3話
「ゆのと申します」
ゆのと名乗った目の前に立っている女性。
そんな女性の顔を見ながら俺はこう言った。
「声かわいいですね」
唐突過ぎる俺の発言に不思議そうな顔を浮かべるゆのさん。
まあ、俺も普段はこんなこと言わない。
常識人である俺はちゃんと挨拶をする。が、今回はそんな俺の常識的行為を行うことを妨害してしまう程のショックを俺に与えた。
多分百人聞いたら百人がかわいいと答えるだろう。
それだけのカワボを所持していたのだ。このゆのさんは。
「いやあ、まさかこんな声の持ち主が世界には居たとは。この世界も捨てたもんじゃないな」
本物のカワボを聞いてテンションの上がった俺は意味の分からない独り言を言う。
「えーっと……」
感傷に浸っている俺を見つめながら困った表情を浮かべるゆのさん。
そんな様子を紳士の俺は見逃さない。
「どうしました? ゆのさん」
よく分からないがドヤ顔で話かける俺。
きっと今この場にあずちゃんがいたら、『キモイよ』とかではなく、『大丈夫?』とかいう地味に心に刺さる言葉を俺に浴びせるだろう。
「にゃーさん、大丈夫?」
そう、丁度こんな感じのトーンとテンションで……って、は?
今の声は完全にあずちゃんだった。
俺はあずちゃんが寝ているベッドのある左隣のカーテンを見る。
カーテンは閉まっているものの、カーテン越しにあずちゃんの上半身のシルエットが見えた。
「え、あずちゃん起きてんの?」
俺は震える声で確認をする。
「うん。結構前から」
マジかよ。
俺は恐怖を覚えた。
「にしてもかわいい声ですね。ゆのさん? でしたっけ」
「はい。っと、この方は?」
「ああ、あずきって言って俺のパーティーメンバーです」
パーティーのリーダーとしてあずちゃんを紹介する。
「ところでさっきゆのさん何か言いかけてませんでしたか? 困ってることがあるなら俺でいいなら相談に乗りますよ?」
俺はできるだけ相談しやすい口調でゆのさんに語り掛ける。
「ああ、ではお言葉に甘えて。私はこの町に食料を調達しに来たんですけど、人が多いところッを一人で歩くのはどうも苦手で。だから着いてきて欲しいなー、と。ダメですか」
「…………」
俺はその相談を聞いて言葉を失った。
いや、正確にはある一文のせいで言葉を見失った。
それは最後の『ダメですか?』という言葉だ。
あんなカワボでお願いされたら『はい』も『いいえ』も言えなくなる。
まあ、はいって応えたんだけど。
「ねえ、ゆのさんが目指してるのってこの先の店であってるの?」
「うん」
マジか。
あれから色々話しているうちに気が合い仲良くなった俺たちとゆのさん。
だからか、普段は見せないような露骨に嫌そうな表情をする。
だが、親しき仲にも礼儀ありというやつだ、それを悟られないように俺は下を向く。
で、なぜ俺がそんな反応を見せたかというと。
「……ねえにゃーさん、この先って立ち入らないほうがいいって言われてる場所じゃなかったっけ」
俺は耳もとで囁くあずちゃんに、頭を縦に振って応える。
そう、この先の路地は立ち入ってはいけないと言われている場所なのだ。
「こんな場所に立ち入るんだ、ゆのさん」
「うん。ていうかこの先は俺も何があるか知らんから役に立てるかどうか……」
昔聞いた限りだと、この先では変な物ばかりが売られているという。まあ、変なものがどういったものなのかは知らないが。
あずちゃんとこそこそ話をしているうちに俺たちは立ち入ってはいけない場所に足を踏み入れた。
しかし、そこはいつもの商店街となんら変わらなかった。
普通に屋台が出ており、そこで商売をしている人たちも普通。
商品に関してもそこまでおかしいものは置いていない。
俺が辺りを見回していると、ゆのさんが急に立ち止まる。
「ん? どうしたの? ゆのさん」
「あ、いやここのお店が目的のお店だから」
その店は建造物の所々にひびが入っていたり、木の板でできた看板が朽ちていたりと、今までの店よりか圧倒的にやばい匂いを漂わせる店だった。
「ねえにゃーさん、この店入るの?」
不安そうな顔を浮かべあずちゃんが耳元で囁く。
「ほら一応依頼みたいのを受けたんだし、ちゃんとやり切らないとダメかなーと」
「まあ、そうだけど」
そんなことを話しているとゆのさんが一人店内に入る。
「ああ、待って」
俺は後を追いかけるように店内に入る。
ドアをくぐった先にあった店内は店の外装から予想していたものと全く違った。
