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プロローグ その2

 少女が王族だと自覚したのは、いつ頃だっただろうか。

 王宮で暮らしたのは幼少の時だけで、物心ついた時には村で家を与えられ、それ以来ずっと一人で暮らしてきた。

 泣くばかりで何も出来ない少女に村の人達は親切に色々と手を差し伸べてくれてはいたけれど、突然やって来た少女への扱いはやはり腫物に触れるかのようだった。

 しかし、生きるために泣きながらも一生懸命に失敗を繰り返す少女に心を動かされたのか、徐々に進んで手を貸してくれるようになっていった。

 村全体が家族の様になるのに時間は掛らなかった。

 特に村長夫婦とアレクシからは沢山のものを貰った。

 村長のトニおじさんからは作物の作り方や売り買いの仕方などを教わり、ヘリおばさんからは食事の作り方や洗濯の仕方など、生活していく為の知識を与えてもらった。

 村はずれに住む傷痕だらけのアレクシが剣術や獲物の狩り方を教えてくれた。

 積極的に人に関わろうとはしないアレクシだったけれど、何故か少女にだけは積極的に関わってきたので、少女だけではなく村の人々も不思議がっていた。

 唯一の例外は村長夫妻だった。不思議がるどころか、進んでアレクシの所に通わせた。

 アレクシの教え方は厳しくて、少女には剣術や狩りが必要だとは思えなかったのだけれど、後に教わっておいて良かったと感謝する事になる。

 例えそれが少女を監視する役目であったと後で知る事になっても。

 少女の生活の全てが村と周辺の街だけになると、幼少の事が朧気な夢に思えてくる。

 少女は始めからこの村で生まれ、この村で育ってきたのだと思っていれば、少女の両親が何故少女を捨てたのか、考えずにすむのだから。

 おかげで少女は捨てられた理由を知りたいとは思わなくなった。

 村に居れば生きていくこと以外、余計なことを何も考える必要がない。

 それが心地よかった。


 十二歳の誕生日、西の方向から二つ目の太陽が昇った。

 その太陽は不思議なことに地平線に沿って北へ移動していった。

 少女はその太陽がよく見えるように村はずれの田園地帯に向かって走って追いかける。

 何かが起こる予感がした。経験した事の無い何かが。

 一生懸命追いかけるけれど、太陽は地平線から離れることなく沈んでいく。

 光るだけで何も起こらなかった事に落胆しながら戻る途中、麦畑の一部が丸く禿げているのを見かけた。不思議に思い近づいてみると、中に倒れている女の子を見つけた。

 何かが起こった気がした。これは運命なのだと思った。

 少女は女の子を起こそうとするけれど、揺さぶっても何の反応もない。

 仕方ないので自分の家に背負って連れて行くことにした。

 毎日の農作業や稽古で力が付いていたおかげか、それとも女の子が小柄なせいか、背中の重みは苦にならなかった。

 家に着くと取り敢えずベッドに寝かせ、服を脱がせて体の隅々まで傷がないか調べる。

 傷もなければ痣もない。頭にもどこかにぶつけたような跡はなかった。

 起きない原因が体の中だとしたら少女には調べようがない。

 医者を呼ぼうにも村に医者は居ないし、近くの街まで呼びに行っても時間が掛るばかりか来てくれる保証もない。

 村で医療に一番詳しいのはヘリおばさんだけれど、とても分かるとは思えなかった。

 仕方なく土で汚れたところをきれいにして寝間着を着せる。

 運の良いことに体格は少女と大差なかったので寝間着は少女の物で間に合った。

 改めて女の子を観察すると、顔つきは幼さが残るものの、整っていてきれいだと思った。

 将来は可憐な女性になるに違いない。

 身長は少女より少し低くいくらいで、体格も少し細い感じなので、きっと同じくらいの年齢か、もしくは年下なのだろう。

 そう思うと家族の居ない少女にとって、まるで妹が出来たような気分になる。

 ただ頭に角が無いので、どこの出身かが分からない。

 通常のトゥルク人なら一本の角が頭の前方に有る。

 希に角なしの子供が生まれると聞いたけれど本当に希で、実際に会うのはこれが初めてだった。


