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1-1

 ヴィロラに戻ったリータ達はヤスカの経営する運送会社の事務所にある応接室に集まっていた。

 応接室と言っても仕切り板で区切ってあるだけの事務所の一角だった。

 仕切りの向こうでは社員が急がしそうに走り回っているのがチラチラと見える。

 呑気にお茶をすすりながら座っているのが悪い気がしてしまう。

「それでは第二五六回勇者捜索会議を開きます」

 ティア姉が身を乗り出しながら高らかに宣言した。

 相変わらず凄い回数の会議を開催している事になっている。

 しかも前回よりも回数が減っているのが謎だ。

「と、その前にヤスカの依頼は終わったわけだけど、これからどうするの。運送屋さんに戻る? それとも勇者捜しに付いてくる?」

 ヤスカにティア姉が聞くと、椅子に踏ん反り返りながら答える。

「おいおい、ここまで(つる)んでおきながら、今更俺を仲間はずれにするなよ。ここまで来たら勇者の野郎を捕まえて王座に祭り上げてやらないと気が済まないぞ」

「よかった、これで足の心配はしなくていいわね。アイリとシルヴィは勇者を捕まえて借金を払わせるまではわたし達と一緒に旅するって事でいいのよね?」

 アイリとシルヴィはテーブルの中央に置かれたお茶請けを食べながら答えた。

「ああ、それで構わない。お前たちと一緒にいた方が見付けやすいような気がする」

「アイリ姉さんの感は当たるのです」

 ティア姉はリータを見ると苦笑いしながら言った。

「リータは……聞くまでもないか。リータは無茶な事する時があるから村に居て欲しいんだけど……これは聞いてくれないんでしょうね」

「はい、何を言われてもリータの答えは決まっています」

 リータにはティア姉と一緒にいる事以外の答えはなかった。

「で、問題は勇者の居場所なんだけど、まだタンペレにいるかしら」

 タンペレは六王国の中で最も南にあるユヴァスキュラ王国にある都市で、魔術開発が盛んなことで知られている。

 高名な魔術師や錬金術師を多数輩出している事でも有名だ。

 彼のイント=デゲルホルムもタンペレで研究していたらしい。

 タンペレ産の中でも有名な発明品に聖霊石がある。

 聖霊石は魔力と魔方陣が組み込まれた石で、対となる魔方陣と組み合わせることで魔術を使えない人でも魔法が使える画期的な石だ。

 簡単な聖霊石だと明かりや料理の熱源などに利用されており、生活をする上で欠かせない物の一つになっている。

 部屋の明かりに利用するくらいなら半年は使える代物だ。

 高度な聖霊石になると精錬度が非常に高く、膨大な魔力を一気に放出する事ができる。

 それらの聖霊石を魔力蓄層石といい、またの名を賢者の石もどきと呼ばれている。

 勇者が転送に使ったのはこっちだ。

「転送先がタンペレだってばれてるんじゃ流石に移動するんじゃないか。つうか俺だったらすぐにスオミに行くな」

 ヤスカが言ったスオミとはユヴァスキュラの王都だ。

 タンペレの方が圧倒的に有名なので王都としては影が薄い。

「そう思わせて移動していないかも知れないぞ。そもそもタンペレからスオミは遠すぎるだろ」

 アイリは言いながらお茶菓子を食べ続ける。

 お腹が空いているのかも知れない。

 そういえばもうすぐ夕食時だ。

「小さい街とか村は範囲から外すのですか?」

 リータは当然の疑問を提示する。

 タンペレの周辺だけでも結構な数の街や村があるはずで、それらも探すとなれば大変なんてものではない。

「言いたいことは分かるですが、全部を探すなんて物理的に無理なのです。まずは大きな街を探すのが精一杯なのです」

 シルヴィの言うことはもっともだった。

 たった五人でどこに居て、どこに移動するか分からない者を探し出すのは至難のわざだろう。

「ふっふっふっ、実は秘密兵器を用意しました。バーン!」

 ティア姉が立ち上がり、効果音を言いながらテーブルに広げたのは勇者が描かれた肖像画が数枚と、一枚の公文書だった。

 勇者の肖像画はお土産屋で売っている木版画で、多少美化されているけれど確かに似ているかも知れない。

 ただし、未だに無精髭にまみれた浮浪者の格好をしていたら分からないのではないだろうか。

「ティア姉、これは?」

「見ての通り勇者の肖像画と、わたしがトゥルクの王族だと証明する証書よ。これを見せればどこの国もわたしを無碍にはできないはず!」

「おいおい、そんなものどこで手に入れやがった。偽造じゃあるまいな」

 ヤスカの心配ももっともだ。

 王族を詐称したら絞首刑になってもおかしくない。

 例え証書を持っているのが本物の王族でも、証書が偽物だったら同じく絞首刑だ。

「失礼ね。臨時政府に行ったらくれたの。お偉いさんにこの腕輪を見せたら(ひざまず)かれちゃったわよ」

 ティア姉は笑いながら言うけれど、相手にとっては驚愕だっただろう。

 なにせ勇者だけだと思っていた王族の生き残りがもう一人いたのだから。

 ティア姉が右手に付けている王族の腕輪は、生まれてすぐ魔法によって取付けられたものらしい。

 成長と共に輪が大きくなっていて、生きているかぎり外れないし、手首を切るなど無理に外せば崩れてしまうそうだ。

 証書は案の定何が書かれているのか分からないようになっていた。

 きっと証券と同じで魔道具で書かれているのだろう。

 そうなると専用の魔道具で無ければ読めない。

「よく戻ってこられたな。最後の王族なら王になれと言われなかったか」

 アイリが聞くと、ティア姉はいたずらが成功した後のような楽しげな様子で答えた。

「言われたけど断ってきたわよ。なんかただでは帰してくれなさそうだったから、トイレ行くって言って、そのまま窓から逃げてきたけど」

「今頃、警備隊が懸命に捜索してるに違いないのです」

「そもそも、ティアは何故王にならない。お前が王になれば、わたし達も勇者など探さずにすむのだが」

「それもそうだ。俺たちが苦労してるのは金が欲しいからで、勇者なんてどうでも良いんだ」

 アイリとヤスカが言うけれど、ティア姉はそれを一笑に付す。

「あのね、わたしは農村の娘なの。王になるべく生まれてきて教育を受けた人には敵わないの。それに誰かのために神様に祈るなんて願い下げだわ。わたしが王になったら退屈で戦争でも始めるかも。第一、あなた達に約束したのは勇者でしょ。わたしに払う義務はないわよ」

「ひどい暴君が生まれそうなのです。革命が必要なのです」

「大丈夫。革命しても次の王様はいないから」

 ティア姉ならやりかねないと思いながら、リータは話を戻した。

「結局、これの何が秘密兵器なのでしょうか」

「別に秘密でも兵器でもないんだけれど、この肖像画を各国に配って探してもらおうかと思って。王族の立場を利用して王様にお願いするのが手っ取り早いでしょ」

「身も蓋もないですけど、良い考えだと思います」

 手掛かりはタンペレが起点になるのだから、トゥルクとユヴァスキュラの間にある国々に見張ってもらうのは有効だろう。

 正直に国境を越えてくれれば、検問で引っかかってくれるはずだ。

「まずはサッラ王国のカーリクスに行って王様にお願いしましょう。明日は早くから出発するから、皆そのつもりで。さあ、ごはんにしましょ」

 結論が出たところで第二五六回勇者捜索会議は終了したのだった。

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