レンガでで造られた壁、綺麗に掃除された店内、奥のほうから微かに漂ってくる食べ物のおいしそうな匂い。
「ねえゆのさんここってなんのお店なの? 飲食店?」
「ああ、ここは飲食店兼、販売所だよ。主に食料を売ってるよ。で、私が今回用があるのは店内の奥の方にあるあそこのカウンターに立ってる男の人」
そう言ってゆのさんはカウンターに立っている、いかにも日にほとんど当たっていないような色白の男性を指差した。
すると、それに反応するように色白の男性は愛想のいい笑顔を浮かべて手を振ってくる。
俺は……いや、俺とあずちゃんは思わずそれに振り返す。
「なんか、予想していたのと全く違うんだけど。ていうか飲食店って」
「それは俺も思った」
さっきからこしょこしょ話をしている俺たちを不思議そうな表情で見つめるゆのさん。
「ああ、気にしないで。こっちの話」
「うん……、あっ、私予約していたゆのです」
カウンターの前に着くと、予約していたという情報を提示するゆのさん。
「ええ、お待ちしていましたゆのさん。こちらがその食料です」
そう言って、野菜やら果物やらがいっぱい詰まったバスケットを渡してくる。
そのバスケットを受け取ったゆのさんと俺、あずちゃんの一行は色白の男性に礼を言うとその店を後にした。
「――あ、今日はありがとうございました。付き合ってもらって」
「いえいえ、これくらいなら。というかゆのさんはこれからどうするの?」
「えーっと、今日はこの町の宿に泊まって明日自分の町に帰ろうかと」
なるほど、まあ当たり前といえば当たり前か。
すると、あずちゃんが再び耳に顔を近づけてくる。
「ねえ、それだったら明日一緒に町に連れてってもらったら? そっちの方が楽だろうし」
ああ、確かに。
そのアイディアはいいと言うように俺はあずちゃんに親指を立てて返事をする。
「ねえ、ゆのさん。明日一緒に町に行ってもいいかな?」
「え? いいですけど。どうしてです?」
「そういえば言ってなかったな。俺たち冒険者をやってるんだよ。で、とりあえず冒険ってことで色んな町に旅をしようと思っているんだ」
それを聞いたゆのさんは納得したらしく。
「じゃあ何時にどこに集合する? 私はどこでもいいけど」
「え、ゆのさんってこの町に来たの初めてじゃないんですか?」
珍しくあずちゃんからゆのさんに質問をする。
「うん。初めてだけど」
何かおかしいことを言ったかというように応えるゆのさん。
「え、じゃあ多分それはやめたほうがいいと思いますよ。この町は地図を見てもたまに迷うくらい道が複雑ですから」
「まあ確かに、俺この町に十六年生きてるけど、結構間違えたり迷うもん」
「いや、それはにゃーさんが方向音痴なだけだと思うよ」
え、ひどい。
あずちゃんの即答に軽くショックを受けた俺。
しかしそんな様子の俺を放置して話を進めるあずちゃん。
「だから、今日は私の家に泊まりませんか?」
「え、いいの?」
あずちゃんの提案に若干食い気味の反応を見せるゆのさん。
多分、口には出していなかったが不安だったのだろう。
「ええ、いいですよ。部屋には空きがありますし」
ショックで固まってる俺の隣でどんどん話が進んでいく。
ていうかそろそろ構って。
と、そんなことを思っていると。
「にゃーさん、大丈夫? さっきから固まってるけど」
ゆのさんが話しかけてくれる。
「おお、ゆのさん優しい! あずちゃんとは違うなーやっぱ」
俺はチラッとあずちゃんの顔を見る。
「はいはい」
するとあずちゃんはいかにも面倒くさそうに返事をする。
「まあそんなことはどうでもいいや。で、どこに集合するんだ? あずちゃんが案内してくれるならどこでも大丈夫そうだし」
「そうだね。じゃあ門の前に十時集合でいい?」
俺は首を縦に振って返事をした。
「じゃあ決定だね。にゃーさん寝坊しないでよ?」
「大丈夫だよ」
俺の自信満々な返事に反し、あずちゃんは不安そうな顔を見せる。
「俺寝坊したことないだろ? 何をそんな不安そうにしてるんだ」
「だってにゃーさんならやりかねないから」
信用性ゼロかよ俺。
俺とあずちゃん、ゆのさんはその後も他愛のない会話を続け、一緒に食事をした後にやっと解散した。
解散したときはもうすでに日にちをまたいでおり、こんな暗い道を二人で歩いて帰る二人に若干の心配を抱きながら俺は家に着く。
日にちをまたいでいたこともあり、俺はさっさとベッドに潜り込んだ。