようものならハメーンリンナに流刑されていたほどだ。

 ハメーンリンナが独立した後でも監獄に収監されるか、火あぶりの刑になる事もあるのだとか。

 だからリータのように信じる神を持っていなくても広義ではイレルミ教の信徒という事になる。

「ハメーンリンナって異教徒だらけなんでしょ。そんな場所にもイレルミ教ってあるの。それより同い年くらいに見えるんだけど、その若さで主教様はないでしょ」

 ティア姉の疑問ももっともだった。

 なにせイレルミ教の教義に逆らった者達が流されたのがハメーンリンナなのだから。

 しかも、主教とはその地域の教会の中で一番偉い人のことだ。

 若くては駄目だなんて思わないけれど、それにしても若すぎだった。

「得てして見た目と年齢は一致しないものです。そしてハメーンリンナのイレルミ教徒は全成人数の六割とも言われております。ハメーンリンナは信仰の自由を謳ってはおりますが、やはり歴史の重みがある宗教の方が信者を騙しやすい……いえ、集めやすいのです」

「いま騙すって言った?」

「悪い意味ではないですよ。私は信仰とは自分を騙すことだと思っているものですから」

 騙すのに良い意味などあるのだろうか。

 でも、不思議と納得できた。

 一方、納得いかないのはエリンだ。

「アオイの言うことを真に受けては駄目。信仰とは自分を信じる事よ。こんな誤った教義を信仰してるからハメーンリンナの主教なんてやっていられるのよ」

 確かに普通ならイレルミ教を信仰しないと誓った人達だらけの場所には行きたくないだろう。

「何を信じるのかは自分で決めることです。私に出来る事はポンと背中を押すだけ。例え目の前が断崖絶壁だったとしても」

「あなた、よく主教になれましたわね」

「それこそ神の思し召しです」

 アオイは笑顔で言うけれど、エリンは苦い物でも口に含んだような顔をしていた。

「ところで、そちらからティア様、アイリ様、ヤスカ様、シルヴィ様、そしてリータ様でよろしいでしょうか」

 エリンから特徴でも聞かされていたのか、アオイの呼んだ名前は合っていた。

「その様付けはデフォルトなの?」

「左様です、ティア様。ですが私の事はアオイと呼び捨てでお願いしますね」

 お姫様に続き、変な聖職者がパーティーに加わった。

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