 女の子が目を覚ましたのは次の日だった。

 寝室から物音が聞こえたので行ってみると、そこにはテーブルに寄りかかって立っている女の子がいた。

 少し不安げな表情で少女を見ている。

 驚く事に女の子には記憶が無かった。

 言葉や最低限の常識は憶えているものの、自分に関する記憶が全て失われているようだった。

 名前さえ思い出せない様だったので、少女の思いついた名前を付けることになった。

 なぜこの名前を思い出したのか、一体誰の名前だったのか、少女自身にも分からない。

 ただ、とても大切な人だった気がするのだった。


 女の子とは一緒に住むことにした。

 ちょうど物置代わりにしていた部屋が空いていて良かったと思う。

 村長には反対されたけれど、無理に押し切って決めてしまった。

 普段着や日用品を買いに隣町に行ったり、女の子用のベッドを用意したり、思っていたよりも大変だったけれど、何故か心が浮ついて楽しかった。

 少女自身は村に慣れ親しんだとはいえ、村人にとってはやはり腫物(はれもの)だった。

 少女が王族だと知っているのは村長だけだったけれど、その村長の少女への接し方から異質な何かを感じ取っていたのだろう、村人の少女への接し方はどことなく余所余所しかったのだ。

 しかも村には少女と年の近い子供が居なかったので、友達や兄弟に憧れていた少女には、女の子と一緒に生活するのは夢のようだった。

 始めこそ女の子が村に馴染んでくれるのか心配だったけれど、それは杞憂に終わった。

 女の子は礼儀正しく働き者で、村人から頼まれれば喜んで手伝う器量を持っていた。

 異質な少女よりも村に溶け込んでいるかも知れない。


 女の子と暮らし始めて一年くらい過ぎた頃、村長の家にヴィロラから客人が来た。

 少女は女の子と共に村長の家に持て成しの手伝いをしていた。

 その時に聞いてしまった。

 現在のヴィロラの惨状や、国内の警備が行き届かず、群れで潜伏するモンスターが忍び込んでいること。

 ヴェイニ=ベルグストローム国王だけでなく、前王や親族が全て亡くなったこと。

 唯一の生き残りである勇者のクルト王子が、一度ヴィロラに戻った後、いつの間にか居なくなってしまったこと。

 そのため王位が空席となってしまい、イレルミ神に祈りを届ける者がいないので、新たに子供が生まれてこないこと。

 子供はパートナー誓約書を戸籍課に登録し、イレルミ神の教会で受胎票をもらったら住民課に届け出る。

 それを国王がイレルミ神に祈りを届ければ晴れて妊娠する。

 これを「授かりの儀式」と呼んでいた。

 その儀式が出来なければ子供は生まれてこない。

 子供が生まれてこなければ国は滅びるしかない。

 それを聞いた少女は憤慨した。

 国王となるべき者がその義務を放り出し、姿を消してしまう。

 国王が居なければ進まない(まつりごと)が山のようにあるにも係わらず。

 同じ王族でも一人で捨てられた少女と違い、沢山の人々から将来を属望されていたのに。

 無責任にも程がある。

 居場所さえ分かれば捕まえて文句の一つも言ってやりたかった。


 少女がトゥルクの王族であり、右手の腕輪がその証であると女の子に打ち明けたのはこの頃だった。

 どれほど勇者のおこないに怒りを覚えているか分かってもらいたかったから。

 普通ならこのような話は信じてもらえないだろう。少女が女の子の立場だったら信じないかも知れない。

 しかし、女の子はすんなりと受け入れてくれた。

 女の子の中に魔王が同化していると聞いたのもこの時だった。

 申し訳なさそうに畏まって話す女の子は震えていた。

 少女は不思議とその話を信じられたし、何故か恐れや怒りを感じることもなかった。

 トゥルクに甚大な被害をもたらしたのは魔王で、女の子ではないと理解していたからではない。

 それよりも遙かに勇者に対して憤りをおぼえていたからだ。

 この時の感覚と感情を理解することは少女には出来なかった。


 少女が勇者の居場所の噂を行商人から聞いたのは、更に一年近く経ってからだった。

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